第十七節 アマカゼ

「どういうことですか!?」

 話は少し前に遡る。仁は監視の役目を受けた警察官から、法廷に来るよう告げられた。本来の時刻より6時間も早い通知である。

「裁判所側の判断です。この度の問題は内容が内容ですので、できるだけ性急に行いたいと」

 確かに、国内の超常生命体に対する防衛の要が、その超常生命体の1体と癒着していたとなれば大変な事態だ。早急に解決したくもなる。

 しかし、妙な話である。それなら数日の軟禁期間を与える意味が無い。日を跨ぐのは裁判材料の収集が目的だが、一度決めた日取りを突然繰り上げるなど聞いたことがない。あまり考えたくないが、

「端(はな)から、こっちの言い分を聞く気は無いってか…」

 仁は呟いた。実際、そうも急いでいるなら最も手っ取り早いのは、『悪者』を徹底的に追い詰めることである。民意も得やすいし、何より検事側の論理展開が容易となる。要するに、煩わしい問題をすぐに鎮火できるというわけだ。

 こうして、仁は数多のフラッシュと怒号の下、法廷に立つこととなった。

 背後から無数の視線と、詳細すら理解できなくなるほどの罵詈雑言が一人に刺さる。もはや、人権保障という単語は忘れ去られている。いや、元より人として扱うつもりが無いのだろう。化け物の首魁。今の仁の世間的立場だ。

「静粛に!」

 木槌が打たれる。それでも、ざわめきは尚も消えない。

 検事側が資料を片手に持ち出して、ようやく静けさが生まれた。

「被告人、志藤仁さん。あなたは政府公認の対レシーバーズ組織『アマカゼ』の指揮官として、これまで活動してきました。組織を立ち上げて日も浅いでしょうに、多くの事件を解決してきました。不自然なほどに、ね」

 瞳の奥で嘲っているのがわかる。

「第一、この組織の構成自体が不自然です。あなたは23歳。自衛隊なら二等士、良くて一等士だ。現政権との癒着も疑わしい。さらに隊員は──個人情報保護法により、コードネームで呼ばせてもらいますが…」

 資料をめくる。

「マージナルセンス、18歳。アイアンバスター、16歳。シャッフルタクト、13歳。そしてクリスタルダイバー、15歳。どれも未成年、加えて全員出自不明だ。こんな組織、聞いたことがありません。常識を著しく逸脱している。国内の守備に大きな不安を抱えていると言ってもいいでしょう」

 賛同の声があがる。その不安な組織に守られてきた者の一人は、更に言葉を続ける。

「そもそもアマカゼを組織しなければならなくなったのは、あなた方レシーバーズが国内で暴れ、外交およびそれに伴う経済状況を著しく悪化させたことに対する政府のポーズ。わかるように言ってあげましょうか。自分で撒いた種を刈り取られても、こっちは何も嬉しくないということですよ。むしろ当然の贖罪です」

 予想通り、弁護士は黙ったままである。検事は資料を置いて仁を睨む。

「そこに加え、あなた方は我々の『信頼』さえ裏切った。市民を代表して申し上げます。さっさと国(ここ)から出ていけ、化け物ども!」

 外野の勢いは最高潮を迎えた。裁判長の制止はもはや意味を成さない。仁の双肩に全ての罵声が乗っかる。まるで魔女裁判だ。正直、仁の精神も限界に達しかけていた。

 その時である。法廷に高笑いが響いた。

「ホンマ、アホばっかやなぁ!」

 1体のカエル型レシーバーズが仁のもとに飛び降り、懐刀を取り出して喉元に突き立てた。法廷がどよめく。検事が指さし怒鳴る。

「どういうことだ、これは!」

 義太郎は皮肉を込めて鼻で笑った。

「見てわからんか?ワシが全部仕組んだこっちゃ。パードレもこいつも、あんさんらも皆、全部ワシの手の平で踊ってはったっちゅうわけや!」

 検事は愕然とし、膝から崩れ落ちた。マスコミも他の人々も、混乱した事態に身動き一つ取れない。

「滑稽やったで?鬼の首取ったみたいに吠えとったんは!」

 検事に向けて顎を突き出す。当惑する仁に義太郎は囁く。

「一芝居、打たしてもらうで」

 仁は悟った。義太郎は全責任を請け負おうとしているのだ。しかし、疑問は残る。

「どうやって出た?」

「零はんが出してくれはったんよ。この『台本』書いたんは遊月はんやけどな」

 なるほど。確かに、パードレ癒着問題を掻き消すほどの犯罪者として『説得力を持って』責任を被れるのは、そのパードレの配下という肩書きを背負い、囚人の身である義太郎しかいない。

