第7話 ミキちゃんの旦那さん

 ミキちゃんは結婚していたらしい。旦那さんが競馬にハマり、負けを繰り返すうちにお金が足りなくなって、ミキちゃんに黙って借金をした。たちまち借金はふくれあがり、利息を返すために、あまりよろしくないところから借金をするようになった。そしたらとうとう、ミキちゃんと旦那さんの家にまで、ガラの悪い男の人たちが集金に来てしまった。


 旦那さんはもとから賭け事が好きなタイプだったし、それまでも生活費を使い込んで、ミキちゃんを困らせることがあった。でも、借金のことは寝耳に水だった。口論のあげく、旦那さんに「お前が風俗で働けばいいだろ」と言われて、ブチ切れたミキちゃんは、ボストンバッグとビニール袋にぐちゃぐちゃに荷物を詰め込んで家出した。


 そういうことを、ミキちゃんは一から順に話してくれた。


「離婚しようと思ったの。もう耐えられないと思って」

「うん」

「女と歩いてたんだよね」

「え?」

「私の旦那。歩道橋から見かけたとき、他の女とニコニコして歩いてたの。たぶん、一緒に住んでるんじゃないかなぁ」

「そっか……」


 だったらもう、離婚でいいじゃないか。借金まみれなうえに、女癖の悪い男なんて、他の女におしつけて別れてしまえばいい。そして、僕と一緒に暮らせばいいんだ。簡単なことだ。


「ぜったい、離婚なんてしてやらない、て思っちゃったんだよねぇ」

「ええ!?」


 僕が大声を出したので、ミキちゃんは目を丸くした。


「変かな」

「変だよ。間違ってる。そんなやつ、別れればいいじゃないか」

「うん」


 ミキちゃんは、そこで黙り込んでしまった。空を見つめて思案顔をしている。僕はまだお腹が空いていたので、ミキちゃんと僕の二人分、卵と野菜炒めがのったラーメンを作った。


「あー、おいしい」とミキちゃんはラーメンを食べながら言い、それから

「タクやんみたいな人を、好きになれる自分だったらよかったのに、て思う」と言って涙をポロリとこぼした。


 こたえた。お腹にドカっと蹴りを入れられた気分だった。


「明日、出て行くね」とミキちゃんに言われて、僕も涙をこぼした。

「どこか行くあてはあるの?」

「イチオウ……」

「どこ?」

「言えない」


 僕とミキちゃんは、その晩、いつものように同じベッドに入った。ミキちゃんの体を抱きしめたり、髪の毛をなでたりしながら、僕の頭の中にはいろんな言葉が錯綜していた。


「出ていかないでよ」と言おうとすると「タクやんみたいな人を、好きになれる自分だったらよかったのに」という言葉がリフレインして、僕は言葉を飲み込む。


 最初は、僕がミキちゃんの面倒をみていたのに、いつの間にか立場はすっかり逆転していた。僕にはミキちゃんが必要だった。でも、ミキちゃんのほうは、本当は僕を必要としてないんじゃないか、いつかふらっといなくなるんじゃないか、そういうふうにずっと思っていた。


 ミキちゃんは何も話さなかったけれど、ミキちゃんが僕ではない人を想っていることは、なんとなく気づいていた。でもまさか、それがミキちゃんの旦那さんで、そこまでひどい男だとは予想外だった。結局ミキちゃんは、僕よりも旦那さんのほうが好きなのだ。経済力もあって、ミキちゃん一筋で、健康な僕よりも、ギャンブル好きで浮気性で、ロクデナシの旦那さんのほうが。


「ミキちゃん、僕さ、本当は本田拓也たくやじゃない気がするんだよね」


 言ってみて、ああ、そういうことか、と何かストンと納得がいった。でも、聞いてるミキちゃんには意味わかんないだろうなと思った。


 そしたら「わかるよ」とミキちゃんが言うので、僕は驚いた。


(つづく)

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