第4話

 この状況を誰か教えろください! 助けて!


 心の中でそう叫ぶものの、誰も助けてくれるわけもない。


 と言うか、心の声が聞こえたらヤバい。何がヤバいっていい匂いと柔らかい感触がしてヤバい。


 全身熱くて寒いんだけど俺は風邪か? 風邪なのか?




 脳内が非常に活発に動いているように感じつつ、同時に全く動かないように感じる。




「えっと、あれだ……。ごめん、なんか頭回ってないから。その……」




 何か口走っているのは自覚しているものの、何を喋っているかよく分からない。


 あ、これってテンパってんだなってふと思った。


 うん、わけわからんマジで誰か助けて。




「うんうん、頭回ってないからどうしたの?」




 うわぁぁぁぁぁ、めっちゃ笑顔! なんか……少し怖いんだけどめっちゃ可愛い笑顔なんだけど。


 なにこれ、俺死ぬの? 死んじゃうの? 心臓ヤバいんだけど。ってか体が脈打ってんだけどどうなってんだこれ?


 そして、顔から目が離せないんだけど、なにされたんだ?




「いや、あの……可愛いなって?」




「んんっ? え? なに? よく聞こえないなぁ」




 えっ、どうしよう。よく聞こえないなぁって言われたのは何とか分かったんだけど。


 うん、俺何口走った? 変な事言ったんか?


 やべぇ、わけわからん。


 ええい、ままよ。




「ごめんなさい、死んでしまいます」




 じゃっかん落ち着いてきた気がして、自分の気持ちをそのまま口にする事ができた。


 これで伝わってくれると良いんだが、果たして伝わるのだろうか?


 と言うか、いつ解放してくれるのだろう? マジで死にそうなんだけど。


 と言うか、笑顔がニヤニヤと崩れているのってなんで? え、俺そんなに変な事言った?




「へー、死んじゃうんだー。それってどうして? お姉さんに詳しく教えてごらん」




 ん? なんか楽しそう? いや、気のせいかもしれん。


 そう言えば思い出した。前世で給湯室で女性社員数名で集まって良い笑顔ですんごいエグい事言ってたりしてたよな。


 うわ、って事は笑顔も崩れるほどブチ切れてて、俺今追い詰められようとしているの?




 その可能性に気が付いてしまえば、すうっと恐怖の感情が湧き上がり再びドキドキと全身が脈打ってくる。


 ってか、抱き着かれて死んでしまいますとか滅茶苦茶失礼極まりないじゃんか。


 そりゃ怒るわ。




「あっと。死にそうってのは比喩表現でありまして。その、美人で可愛い高宮さんに抱き着かれて幸せって意味でして、その、決して悪意はない……です」




 あああああああああああ、セクハラ。セクハラ発言してしまった!


 これ以上怒らせないように褒めて誤魔化そうとして失敗した!


 ただの本音になってしまったけど、セクハラ発言ってアウトだよね? いや、今世では……思い出す余裕なんかねーよ!


 ああああ、ますます高宮さんの笑顔崩れてんじゃねーか。どんだけ怒っているかもう分かんねーよ。




「ふーん、そっかそっか。まあそれも演技って事? ちゃんとお姉さんに教えてくれないと分かんないなー」




 え、演技ってなんだ? え? 俺演技してるって思われてんの?


 いや、なんで?


 訳が分からないけど、全く演技してないのでそう伝えて少しでも怒りが収まるようにしなければ。


 もしかして、怒らせている原因かもしれないからな。




「いや、演技は全くしてないし。出来ないよ……です。から許してください」




「ふーん、ほー、へー。演技してないと。演技頑張りますって言ったのに?」




 うそだぁ! 俺そんな事口走ったの?


 ……テンパってた間に言ったのかもしれない。


 じゃあ、ここは素直に謝って許してもらおう。


 と言うか、いい加減先生とか来てくれないのか? 解放されたいんだけど、このままだとマジ死ぬ。




「て、テンパってて変な事言っちゃったみたい。ごめんなさい」




「あは、許すけど許さなーい」




 えっ? どっちだよ?


