第五節 チェイス!プロミス

「確保しました!」

「よくやった。そのまま連行してくれ」

「了解です」

 明良はリッキーと共に、手錠をかけたレシーバーズを自衛隊に送り届けた。レシーバーズを乗せたトラックに敬礼する明良の背中を、剛が叩いた。

「すっかりアマカゼの一員だなぁ、明良!」

 乙も肘で明良を小突く。

「アキちゃん、ネットでも人気だしねー」

「『期待のニューヒーロー・クリスタルダイバー』ってやつ?スポーツ選手みたいに持て囃すの、やめてほしいんだけどなぁ」

 ため息混じりに言うリッキーに対し、明良は朗らかに返した。

「大丈夫ですよ。スポーツ好きですし」

 リッキーは頭を抱える。

「そういう問題じゃないんだけど…」

 微妙に行き違ったやり取りに、剛は豪快に笑った。

「この天然っぷりも、そろそろ一ヶ月になんのか。もうオメーがいねぇ方が違和感あるレベルだぜ、俺は」

 明良も歯を見せて笑う。

「私も、皆さんのいない毎日なんて想像できません」

 頬を緩ませ、剛は勢いよく明良の肩を組んだ。

「嬉しいこと言うじゃねぇかオイ!人気の秘訣はこの愛嬌かもな!あとマッスル!」

 剛の視線が乙に向く。乙は口を尖らせた。

「当てつけですかー?あとマッスル関係ないでしょー。音感の良さならまだわかりますけどー」

「それこそ関係なくない?ていうか、人気なんて必要ないでしょ。オレ達は安全を守れたらそれでいいんだから」

 リッキーは柄にもなく気だるげな声音を出す。明良が訝しげな顔をすると、乙が囁いた。

「リキさん、ネット嫌いなんだよー。無責任だーって」

 すると、明良はわざとらしく伸びをした。

「夜っていいですよね、静かで。昔はそうでもなかったみたいですけど。これ、アマカゼのおかげだったりするんですかね?リッキーさん」

 誰の目にもあからさまな気遣いを受け、リッキーは目を細めた。静かに頷き、心の中で呟いた。ありがとう。帰路につく頃だった。


 同刻、某オフィスビルにて。アタッシュケースいっぱいに敷き詰められた札束を古びたテーブルに置き、フード姿の女がカエル型レシーバーズに詰め寄る。カエルの背には倒れ伏したヤクザの山が積まれていた。

「いい話でしょ?アンタ、見たとこ根無し草みたいだしさ。パードレの仕事、手伝いなよ」

 にやけた面構えでフード越しに覗く。打撲痕著しい会長の上に腰掛け、カエルの湿った指がアタッシュケースを叩く。

「ほんでこれ持ってきはったっちゅうんか」

 さっさと同意しろよ。女は苛立ちを胸中に秘め、しかしそれを表に出すことはなく笑顔で頷いた。

 すると、カエルは浴衣の下に潜めた仕込み刀を取り出し、テーブルに突き刺した。女の指の股で刃が光る。

「あんさん、ワシのこと舐めすぎとちゃいますか?金勘定で動く、しょうもない下郎や思とんやったら大間違いやで?」

 鳥肌を立たせる女に構わず、仕込み刀を抜いて手拭いで拭く。

「よう知っとるんよ?最近けったいなことしとる『プロミス』いう奴等やろ。お上(かみ)はんはパードレ」

 カエルの目つきが、刃物にも勝る勢いで鋭くなる。

「自分で顔も見せず下っ端よこして従え言いよる組織なんて、程度が知れとるわ」

 ただ凝視するだけで何という威圧感。女は口ごたえをするのに数拍を要した。

「そんな安くないんだよ、パードレは」

「約束された民の長(おさ)やから、か?」

 蛇に睨まれた蛙のように、女の呼吸が詰まりかける。カエルはヤクザのスマートフォンをテーブルに置く。プロミスに関するリンクを踏ませる、悪質な投稿の数々が映っていた。

「正しさは人それぞれや、つつく気はない。けどな、ワシは保証なんぞ無いから生きるのおもろい思うねん。つまり、理念からしてあんさんらと相容れへんっちゅうわけや。わかったらはよ帰り」