 敵わないな、先生には。

「それで、これからどうするんだよ?」

 義太郎は仁を抱え、天井に跳びついた。

「脅しをかけたら、みんな来るまでお地蔵はんや」

 台本の結末が予想できた。義太郎は自分がアマカゼに倒されることで、アマカゼの名誉回復を狙っているのだ。

「…先生の提案か?」

「ワシのアドリブや」

「何でそこまで…!」

「人生、助け合ってナンボやろ?」

 呆れ返るほど穏やかな顔だった。直後、義太郎は面構えを引き締めて鋭い剣幕を張る。

「ええか!そっから動いてみぃ、国の要一人消すで──」

 刹那、遠くから地響きが聞こえてきた。正体を考える間もなく、それは法廷に現れた。3体のレシーバーズ。どれも人間変異型である。

「こいつぁぶった切りパーティーになりそうだぜ!」

 パンクファッションのレシーバーズが両手の丸ノコを回転させる。

「司法の要塞を『破壊』する…とても『愉快』…!…何つって!」

 鎧を身に纏ったレシーバーズが極端に発達した前腕部をぶつけ合う。

「ちょうど赤の絵の具が足りなかったのよねぇ。寄付してもらおうかしら」

 パレットを片手に持ったレシーバーズが筆を舐める。義太郎は冷や汗を垂らした。

「そんなアドリブは聞いとらんぞ…!」

 立て続けのパニックに、人々は叫んだ。

「助けてくれ!」

「アマカゼはいつ来るの!?」

 義太郎は舌打ちする。

「勝手なモンやでホンマ…」

 しかし、仁は諭す。

「そういう人も守るのがアマカゼなんだよ」

 命にランク付けはしない。それがアマカゼの鉄則なのだ。

「義太郎。俺を下ろしてくれ」

「何でや!?」

「いいから」

 丸腰の仁だが、考えがないわけでもなかった。7年前、大きな傷が修復した時、澪士が意識に現れた。もし、レシーバーズとしての力を引き出す条件が澪士にあるのだとしたら、澪士を呼び出すための条件を満たせばあるいは──

「…護衛すんのはアカンのか?」

「ダメだ。先生の作戦台無しだろ、それじゃ」

「もうメチャクチャやろ。ここまで来たら」

「…それもそうか!」

 義太郎と仁は地上に降り立った。腰を抜かした検事が震え声で咎め立てる。

「点数稼ぎのつもりか、お前ら!」

「そんなんちゃうわドアホ!」

 義太郎が怒鳴る。仁はしゃがみ、検事を見つめる。

「俺達をいくら嫌ってくれても構いません。実際、不安にさせたのは事実です。でも、」

 仁は立ち上がり、3体のレシーバーズを見据えた。

「絶対諦めませんよ。守ることは」

 検事は仁を見上げて尋ねる。

「何故…そこまで言える?」

 仁は前を向いたまま、検事に親指を立てた。

「俺がアマカゼの指揮官、志藤仁だからです」

 拳を握り、構え、3体のレシーバーズに啖呵を切る。

「来い!お前らの相手は俺だ!」

「それは違いますよ」

 聞き慣れた声が轟いたかと思えば、瞬時に3体のレシーバーズが地に伏せた。文字通り、瞬きの内の出来事だった。気がつくと、そこには4体のレシーバーズと一人の子供が立っていた。

 そして、人の姿に戻ったレシーバーズの1体が仁の胸を叩く。

「オレ達、ですよ」

「リッキー、皆…!」

「ごめんなさい。帰ってきちゃいました」

 リッキーは舌を出した。仁は笑みをこぼす。

「…いいとこ取りやがって」

「お互い様ですよ。ズルいじゃないですか、あんなカッコいいこと言って」

 照れ隠しでリッキーの頭をくしゃくしゃにした。

 すると、真が大勢に向けて数枚の写真を掲げ、大声をあげた。

「見ろ!これが悪い奴の姿か!?違う!俺を守ってくれた奴の姿だ!ここにあるのが真実だ!カメラは真実を写すためにあるんだからな!」

 肩で息をする真に、満身創痍の明良が頭を撫でる。

「あとは任せてください」

 両の足を踏ん張って、明良は言った。

「私達をどう思おうと構いません。ですが、これだけはハッキリと言います。何があろうと、最後まで仲間と一緒に頑張ります。皆さんを守るために。それが私の──アマカゼの芯です」

 以上が、巷を騒がせた『パードレ事件』の全容である。

 後日、とある記者はこの事件についてこう綴った。

「──我々は楽をしすぎたのかもしれない。楽な生き方の背後で誰が苦しんでいるのか、想像することをいつの間にか忘れてしまっていた。我々の命を救ってくれた彼等は、そのことを思い出させてくれた。そう、天から届けられた一陣の風、『アマカゼ』は──」


 数日が過ぎ、アマカゼ一同は甲と流奈のいる大学病院へ足を運んだ。身元確認については、超法規的措置によって免除された。仁は総理大臣の『根回し』に感謝した。

 快復の早かった流奈は今、リッキー、剛、乙の三人と折り紙を折っていた。

「つる…?」

「こう折るんだぜ──あれ、グッシャグシャになっちまった」

「不器用ですねータケさーん」

「そう言う乙ちゃんもグシャグシャだよ」

「うわ、リキさんの超綺麗じゃーん」

「…力使ってないよな?」

「当たり前だろ!変貌しなきゃ使えないよ!」

「きれーい」

 なんだかんだ騒がしい病室の隣で、明良は微笑む。

「みんな楽しそうです、甲さん」

 その手は眠る甲の手を握っていた。

「…ありがとうございます。あなたは自分を許せないかもしれませんけど、本当によかったと思うんですよ?私。だって、あの笑い声─おと─を聞けるんですから」

 甲の頬を涙が伝った。明良の向かいに座る仁は目を細めた。

 明良の手に、甲の涙が吸い込まれるまでは。風のゾア──架純のように、人の姿のまま力を使うまでは。


 そのヘリコプターは確かに捉えた。海底火山から這い上がり、海面に顔を出そうとする巨大な影を。そのヘリコプターは確かに聞いた。巨大な影の雄叫びを。そして、そのヘリコプターは確かに壊された。巨大な影の発する熱で。

「今度こそぶっ潰してやるぞ、ゾアーッ!」

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