 ってか、これ俺いじめられてる? なんかすっげぇー楽しそうなんだけど。


 ぶわっとまた冷汗が噴き出してきて、緊張から倒れそうになる。


 これあれ? 今まで挨拶シカトしたから? こうなるの分かってたから今世の僕は俺に全てを押し付けたんか?


 うわぁぁぁぁぁ、誰か助けて! いじめ反対!




「おーい、お前ら毎度イチャつくのは構わんがホームルーム始めるぞ」




 助かった! 担任の小島こじま遥はるか先生の声だ!


 鶴の一声とはこのことだろう、異口同音のはいと言う返事の後各々自分の席へと戻っていく。


 助かった。本当に助かった!




「じゃあ、次の休み時間にね」




 感動から小島先生の方へと顔を向けていたのだけど、そう高宮さんさんに声を掛けられてはじかれたようにそちらへと視線を向けた。


 そこには、にやぁっというかにちゃぁっと言うか。絶対に逃がさないって意思を感じられる笑顔を高宮さんが浮かべていた。


 うん、詰んだ。


 誰かマジで助けてくれぇぇぇぇぇぇ!












 今世の僕マジぶったおすと言う結論は、1時間目の割と最初の方に辿り着いたわけだが。


 それ以上の問題はもうすぐ休み時間に入ろうというのに出ていない。


 と言うか、羞恥心のあまり倒れそうだ。寧ろ倒れたら楽だったのかもしれない。


 完全に助かった! と油断していた俺は、小島あくま先生の昨日入院していたけどもう大丈夫のかと俺に聞いてきた瞬間に余計な事を言ってしまったのだ。


 いや、小島先生に八つ当たりするのはやめよう。


 完全に対応を間違えたのは俺だ。




 とっさに立ち上がり。


「ご心配ありがとうございます。おかげさまで復調しています」


 と元気よく返してしまったのだ。


 別に普通に大丈夫ですとだけ言えば良かったのに。よりにもよって立ち上がって。


 で、クラスメイト全員の視線を浴びてしまい固まる俺。


 いや、別に男からだけなら全く問題ない。これでも何度も会議で発言してきているからな。


 女子も数名なら大丈夫だっただろう。




 だが、考えても欲しい。


 大多数が女子高生を前にしたおっさんが、その好奇の視線を浴びて平気でいられるだろうか?


 勿論そういう経験が豊富ならともかく、女性に縁がないおっさんには無理だ!


 少なくとも俺は盛大にテンパって、後は何を言ったかよく分からん。


 最後に「心を入れ替えたので、今の僕と仲良くしてください」みたいな事を言ったのだけは覚えている。


 うん、めっちゃクスクスと笑われてて終わったってのだけは理解したけどな。




 で、頭を抱えながら今世の僕をぶっ倒す決意を抱き、どうやって逃げ出すか考えてたんだけど。


 ぱっと右斜め前を見たら、にちゃぁっとした笑顔を隠しもしない高宮さんと目が合う。


 後ろから三番目でど真ん中のこの席から無事逃げおおせるには……ハードルが高すぎる。


 せめて扉側の席か一番後ろの席ならばと悔やまれる。




「と言うか、なんで俺未だに見られてんの?」




 口の中だけでそう呟いてみる。


 勿論何の意味もないはずだったが、少しだけ気持ちが落ち着いた気がして全くの無意味とはならなかったようだ。


 現状は何も変えられてないけど。


 高宮さん以外の皆からも少なくとも2~3回は様子をうかがわれている。と思う。


 俺の被害妄想でたまたまの可能性もあるだろうけど、男女問わずクラスの半数くらいから視線は浴びてると思う。


 いや、まぁ後ろは分かんないけど。怖くて1度も振り向いてないから。




 とはいえ、にちゃぁっとした笑顔浮かべているのは高宮さんだけだし。きっと怒っている人は高宮さんだけだと思う、思いたい。いや、きっとそうだたぶん。


 なんて内心で考えたところで、タイムアップの1時間目の終了のチャイムが鳴り響くのだった。


 うわぁぁぁぁ、何の対策も浮かんでねぇよ!


 もし楽しんでいただけましたら、作者のパワーになりますので評価やお気に入りをよろしくお願いいたします。

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