第4話 お嬢様と執事は真実に近づく

「あ、そうだ。今日は新作デザートも食べられたよ。真さんにも食べさせたかったなあ」

「それはよかったですね。なにを召し上がったのですか?」

「プリン!」

「え、プリンですか?」

「うん。とってもおいしいプリンだったよ」


 おかしい。

 老舗料亭と言われるほど格式のある店で和食のデザートにただのプリンを出すとはとても思えない。和食のデザートには、和菓子や水菓子みずがしというくだものを出すのが一般的と言われている。


 実際、お嬢様の過去のお見合いの席でもデザートにはくだものが出てきたと記憶している。

 彼女はお見合いから帰ってくるたびにその日食べた料理のことを話してくれるのだ。

 飾り切りされたリンゴが綺麗だったとか、イチゴと生クリームがいっしょに出てきてケーキみたいだったとか。楽しそうに語る姿が脳裏に浮かぶ。


「もしかして、そのプリンというのは和風プリンですか?」


 最近では抹茶や黒ごま、きな粉や黒蜜などを使った和風プリンを出す店もあると聞く。そういったものなら和食のコース料理に加えられてもおかしくない。


「ううん。普通のプリンだよ。カラメルソースがかかった黄色いやつ」


 だとすると、やはりおかしい。

 違和感はさらに濃くなった。


 なぜ老舗料亭で和食のデザートに普通のプリンを出したのか。

 その件と若社長さんが突然帰ったということは関係があるのか。

 わからない。

 わからないが、ここを掘り下げていけば真実を導き出せるかもしれない。


「お嬢様。若社長さんはプリンを召し上がりましたか?」

「うん。でも、一口食べたらすぐに出ていっちゃったよ」


 若社長にとってプリンが嫌いなものでなく、アレルギーを起こすものでないことはわかっている。しかし一口食べただけで帰ったということは若社長が帰った理由はプリンにあるのか。


 もしかしてプリンになにか入っていたのだろうか。

 毒物? 薬物? 

 いやいや、そんなもの入っているわけがない。

 もし本当に入っていたら若社長はこの世からいなくなっているし、お嬢様の身にもなにかあっておかしくない。


 プリンそのものではなく、食べ合わせはどうだろう。

 食材の組み合わせによっては体に悪影響を及ぼすものもあると聞く。

 いっしょに食べると消化不良を起こすと言われているウナギと梅干、スイカと天ぷらは有名だろう。


 老舗料亭でもうっかり配膳を間違えるということはあり得る。

 しかも今日は、いつもの若女将がいなくて別の人が担当したそうだから。

 

 いや、これも違う。

 食べ合わせが悪くて消化不良を起こしたなら若社長はトイレへ行くはずだし、同じものを食べているお嬢様はなんともないご様子だ。彼女の胃袋が人並み外れて丈夫という可能性もあるけれど。



「真さん?」


 急に名前を呼ばれて驚いた。

 いつの間にかお嬢様の顔が目の前に迫っていた。 


「デザートに食べたプリンなんだけどね。思い出したことがあったの」


 失礼なことを考えているのがバレたかと思って焦った。

 私は一歩引いてから何事もなかったかのように尋ねる。


「なにを思い出されたんですか?」

「見た目は普通のプリンだったんだけど、たぶん洋酒が入ってたと思う」


 お菓子作りには詳しくないけれど、隠し味に酒を入れるのは珍しいことではないと思う。洋酒の入った洋菓子に限らず日本酒を加えた和菓子を食べたことがある。風味を良くするためや香りを引き立てるためなど、用途はいろいろだ。


「もしかして、若社長さんはお酒が入っていたから帰ったのかしら」

「それはどういう意味ですか?」

「あの人は車に乗ってきたから大好きなお酒を我慢していた。それはつまり自分で運転してきたということでしょう。それなのに洋酒の入ったプリンを食べてしまったら……」

「飲酒運転で事故を起こす恐れがあるから先に帰った、ということですか」


 お嬢様は小さくうなずいた。

 その可能性は私も考えた。

 しかし酒の入ったお菓子のアルコール度数はそれほど高くない。

 そのため大量に食べない限りは、吐いた息からアルコールが検知されないと聞いたことがある。


 ただし絶対とは言い切れない。

 もしそのプリンに大量の洋酒が入っていたらアルコールが検知される恐れもある。もし運転中に警察官に呼び止められたら飲酒運転で捕まるだろう。


 しかし……。


「残念ながらそれはないと思います」

「あら。どうして?」

「お嬢様は、お酒を飲んだ人が酔いをさますための行動をご存知ですか?」

「もちろん。お水を飲んだり、横になって休んだり……あっ!」


 お酒を飲めないお嬢様が気づいたくらいだ。

 お酒好きな若社長もプリンに洋酒が入っていることに気づいただろう。


 そして気づいたならすぐに帰るという行動はとらない。

 それ以上食べることをやめて、できるだけ水を飲んで血中のアルコール濃度を下げようとするはず。それからお嬢様とゆっくり談笑しながら時間をかけてアルコールが抜けていくのを待つのが自然だ。

