7安倍清春という男

「二年生と言っても、敬う必要はないわ。それで、この子の面倒をお願いできるかしら?」


「オレに指図するとはずいぶんと偉そうな態度だな。今すぐにでも、あの世に送り届けてやろうか」


「おあいにく様、そこらの除霊師ごときに私がやられると思ったら大間違い。これでも、あんたたちより」


「はいはい。それは聞き飽きた。年を取っているからと言って、強いとか偉いとかは関係ない。人間だって年の功とかいうが、結局のところ、実力がものをいう世界だ」



 二人は、いつ頃知り合ったのか、軽口をたたき合えるような親しい仲のようだった。ミコと男が話している間に、歩武は男のことを改めて観察する。


 男は自己紹介した通り、歩武の学校の二年生で間違いない。上履きのつま先の色が歩武たち一年生の赤色ではなく、青色だった。ちなみに三年生は緑となる。身長は女子である歩武よりも少し高かった。真っ黒の短髪に二重のぱっちりとした瞳で、はたから見たらイケメンと言えないこともないだろう。とはいえ、歩武は男に興味はなく、ただ目の前の男がミコとどんな関係あるのか。男がミコに悪影響を与えなければそれでよかった。


歩武はこの男の存在をたった今、ミコが紹介してくれるまで知らなかった。胸の奥がチクリと傷む。とりあえず、目の前に突如現れた謎の男との出会いをミコに聞いてみようと口を開くが、ここが人目の付く廊下だと気づき、慌てて場所を変えるよう促す。


「あ、あの。どうでもいい話はこれくらいにして、ここをいったん、離れましょう?廊下だといつ先生たちが見回りにくるかわからないし」


「それもそうだ。だが、どうしようかな」


「だったら、教室で話しましょう?別に中庭で話さなくちゃいけない理由はないし。それに」


 歩武の提案に男は顎に手を当てて考えていた。ミコはあっけらかんと歩武の教室を指さす。その後、なぜか歩武の足下に視線をやってため息をつく。


「こいつがここにいる以上、中庭に戻る必要はないし」


 こいつと言われて、歩武もミコの視線をたどって足下に目を向ける。そこには、昼間に見かけた白いウサギがちょこんと座っていた。昼休み後に居なくなったと思っていたのに、また歩武の視界に姿を現した。




「じゃあ、まずは簡単に自己紹介をお互いにした方がいいよな。オレたちはこいつを除いて初対面だからね。いきなり、本題に入るのはおかしいだろう?」


「も、もしかして。うちの学校で有名な安倍清春さんですか?学校でお会いできて、こうして話すことができるとは思いませんでした。あ、握手してもらってもいいですか?」


「おや、オレのことを知ってくれている人がいたんだね。うれしいなあ。こいつはオレのことをあいつとか、そいつとかで、ろくな呼び名で呼んではくれないからね。挙句の果てには、彼氏とか豪語し始めるし。うんうん。こちらが本来のオレに対する正しい反応だ」


 歩武たち4人は歩武の教室に入って話をすることにした。4人が教室に入ると、ミコが廊下を覗き込んで誰もいないことを確認して教室のドアを閉める。前と後ろ両方のドアをしまったところで、清春が話し始める。すると、清春が現れてからずっと静かだった同級生の高木が突然、清春に向かって饒舌に話し始めた。それに対して、清春も慣れた様子で対応している。


 どうやら、清春という男は学校内ではかなりの有名人のようだ。とはいえ、歩武は彼の名前に聞き覚えもないし、どんなことで有名なのかも当然知らなかった。なぜ、こんなにも高木のテンションが高いのかも不明である。


急に口を開いた同級生の高木は、興奮して男に詰め寄り、手を差し出した。ちなみに4人は歩武の席の周りに集まり、椅子は各自、近くの席から引き寄せて固まって座っていた。歩武の左側にミコ、右側に高木、そして正面に清春という並びである。



「まったく、これだから人間は面倒くさいったらありゃしない。ちょっと有名になったからと言って、そいつが自分にとってあこがれの存在になる理由が不明だわ。まあ、お姉ちゃんの同級生は放っておいて、さっさと自己紹介をしてしまいましょう。今回は私が特別にお姉ちゃんたちの紹介をしてあげる」


 歩武はとりあえず、目の前の学校の有名人らしい男が何者なのかを考えていた。しかし、噂に疎い歩武には見当がつかなかった。考えているうちに高木と男は歩武の前で握手を交わしていた。男と握手した右手を高木は大事そうに反対の手で包み込んでいた。そんなことはお構いなしに、ミコは勝手に歩武たちの紹介を始めてしまう。



「こいつは、さっきも紹介したけど、二年の安倍清春。午後の授業を休んで学校をぶらついていたら、たまたま見かけて面白そうなやつだったから私の彼氏にしてやった。こちらは私の大事なお姉ちゃんで」


