第三節 初任務
明良は仁に防衛省へ連れられた。
「どうぞ」
防衛大臣の呼びかけに応じ、部屋に入る。壁には英語で書かれた楯や、額に入れられた人物写真などが並べられていた。漆の机の前で、仁が敬礼する。
「そう堅くなるな。君はここの人間じゃないだろう?」
「しかし、郷に入っては郷に従えと言います」
防衛大臣が微笑む。
「仁義に厚いな。いい名前をもらったものだよ」
「恐縮です」
挨拶も終わり、仁は本題に入った。
「本日は登録許可の申請に上がりました」
防衛大臣は明良に視線を移した。身長は150に届くかどうか。さすがに乙よりは高いが、正直に言って、一目みただけでは戦う者として不安が漂う体躯である。
「この子が希望したのか?」
おもむろに仁が頷く。
「我々のもとで、多くのことを学びたいと」
「記憶全然無いですけど、全力で頑張ります!」
朗らかに言う明良を見て、さすがに防衛大臣もため息を漏らした。仁に囁く。
「本当に大丈夫なのか?君の目を疑うつもりは無いが、その…」
「承知しています。ですが、我々独自に行ったテストにおいて、彼女は及第点を大きく超す結果を残しました。それに、」
仁は防衛大臣の傍から顔を離し、再び明良に近寄った。
「私自身、彼女に懸けたくなりました。G・A(ギフテッド・エイプリルフール)以来増え続け、日本中の話題となり続けてきたレシーバーズ。彼らと人類にとって、より明るく良い未来を築く存在となる可能性を握っている。記憶が無いからこそ、生来の性根のみの存在だからこそ、我々の向き合い方が問われる。故に、彼女をアマカゼの一員にしたいと思うのです」
架純の起こしてきた『風』は世界を変えた。化け物退治から正義と悪の話になった、と言えばわかりやすいだろう。だが、事はそう単純ではない。それに、この構造は歪である。何故なら、人々の言う正義も悪も同じ種族だから。つまり、意地悪な言い方をするなら、人々は忌み嫌う相手を消すために、敵の同族をヒーローに仕立て上げているのだ。
だから、潜明良という存在が、単純な世界を改めて見つめる契機となり得るのではないかと思う。彼女とどう向き合うか、彼女がどう向き合うか、それが人類とレシーバーズの住む世界にとって重要だと信じている。
「…険しい道になるぞ。何年かかることか」
仁は含み笑いを浮かべた。
「300年よりは短いでしょう?」
防衛大臣は手元の登録書類にサインと、潜明良の名前を書いた。
アマカゼ本部に戻る。本部と呼べば聞こえはいいが、防衛省から歩いて10分程度に設置されてある科学研究棟の数ある部屋の一角に過ぎない。仁は最初、文部科学省の傍に置けばいいものを、と思ったが、レシーバーズ関連の一言を聞けば納得した。確かに、文部科学省の仕事ではない。そこに置くには、人類はレシーバーズのことを知らなさすぎる。
とはいえ、反発はした。これから一部のレシーバーズを本格的に戦力として加えようというのに、アマカゼの奇跡と仰々しく取り沙汰にしながら、何故こうも杜撰なのかと。それこそ文部科学省の施設まるごと一つ借りても、お釣りが返ってくるような話だろうに。だがこれも、仁の通った大学との提携と知れば納得はいった。政府はあくまで秘密裏にやりたいのだ。見せるのはラバーズをやっつけるアマカゼという虚像だけ。冷凍睡眠(コールドスリープ)の研究費を出してくれると聞けば、仁としても首を横に振れない。仁と明良がアマカゼ本部という名の、機材にまみれた個室の一角に入ることとなったのは、こういうわけなのである。
正面のモニターに一件のメール通知が載っている。送り主は埼玉の警察署からである。『所沢市内にある某大型デパートの地下駐車場で、蟻に酷似したラバーズ約5体を発見。アマカゼの出動を願う』
「初任務、だな…」
仁は呟き、スマートフォンで残りの三人を呼び出した。
数分後、乙が二人の腕を掴んでアマカゼ本部の前に現れた。今にも吐き出しそうなほど、気分が優れていそうにもない顔をしていた。
「心がけは立派だが…毎回そうなるんなら、もう少し移動方法考えないか?」
「でもー…これが一番速いのでー…」
えづきながら喋る様子は、見ているこちらの吐き気を催してくるほど凄惨だった。
乙の配置転換は目標を定めなくても使える。しかしその場合、バランス感覚が非常に不安定になる。本人曰く、立ってカヌーに乗るような感覚らしい。要するに、酔わないために目印をつけて配置転換しているのだ。
だが急いでこれを行うとなると、埃や塵紙程度では配置転換できない以上、街が混乱に陥る可能性がすこぶる高い。なので乙は毎回、任務とあれば目印も付けずに配置転換を使って移動している。
「酔い止め飲むか?」
ポケットから剛が錠剤を差し出す。
「苦いの嫌ーい…」
「これに包むといいよ」
リッキーがコップとイチゴ味の薬用ゼリーを取り出す。乙はコップの中にゼリーをこし出し、その上に錠剤を乗せて飲み込んだ。
「甘ーい…ありがとーリキさーん…」
「俺には感謝しねぇのかよ」
「タケさんカプセルだけだったもーん、苦いのやなのにー」
乙の調子がみるみるうちに戻った。
