第6話 歩道橋で見たもの

 ミキちゃんを見失ったあと、僕はいろんなところを駆けまわってミキちゃんを探した。ミキちゃんが好きなファミレス、居酒屋、カラオケ、喫茶店、スーパー、それから、プールのある小学校も。何度も携帯に電話しても、ミキちゃんは出ない。


 何時間も探しているうちに、あたりは真っ暗になり、脚が棒のように疲れて、とりあえず帰ろうと思った。そのとたん、暴力的な空腹を覚えた。


 コンビニへ行って、ペットボトルのウーロン茶を二本と肉まんを二個買った。コンビニを出ると同時に、肉まんの一個をむさぼるように食べ、ウーロン茶で流しこむ。ビニール袋の中には、まだペットボトルが一本とホカホカの肉まんが残っている。ミキちゃんの分だ。


 インターネットだとか携帯電話だとか、僕が小さい頃にはなかったものが、今では生活必需品になっている。それと同じように、今の僕も、ミキちゃんがいないと、どうしようもなくなってしまった。ミキちゃんがウチに来る前は、どんなふうに生きていたのかさえ思い出せない。


 母親とはぐれた子どものような気持ちで、がっくりとこうべを垂れて、トボトボと家路に着く。


 ドアを開けて、リビングの電気をつける。そうしたら、ミキちゃんがクッションを抱きしめてゴロンとソファーに横たわっていたのでびっくりした。


「ミキちゃん……」と僕は間抜けな声を出してビニール袋を床に落としてしまった。プシューッと音がするほど気が抜けて、僕は床にへたりこむ。


「おそかったね」とミキちゃんが言う。

「ミキちゃんのこと、いろんなとこ行って探してたんだよ。どうして電話に出ないの」

「ごめんね。私、ちょっとパニックだったからさ」

「パニックって、どうして?」

「いい匂い。それ、なに?」

「肉まん」

「食べていい?」

「どうぞ」


 僕がミキちゃんに袋ごと肉まんとウーロン茶を差し出すと、ミキちゃんはさっそく肉まんを袋から出して、おいしそうにほおばった。


「ギンナンは?」肉まんをたいらげ、ウーロン茶をコクコクと飲んだあと、ミキちゃんが聞いた。

「あ……。どっかに忘れてきたみたいだ」

「そっか。ごめんね」

「いや、それはいいんだけど。どうしたの? いきなりいなくなって」

「うん……」ミキちゃんはそこで、深いため息をついた。


 ミキちゃんが首をかしげ、人差し指をアゴに当てて逡巡するあいだ、僕は、キラキラに飾り立てられた人差し指の爪を、じっと見つめていた。

 

「歩道橋の階段を降りるときに、見ちゃってさ」

 そこまで言うと、ミキちゃんは口をつぐんでしまった。

「見たって、何を?」しびれを切らして僕が聞くと、ミキちゃんはまたため息をついた。

「旦那」

「え?」

「私の、夫」


(つづく)


お題は「時間」でした。明日も続きます。

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