8最愛のペット

「お、お手柔らかにお願いします」


 微笑まれた同級生は頬を紅く染めて、清春の様子をじっと熱のこもった視線で見つめている。しばらくすると、彼はカバンから一枚の紙を取り出した。


「わかっていると思うけど、今の状況を説明するね。今、高木さんの肩には、あなたが飼っていたフクロウのペットが乗っている。それは知っているよね」


「はい、昼休みに遠野さんの妹に教えてもらいました」


「それで、あなたは彼女から出された選択肢の一つを選んだ」


「はい」


 清春と同級生のやり取りを立ち止まって聞いていたら、歩武はミコに腕を引っ張られた。しかし、今から起こることに興味がわいた歩武はキラキラとした期待した瞳を清春と高木に向けている。そんな姉の様子に最終的に妹のミコの方が折れることになった。


「すぐに済ませてよ。こっちは忙しいんだから」


「当たり前だ。では、今から、高木さんの肩に触れますが、驚かないでくださいね」


 ミコの不機嫌そうな声に軽く対応しながらも、清春は歩武の同級生の肩に触れた。歩武は二人の様子を固唾をのんで見守ることにした。




「イタッ」


 バチバチッと静電気が発生したかのような音がした。実際に電気が流れたわけでもないはずだが、同級生は痛みに声を上げた。


「すいません。この作業をするとたまに、痛みを感じる人もいるそうです。ですが、特に身体に悪影響はないので、大丈夫だと思います。さて、ここからはあなたのペットとのお別れの時間となります。しっかりと悔いの内容な時間を過ごしてくださいね。後は、ペットの姿を目に焼き付けておくことです」


 痛みに顔をしかめる同級生に言葉をかけた清春は、同級生の肩から何か掴んだように見えた。手が不自然な動きをしていた。手を歩武の机の上におろした彼は、すぐにそこに先ほどカバンから取り出した紙を机の上に置いた。そして、もう一度、先ほど手をおろした場所に再度手を置いて何かを掴み上げる様子を見せた。その何かを紙の上に載せていた。


「どうして、いきなり言葉遣いが丁寧になったのかな」


「さあ、仕事モードだからじゃないの?仕事しているときに、あんな乱暴な言葉じゃダメだと思ったんでしょ」


「そういうもの?まあ、別に気にすることでもないか」


 清春のまとう空気が変わり、彼の周りに緊張感漂う空気が流れだしている。それに伴ってか言葉遣いも丁寧になり、違和感を覚えて歩武は手持無沙汰になっているミコに話しかける。話しているうちに、清春は紙の上で手を合わせて歩武にはわからない言葉をつぶやいていく。



「……姿をあらわしたまえ」


 早口で何か呪文めいた言葉だなと、歩武が思っていると、言葉を唱え終えた清春が合わせていた手を離し、一度、大きく柏手を打つ。すると、紙の上に徐々に鳥の輪郭が姿を見せ始める。


 数秒後、


「ふくちゃんだ。本当にいたのね。私を、ずっと見守ってくれていたのは、本当だったのね」


 突然、何もない空間から現れたフクロウに、この場にいる誰も驚くことはなかった。歩武は本当に目の前の男が普通の人にはない力があるのだと感心していた。




「ホー」


 皆の視線を浴びたフクロウが一言鳴くと、それをきっかけに同級生の頬に涙が零れ落ちる。


「さあ、あまり時間がないよ」


「あ、ありがとう。せ、先輩」


 なんでもないことのように、感謝する高木の言葉に手を振って応える清春だが、高木にとっては、最愛のペットを自分に会わせてくれた大事な存在である。高木はまるで清春が神であるかのように手を合わせた。そして、恐る恐る、机の上のフクロウに手を伸ばそうとした。しかし、フクロウに触れる直前で清春に待ったをかけられる。


「すでにこいつは死んでいて、実体がない状態だから、触ることはできないよ。もちろん、動物だったから、言葉を話すこともできな」


『そこの女性が私に力を与えてくれたから、話すことはできるようになった。ああ、風兎奈。お前に姿を認識されなくても、私はずっとお前のもとに居ようと思っていた。それなのに、どうして』


 清春の話している途中で、突然、歩武たちの頭の中に年配の女性のハスキーな声が響き渡る。辺りを見渡しても、声の持ち主は見つからない。歩武はどういうことかとミコの様子をうかがうと、うっすらと笑みを浮かべてフクロウを見つめていた。その視線から、この声の主を予測することができた。高木はすでに声の主が何者か理解しているようだが、驚きで口を開けたまま固まっていた。隣でも、自分の言葉が否定された清春が同じような驚いた顔つきで放心状態で固まっていた。