 えもいわれぬ恐怖から、女の脚が戸口へ後ずさっていたその時だった。

「何を逃げている?伝書鳩(メッセンジャー)」

 女のポケットから、妙に重圧のある声がした。カエルは察した。電話口の向こう。奴がパードレか。

「し、しかし…」

「仲人(ネゴシエーター)といいお前といい、どうも責任感が無くて困る。俺は悲しいよ」

 直後、唐突に女は口から泡を吐いて痙攣した。カエルが介抱しようと近づいた頃には、既に脈が止まっていた。何事もなかったかのように、ポケットからパードレが話しかける。

「さて、義太郎(ぎたろう)だったかな?手間暇かけてまで、又聞きの存在でしかなかった君を探し当てたんだ。簡単に帰ってもらっちゃ困る」

 オフィスビル全体が細やかに震える。なおも義太郎は動じない。

「話聞いとったんならわかるやろ。二度も言いたない」

「嫌でも従うさ、お前は」

 不敵な笑みが閑散としたオフィスビルに響く。その後、パードレの告げた『事実』は義太郎の目を見開かせ、アタッシュケースを握らせることとなった。


 翌日、アマカゼ一同はいとが屋で昼食を摂っていた。

「おいしいですね、これ!」

 明良は頬にソースを付けながら悦に入る。

「それはそうなんだけどなぁ…」

 歯切れの悪い仁に、明良は首を傾げる。他の面々も複雑な心境を顔に表す。

「何で呉服屋でハンバーガー食ってんだ俺達は…」

 八畳半。格調高い畳の上で、仁がチーズバーガー片手にため息をつくと、星牙がダブルビーフバーガー──牛肉を二枚挟んだハンバーガーを頬張りつつ言い返した。

 余談だが、レシーバーズは摂食をしなくても生きることはできる。しかし、アマカゼの『命のありがたみ、食べられる喜びを忘れないように』という方針に沿って、毎日三度、しっかり食事の時間を設けているのだ。

「仕方ないだろ。皐姫は今日仕入れ、俺は料理を作れない、お前達は金欠を理由に集りに来る」

「でもバーガーショップへドライブスルーってなぁ…」

 星牙は紙を丸め、屑籠へ投げる。

「かといってコンビニは安すぎるし、ファミレスも無理だろ?俺が足手まといになる」

「世間体ありますもんねー」

 乙はフィッシュバーガー──白身魚のフライを挟んだ、タルタルソース入りのハンバーガーをゆっくり食べる。

「7年前も星牙の親分はろくな目遭わなかったみてぇだしな。めんどっちいぜ全く」

 丸められた紙を足元に、剛は4個目のスタミナバーガー──豚肉と鶏肉を牛肉で挟んだ、肉だらけのハンバーガーの袋を開ける。

「しかし相変わらずよく食べるよね、剛君…オレには無理だ」

 リッキーは明良の頼んだスペシャルバーガー──週ごとに具材が変わる、気まぐれハンバーガーのセットに付属していたフライドポテトを一本ずつ食べる。

「リッキー少食だもんな」

「ていうかベジタリアンなんでしたっけー?」

「ベジタリアンって、この間読んだ本に出てきた犬の…」

「それポメラニアンな。ホント何でバーガーショップなんだよ…」

「文句言うな仁。お前の好物だって聞いたから気を利かせたんだろうが」

 口に出したらありがた迷惑だよ。仁は心の中で悪態を突く。

「めんどっちいといえば」

 突拍子も無く明良が切り出す。

「星牙さん、何でアマカゼにいてくれないんですかね?あんなに強いのに」

 皆の丸めた紙をまとめて屑籠に入れつつ、仁が答えた。

「俺が政府の人に言ったんだよ。アマカゼ作るなら知り合い関わらせんなって」

 明良の中にクエスチョンマークが浮かぶ。それを察してか、星牙が仁の話を引き継いだ。

「俺達全員、アマカゼの奇跡の立会人だ。下手に表舞台に出たら、何されるかわからない。要するに、こいつは俺達を世間から匿ったってわけだ」

 『正義の味方』が世間に振り回される例は少なくない。ジャンヌダルクはその典型と言ってもいいだろう。彼女はフランスを勝利に導いた聖女だが、その後は魔女として火あぶりの刑に処された。当時の教会にとって始末が悪く、民衆の不安を煽る存在であった。ただそれだけの理由で。仁は仲間をジャンヌダルクにはしたくなかった。

「星牙達にはそれぞれの人生がある。誰かに強制される筋合いは無い。それだけだよ」

 仁の瞳が彼方を見る。明良はその視線の先にあるものを探そうと、同じ方向に顔を向けた。

 刹那、戸口から大きな音がした。慌てて全員が部屋を出ると、満身創痍の男が一人倒れていた。仁と星牙は男を見て、口を揃えて驚いた。

「礼閃(あやさき)!?」

 剛が背負おうとすると、礼閃零(あやさき れい)は力なく首を横に振った。それから、唇を震わせて言った。

「プロミスが…母さんを…さらった…」

 仁は息を呑んだ。先日、クマ型とアリ型のレシーバーズをそれぞれ詰問していたところ、八体とも同じ単語を発したのである。プロミス。おそらく、組織の名前だろう。

 彼らの仲間が零の母──かつての『オーダー』海央日向(かおう ひなた)をさらった。自身の身体の時を止め、動けない彼女の身柄を奪った。大方、隙を見て彼女を人質にされ、反撃もできないまま一方的にやられた、といったところだろう。零が簡単にやられるとは到底思えない。

