第5話 ゆるしてください
ミキちゃんとのセックスは、最初は普通だった。
裸で過ごしている時間が増えていくうち、ミキちゃんはベッドの中でだんだんと支配的になっていき、僕はなんでも言うことを聞くようになった。水が高いところから低いところへ流れて行くように、ごく自然にそうなっていった。
裸のまま、「四つん這いになって」とか「大の字に寝て」とか言われるので、僕はその通りにする。「そのまま動かないで」と言われると、縛られてもいないのに、僕は動けなくなる。
「なめて」と言われるところは、ぜんぶなめるし、「さわらないで」と言われれば、指一本ふれない。
少しでも言うことをきかないと、すごい顔でにらまれる。その顔に僕はさらに欲情する。ミキちゃんは、にらむだけで、暴力的なことはなにもしない。ムチもロウソクもハイヒールも使わないし、罵詈雑言もはかない。
ミキちゃんの指示に盲目的に従っているうちに、僕はミキちゃんを無茶苦茶に抱きたくてたまらなくなる。
「ああもう、ゆるしてください」と僕が言うと、ミキちゃんはにっこり笑って
「まだよ」と言う。
それから、動けない僕の敏感なところを、いろんなやり方で刺激する。
抱かせてくれるときもあれば、そうじゃないときもある。どちらにせよ、最終的には、僕は「ゆるしてください」と言いながら射精する。そのあとは必ず泣いてしまう。
「いい子ね」とミキちゃんは言って、嗚咽する僕の顔を胸にだく。聖母のように優しく、頭をなでてくれる。
****
ミキちゃんを拾ってから九ヶ月ほどが経ち、秋も終わりに近づいたころ、僕たちはギンナンを拾いに出かけた。イチョウの木は、すでに黄色い葉っぱをたっぷりと落としていて、その上をガサゴソと踏み分けながら、僕たちはギンナンを拾う。家に帰ったら茶わん蒸しを作る予定だ。
一言もしゃべらないで夢中で拾っているうちに、腰が痛くなってきた。
「ねえ、こんなに拾っても、ぜんぶ食べるのかな」と、ミキちゃんが聞く。
「茶わん蒸しには、そんなに要らないよね」と僕が答える。
「帰ろっか。寒いし」
「そうだね」
ギンナンの入ったビニール袋を片手に持って、手をつないで家路についた。空は抜けるように青くて、地面はイチョウの葉でまぶしいくらいに黄色い。ミキちゃんの手はあいかわらず冷たくて、二人がふむイチョウの葉がカサコソ音を立てる。「幸せだな」としみじみ思った。
手をつないで歩道橋を渡って、階段を下りようとしたとき、ミキちゃんがパッと僕の手をはなした。どうしたのかな、と思う間もなく、ミキちゃんが全力疾走で歩道橋を逆戻りして行くのが見える。
ミキちゃんが拾ったギンナンが、袋ごと階段にぶちまけられて、僕は無意識にそれに手を伸ばした。ビニール袋と、何個かギンナンを拾ったところで、僕はハッと我に返った。
「ミキちゃん!」
僕は、ミキちゃんを追いかけて走ったけど、上がったばかりの歩道橋の階段を、また下りて戻ったころには、ミキちゃんはもう見えなくなっていた。
(つづく)
****
お題は「歩道橋」でした。
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