「ええと」


 急にミコは歩武を自分のそばに引き寄せる。そして、顔を近づけてうっとりと頬をなでながら自分の姉を彼らに紹介する。戸惑う歩武の反応は無視された。


「私の最愛の人である、歩武お姉ちゃん。そして、その隣に座っているのが、お姉ちゃんの同級生、名前は」


「高木風兎奈(たかぎふうな)です。安倍先輩のことは、噂で知っていました!あの、本当にミコさんの彼氏なんですか?彼女は作らないって言っていたのに……」


「高木さん、安倍先輩って、そんなに有名人なの?私、知らないんだけど、何が有名か教えてくれる?」


 右手をうっとりと眺めていた高木だったが、勝手に始めたミコの自己紹介では、また興奮したように話し出す。歩武はこの機会を逃すまいと、男が有名な理由を高木に質問する。すると、同級生にかなり驚かれてしまった。大げさに手を挙げてありえないと叫ばれてしまったが、知らないのだから仕方ない。


「ええええ!遠野さん、知らないの?先輩は、あの『安倍晴明』の子孫とか言われていて、現代なのに、陰陽師なんて仕事をしているんだよ!文武両道で剣道部のエースで成績首位。しかも、このルックス!有名にならないわけがないよ!」


「はあ」


 ツッコミどころ満載の説明に、歩武はあいまいに頷くしかなかった。安倍清春という、かの有名な『安倍晴明』に名前が似ているかと言って、陰陽師は安直すぎるのではないだろうか。それに、ルックスと言っても歩武にはそこまで良いとは思えない。ルックスでいうのならば、家に居候している捨て猫の霊のセサミの人型の方が歩武の好みだった。



「僕の名前を知っているのはうれしいけど、『安倍晴明』がらみの説明は嫌いかな。別に苗字が一緒なだけで、何も関係がないからね。それに、今時、陰陽師なんて実在しないのに、騒ぎ立てられるのはちょっと微妙だよ」


「でも、そんな風に言われるってことは、何か普通の人には視えないものが視えたり、お祓いとかできるんですか?家がお寺さんとか、神社でその関係で力があ」


 本人が否定しているので、男の周囲の人間が、名前が似ているというだけではやし立てているだけらしい。しかし、噂が広まるということは、何かしらの力があるということでもある。火のない所に煙は立たぬというではないか。


男に聞けば、家に居候している捨て猫の霊や、今朝から急に視え始めた謎の半透明の動物たちの正体を知ることができるかもしれない。歩武は思い切って男に質問する。しかし、それはミコに遮られてしまう。


「清春について詮索するのはそれくらいにして、さっさと本題に入りましょう?お姉ちゃん、私が目をつけたんだから、実力はあるに決まっているでしょ。その辺は心配しなくていいよ。確かにこの男には力があるから」


 とはいえ、歩武が知りたかったことを男の口からではなく、妹の口から聞くことになった。


「はあ。話には聞いていたが、まったく無茶な提案をしたものだ。高木さん、あなたのことを僕に任せるなんて」


「それは、先輩が私のために力を貸していただけるということですか。そんな、私のために」


 よくわからない状況になってきた。昼休み時点の話では、ミコが高木のために力を貸すということになっていたはずだ。それを突然、ミコが連れてきた男が代わりに行うということだろうか。そんな状況下であるにも関わらず、今回の話の中心となっている高木だけは、のんきに憧れの先輩だと浮かれていた。



「そういうことだから、私は急用ができたから、これで失礼することにするわ。ついでにお姉ちゃんも連れていくから、後はお二人で仲良くやって頂戴」


 憧れの眼差しを清春に向ける高木と、ため息をつく清春のことを放置して、ミコは歩武の手を引き、席を立つ。そして、そのまま教室を出ようとする。当然、歩武には今の状況が納得できないため、ミコの手を振りほどく。


「急用って何?もともとはミコが高木さんと取引したんでしょう?それをいきなり他人に任せるのは無責任すぎるよ」


「だって、本当はこんな取引するつもりはなかったんだもの。だけど、あの時は魔がさして……。それに、私の力を使うより、本職に任せた方が失敗はないからね」


 ちらりとミコから視線を向けられた清春は軽く肩をすくめるが否定はしなかった。さらには、それを肯定する言葉を口にする。


「わかった。君の急用とやらが気になるが、先に君が取引した約束をオレが代わりに果たすとしよう。では、さっそく始めるとしようか」


 清春はにっこりと高木に笑みを向けると席を立ち、何やらごそごそと自分のカバンを漁りだした。


 歩武は男のことに夢中で、足下にずっと白い半透明のウサギがそばに居ることをすっかり忘れていた。ミコは清春の様子を伺いつつも、じっとウサギに視線を注いでいた。

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