『驚くのも無理はない。これから言うことは、私の独り言だと思って、聞き流してくれればいい。死んでから、人間の言葉を話せるようになるなんて、ほんと皮肉だ。生きている間にどれだけ、君とお話ししたかったことか』


 声の主は、歩武の机の上にちょこんと乗っている。半透明の小さなフクロウだった。フクロウは小さな体を精一杯上に上げて、高木を見上げていた。そして、そのまま自分と高木の思い出を語り始めた。





 フクロウは、ペットショップで買われた時の期待と不安、子供の自分を同じく人間の子供が全力で世話してくれること、頭をなでる手のやさしさ、温かさ。おいしかった食べ物や嫌いだった食べ物について、独り言にしてはずいぶんとつらつらとよどみなく話していく。



『ああ、これでは時間がいくらあっても足りないね。でも、別れはもうすぐそこにある。それでね、君との思い出は語りきれないほどあるけど、言いたいことは一つだけ』


「本当にあなたは私のペットのふくちゃんなんだね」


『そうだよ。私は君の最愛のペット。だからこそ』


 私にとらわれすぎずに自由に生きて欲しい



 静かに諭すような口ぶりで、フクロウは最期の言葉を飼い主に紡いでいく。


『人間は死んだものに対してずいぶんと感傷的だ。いつまでも忘れずにずっと過去に問わられているものもいるだろう。だが、私はそんな風に、私自身で風兎奈を縛り付けたくはない。なんなら、私の代わりのペットを飼っても構わないと思っている』


「ふくちゃんの代わりなんていないわ!」


『そんなことはわかっている。代わりにして欲しいなどとは言っていない。ただ、私のせいで、君の人生の選択肢を狭めるようなことはして欲しくない』


「私に、あなたのことを忘れて生きろと言うの!そんなの無理だよ」


しかし、納得できない高木がフクロウの言葉に声高く反論する。歩武は会話に割り込むべきか考えながらも、じっと会話に耳を澄ます。最終的に、この一匹と一人の会話に口をはさむのは正解ではないだろうという結論に行きつき、黙って彼らの会話を聞くことにした。



『強情なところは、私が亡くなってからも変わらないな。ああ、そろそろ時間が来てしまうようだな』


「そうだな。実体はもって数分ってところですから。それをこいつの力もあって話せるようになって時間も少しだけ伸びました。だが、これが限界です」


『わかっている』


 いつの間にか、フクロウの姿がどんどん薄くなっていた。半透明ではあれど、しっかりと歩武たちの目に映っていたフクロウの姿が消えつつあった。そして、それに伴い、頭の中位に響いていた声も少しずつ聞こえにくくなってくる。


 二人の会話に水を差したのは、清春だったが、フクロウもすでに最期が迫っているのを感じていたのか、特に声を荒げることなく彼の言葉を肯定する。



「私が頑固なのは知っているでしょう。でもね、そんな私だって少しは他人のことも考えるんだよ。それが大事なペットの将来、いいえ、この場合は転生とかの話になるけど、考えたの」


 先ほどまでの声を荒げていた人物とは思えないほどの落ち着いた声音で高木がフクロウに話しかける。高木も覚悟を決めたようだ。一言一言、かみしめるように言葉を口にする。


「昼休みに遠野さんの妹から、3つの選択肢をもらったの。最初は姿が見えなくても、ずっと私と一緒に居てくれるのならそれでいいと思った。でも、それだとふくちゃんを私の人生に一生縛り付けることになる。それはなんだか違うなって。せっかく鳥なんだから、死んでなお、自由に空を飛べないのは悲しいなって思ってしまったの」


『ふふふ。それは私と同じ結論を出したということだね』


「ま、まあ結果的にそうなるってことだよね」


『うれしいなあ。風兎奈と同じことを思うことができて。私はやっぱりそばに居てはいけない。今日、ここで君とお別れすることができて本当によかったよ』


 フクロウの姿が一段と薄くなり、もうほとんど目に見えなくなっていた。



「また、生まれ変わったら、私のもとに来てくれる?今の生はこれでおしまいになるけど、新たな生でもまた会えるといいな」


『そうだな。それは神のみぞ知るってやつだ』


『さようなら』


 二人は互いに微笑み合い、涙を流していた。フクロウだというのに、その瞳からはしずくが零れ落ちていた。

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