レシーバーズは生命力が強く、それゆえ薬品に対する耐性も人間の何倍もある。なので、使う薬品の効能は必然的に強力かつ即効性の高いものでなければならない。政府が初めてレシーバーズと接触した際に放った化学兵器の数々が、全く効かなかったことから思い至ったのだと仁は聞いている。
「指揮官。明良ちゃん、実戦配備するんです?」
リッキーが仁の傍に立つ明良を見る。
「いざとなったら、お前達が守ってくれ」
仁の言葉にリッキーは頷く。剛が両手を組んで唸った。
「しかしダンナ、所沢って遠くねぇか?俺の脚力がもっと強けりゃゴーカイにひとっ跳びなんだがよ…」
「そんな脚力で歩かれたら道路全部鉄にしても足りねぇよ。それについては少し考えがある」
仁は明良を指さした。
「明良、お前が初めて会った時に破裂させたヘビ型のレシーバーズな、大学で解析してもらったんだ。そしたら、体内の水分があり得ないほど膨張したって結果が出た。外から何かされた形跡もねぇ。そこで俺は、お前が水を操れるんじゃないかと踏んだ。違うか?」
「いえ。私操れるみたいです、水」
他人事のような明良に、仁は提案した。
「三人の水分を操って、所沢まで運んでくれないか?」
四人が面食らった表情をする。
「えっと…どういうことです?」
「人の身体は半分以上が水だ。液体って括りで言えばもっと多い。てことはだ、これを操れば身長や体組成も変えられる。少なくとも、水道管を通り抜けられるようにはなるんじゃないか?」
仁の言わんとすることを察したリッキーは頬を緩めた。
「なるほど。つまり、明良ちゃんに『水』にしてもらって、水道管を通って所沢まで行けってことですね?水道管は全国に張り巡らされていますし、水の駆けめぐるスピードは走行の比じゃないから!」
仁も顔を綻ばせ、リッキーの前に拳を差し出した。
「正解。それじゃ、行ってこい」
二人の拳が合わさる。かくして、アマカゼ一同は所沢の公園にある水道管から飛び出したのであった。
「いやぁ、水道管通ったの初めてだぜ俺」
「変な臭いついてなきゃいいけどー…」
「楽しかったですね、またやりましょう!」
「帰る時にね。これから任務だ、気を引き締めよう」
所沢市警からの連絡に従い、出現場所を探る。アラートが鳴ったのが数時間前、現在アマカゼ一同のいる公園付近。レシーバーズは食事をしなくてもいいとはいえ、動物変異型は本能に従いがちのようで、所沢市警の出した予測ルートは製菓工場に続いていた。
「確かに、遠くから甘い匂いが強く漂っている。いくつかスイーツショップを襲ったかもしれない」
マージナルセンスは鋭敏になった嗅覚で感知する。それを聞くや否や、シャッフルタクトは配置転換で一同を連れていった。クリスタルダイバーが呟く。
「景色が流れていく…面白い…!」
甘い匂いが最高潮に達した時、マージナルセンスの目に5匹のアリ型レシーバーズが飛び込んだ。耳に取り付けた無線のスイッチを入れる。
「目標、確認しました」
「被害状況は?」
「幸い、まだ未遂で済ませられます」
未遂でラバーズ呼ばわりか。仁の顔が苦み走る。深呼吸をし、改めて口を開いた。
「それじゃあ説得、確保に努めてくれ」
「了解。皆、戦闘は避けて確保に──」
マージナルセンスが言い終わる前に、クリスタルダイバーは全身を液体に変えて、アリ型レシーバーズ5匹に飛びかかった。
「待て!任務、わかっているのか!?」
「捕まえるんですよね?簡単です、やります!」
クリスタルダイバーが分裂し、アリ型レシーバーズの口内に入る。生きた水はアリ型レシーバーズの心臓を掴む。苦悶の声が体内で響き渡る。
「何してんだよ明良、おい!」
「殺したらダメだからねー…!」
心臓を握るクリスタルダイバーに、アリ型レシーバーズの内の1匹が囁いた。
「いいのかよ…?『パードレ』が…黙っちゃいないぜ…?」
誰のことだかわからない。けれど、その言葉はクリスタルダイバーの身の毛がよだつにさ十分であった。四肢が凍りつきそうな、得体の知れない恐怖を振り払わんと、クリスタルダイバーは全身に力を込めた。持っていた5つの心臓が破裂しかける直前、
「やめろ!」
と、マージナルセンスが叫び、同時にアイアンバスターの撃った核命(コア)抑制機能付きの手錠が、アリ型レシーバーズ5体の節足を捕らえた。強烈な抑制機能の前に5体とも気絶し、クリスタルダイバーも口内から這い出ざるを得なかった。
生きた水を集結させて元の姿に戻り、息を荒くするクリスタルダイバーに目線を合わせ、リッキーは言った。温度の感じない声音で。
「…『戦闘は避けろ』って、言ったよね」
咳き込みつつ明良は、
「でも、このままだと絶対襲いましたよ」
近辺のケーキ屋を指さす。
「襲っていなかっただろ」
「じゃあ悪いことが起きるまでほっとくんですか?そんなのおかしいですよ!」
「未然未然で進めた先にあるものなんて、決めつけしか無いんだよ!」
「だから口実作らせると?」
「いい加減に──」
言い争いがヒートアップしかけたところに、仁から通信が入った。
「剛、乙、そのレシーバーズ達を研究棟まで運び出してくれ。それから明良、」
明良は顔を上げる。
「リッキーに連れて行ってもらえ。『特別講師』に修行をつけてもらう」
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