第2話 タクやんみたいな人
「タクやん」とは僕のことだ。本田
「タクやんみたいな人」はバカみたいに健康的だ。
三食バランスよく食べて、お酒はほどほど。二日に一度はジョギングする。
何にでも、攻略法というものがある。高校のとき、ある本を読んで、社交性というものは、スキルとして身につけられると学んだ。
本を何冊か読み、書いてあることを愚直に試したら、極端にシャイだった僕が、本当に普通にコミュニケーションができるようになった。もちろん、試したことが全部うまくいったわけじゃないし、それなりに時間はかかったけれど、他人にあいさつをすることさえ苦手だった僕が、一年後には、クラスメイトと授業のノートを交換できるくらいになった。
それを皮切りに、「なんだって、がんばればできるようになるのかもしれない」と自信がついた僕は、どんどんいろんなものを攻略していった。
成績を上げるのも、いい会社に就職するのも、年収を上げるのも、幸福になることさえ、必ず攻略法があり、たくさんの本で紹介されている。今だったら、ネットで調べれば数秒で何万件も出てくる。
国立大学を卒業して、司法試験に合格し、弁護士になった。法律事務所で、ある程度経験を積んだあと、製薬会社のインハウスロイヤーになってから、今にいたる。今の職場は労働条件が良く、定時できっちり帰れる。健康のために、睡眠をたっぷりとって、働きすぎないようにしている。タバコは、体に悪いから吸わない。
ところが困ったことに、今の僕、つまり、彼女が言うところの「タクやんみたいな人」に、僕だって魅力を感じない。健康で、健全で、いろんなものを攻略して、世間一般的に「正しい」といわれていることを、律儀にコツコツとやってきてきた人たち。そんな女性と、僕は何人か付き合ったことがある。そんな彼女たちを好きになれる僕だったらよかったのに、と僕も思う。
僕が好きになってしまう人はいつも、どこか不健康で、正しくないことをする。例えば、ミキちゃんみたいに。
僕は、ミキちゃんが置いていったタバコの箱をじっと見た。ピンク色の箱。女性用の、フレーバー付きの細いタバコ。ミキちゃんの賑やかな手ににぎられていないそれは、ひどく無愛想に見える。
ミキちゃんの爪はいつも、花だとか、パールだとか、それから、僕が名前も知らない、いろんなキラキラしたものたちで飾り立てられていた。
そのミキちゃんの手が、僕の体を触ると、まずは冷やっとする。ミキちゃんは冷え性だから。それから、爪についた無機質な物体の、つるりとした感触がする。何かが引っかかって、チクっと痛むときもある。ほおに、腕に、腹に、背中に。ミキちゃんの手が、僕につけた軌跡を、僕ははっきりと思い出せる。
(つづく)
お題は「無愛想」。レギュレーションは「腹」「ピンク」「花」でした。
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