 もし完全にアルコールが抜けきらなくても運転代行サービスを利用すればいい。


 しかし若社長は、そういった行動をとらなかった。

 ということは飲酒運転を恐れていたわけではない。

 今すぐその場を離れなければならなかった理由があるということだ。


「残念。これが正解だと思ったのに……」


 お嬢様は肩を落として意気消沈している。


「思い出してくれたおかげで真実に近づきました。お嬢様ありがとうございます」


 私はすぐに元気づける言葉をかける。


「ほんと? 真さんの役に立ててうれしい!」

「他にも気づいたことがあったらぜひ教えてください」


 その言葉に気を良くしたのか、お嬢様はスマホをいじりながら考え始める。

 真実に近づいたというのは嘘ではない。

 だが今もまだ藪の中にいることも事実だ。


 老舗料亭。

 ⅠT企業の若社長。

 プリン。

 突然の退出。


 一つの一つの重要と思われる情報を点として捉える。

 しかし、それらをつなぎ合わせて線にすることができない。


 老舗料亭でお見合いをしているⅠT企業の若社長にプリンを食べさせて退出させたかった。


 無理やりつなぎ合わせるとこういった形になるが、まるで意味がわからない。


 いったい誰が? なんのために? 


 そもそも老舗料亭とⅠT企業では接点が見つからない。


 いや、一つだけある。

 若社長は営業をしているから商談や会食で利用している可能性が。

 そのことをお嬢様に聞くとすぐに否定された。


「若社長さんは初めて来るお店だって言ってたよ」


 予想が外れて今度は私が意気消沈する番だった。

 若社長が嘘をついているとも考えたが、彼がそんな嘘をつく理由はないだろう。


「ねぇ真さん。うちのお庭に新しい花を植えたいんだけど、ダメかな?」


 突然、お見合いとはまったく関係のない話題が飛んできて拍子抜けする。


「まずは社長と奥様に相談しましょう。お許しを得られたら庭師の方をお呼びして……」

「それは大丈夫。たぶん植木鉢やプランターで育てられるお花だから」

「でしたら、今度花屋で探してきましょう。なんという花ですか?」

「さっきから調べてるんだけど、お花の名前がわからないの。真さんわかる?」


 差し出されたスマホ画面には、活け花が映し出されている。

 白い花弁がいくつも折り重なった花だ。お嬢様が気に入るのもわかる美しさだ。


 しかし、この花はたしか……。


「これはどこで撮ったものですか?」

「お見合いの席だよ。とてもきれいだなあと思って」

「……他にはどんな花がありました?」

「ううん。これ以外にはなかったよ。この花がどうかしたの?」

「いえ、なんでもありません。お嬢様、この花はゼラニウムと言うのですよ」

「さすが真さん。なんでも知ってるのね」


 お嬢様は含みのない言い方でほめてくださる。


「そんな真さんにはご褒美をあげましょう。あーん」


 お嬢様は花形のクッキーを取ってこちらの口元に運んでくる。


「申し訳ございません。そういったことは……」


 私は一歩引いてお断りする。


「これは命令よ。口を開けなさい。はい、あーん」

「……あ、あーん」


 お嬢様の細い指でつままれたクッキーが私の口の中に入ってくる。

 歯で噛むとサクッとした食感が伝わり、舌の上にバターの風味と砂糖の甘みが広がっていく。また、かすかに洋酒の香りがした。

 仕事中に飲酒したと疑われないかと自分の息を確認したが、問題なさそうだった。


「おいしい?」


 その問いかけに私は黙ってうなずく。

 恥ずかしさとうれしさで声が出せなかった。


「お口に合ってよかった。料亭からお詫びにいただいたクッキーなの」


 お詫び? 

 若社長さんが勝手に帰ったことについてだろうか。


 しかし、彼がお見合いの席を突然抜け出したことは料亭の責任ではないはずだ。

 それとも庶民の私が知らないだけで、お金持ちの世界では当たり前のことなのか。


「これは若女将がいなかったことへのお詫びだって言われたわ」

「なるほど。そちらのお詫びでしたか」

「これね、若女将の手作りなんだって。お店で出せるくらいおいしいよね」

「手作り、ですか?」


 急用でいなかったお詫びのためにわざわざ作っておいたのか。

 老舗料亭のおもてなしとは、そこまでするものなのか。

 そもそも急用が入って出かけるという人が手作りクッキーを用意できるものだろうか。

 いや、できない。

 たとえプロの菓子職人でも難しいと思う。


 もしできるとしたら最初から急用が入ることを見越して準備していたとしか考えられない。


 その時、私の中で一つの一つの情報が再び点となって現れた。


 老舗料亭。

 ⅠT企業の若社長。

 プリン。

 突然の退出。

 白いゼラニウム。

 手作りのお菓子。

 いなかった若女将。


 そして今、すべての点と点がつながって一つの線となった。



「お嬢様。謎はすべて解けました」

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