「それで、先生は?」

 仁は高校時代の教師、山路遊月(やまじ ゆづき)の身を案じた。彼と零は7年前、日向の止まった時を動かすために共同研究に励んだ。単純に考えて、現場に遊月も居合わせていた可能性が高い。

「先生もさらわれた…目を…使えないのを…つけ狙われた…」

 遊月のレシーバーズ能力は目に依拠している。見た者のコア、言い換えれば生命力の形を識別したり弱める力を持っている。それが使えないというのはどういうことなのか。疑問が生じるが、とにかく今は二人の行方を探さねば。

 白昼堂々、二人も誘拐しようと思ったらレシーバーズ能力は使えない。とすると乗り物。それも、二人匿って怪しまれない乗り物なんて、そうそうあるものじゃない。

「リッキー。車両の中を感知できるか?」

「できますけど…オレ、過敏だから疲れるんですよね。範囲広げると」

「心配するな。俺は鼻が利くから、大まかな予測ならつけられる。お前は最終確認をしてくれればいい」

 星牙が胸を叩く。本来なら星牙だけで行えばいい話だ。しかし、星牙の姿を表沙汰にはできない事情がある。なので範囲を絞るのは星牙が、正確に特定して表で活躍するのはリッキーの役目ということになる。

「あとは足だが…」

「私一人で四人運ぶのはキャパオーバーですよー。市街地じゃ迂闊に入れ替えられないから酔いますしー…」

「俺が皆背負って運ぶってのは?」

「車に勝てねぇだろ。勝てても怖いよ」

「できるだけ速い車が必要だな。リッキーや俺が手早く捌けないと、確実に逃げられる」

 仁が唸る。すると、明良がおもむろに手を上げた。

「私、なりますよ。車。速いのってどんな形してます?」

 明良と零を除く、その場にいる全員が膝を打った。明良は水を操り、自身の形さえ変えられる。出力は不確定要素になるが、少なくとも今からパトカーやスポーツカーをレンタルするよりは現実的な方法である。早速、仁は明良にスマートフォンでフェラーリを見せた。

「ハンドルは右側で頼むぞ」

「BGMはエアロスミスでお願ーい」

「それはいらない」

 こうして、星牙の鼻をナビゲーターに、後部にトラックの床を取り付けた水のフェラーリが誕生した。仁が運転席、星牙が助手席、残るアマカゼの三人はトラックの床に乗る。

 仁がアクセルを踏む。エンジンがかかる。一同の顔が明るくなる。

「とばすぞ、明良!」

 零をいとが屋に残し、水のフェラーリは意気揚々と市街地へ走った。星牙のナビが行くべき方向を示す。ビルの林立するガス臭い道路でも、ナビは狂うことなくアマカゼを導く。水のフェラーリも激しい音楽に乗り、加速度的にスピードを上げる。仁達の制止も振り切って。

「そこまでやれとは言ってない!」

 メタルサウンドを連れて、時速は既に120km/hを超えようとしていた。トラックの床に乗る三人は風圧を凌ぐのに精一杯であった。星牙が気の毒そうに呟く。

「免停は覚悟しとけよ、仁」

「仕方ないけどさぁ…仕方ないんだけどさぁ…!もうちょいでゴールドだったのになぁ…!」

 突然、星牙が車体2つ分離れた黒いカマロを指さして叫ぶ。

「マージナルセンス、あれ調べろ!臭いが濃い!」

 車体にへばりつきながら、マージナルセンスはフロントガラスから見えるカマロに意識を集中した。コアの反応を強く感じる。

「ドンピシャです!」

「車体寄せるぞ!スピード上げる!」

 仁がアクセルを踏みしめる。トラックの床が揺れる。

「まだ上げるんですかー…!?」

「さすがにゴーカイすぎるって、ダンナ!」

「もうヤケだヤケ!どうせ免停になるなら、最後くらい映画みたいなことしてぇだろ!」

 背後からの抗議をはね除ける仁を見て、星牙は口を覆った。

「余計なこと言ってしまったかな、俺」

 水のフェラーリは熱を帯び、カマロに車体を寄せようと横にずれる。並走する形になったその時、

「させへんで!」

 の声と共に刀が振られる。水のフェラーリは咄嗟に避けたが、速度が落ちる。幸い曲線のため、詰める手段はまだまだあるものの、一同は左手に見えるカエル型レシーバーズ、義太郎への対応を余儀なくされた。

「悪いな、ホンマ。我ながら星回り恨むわ」

 カマロの上で刀を構える義太郎は渋い顔をした。そして、トラックの床を引きずる珍妙な水のフェラーリを見据え、静かに言った。

「あれがパードレの娘はんか…」

 二台の車は間もなく、首都高へ突入しようとしていた。

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