チャプター14 「配置転換」
幕間のようなチャプターです。
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連休明けの仕事というのはどうしてこんなに気が沈むのだろうか?まあこれも多くのサラリーマンが通る道なのだろうと考えないようにして会社に向かった。
始業時間になるといきなりエガちゃんが俺を会議室に呼び出した。エガちゃんと一緒に会議室に行くとそこには実験グループの近藤課長が待っていた。禿げ上がった頭には今日も見事なバーコードが乗っかっている。誰かバーコードリーダーを持ってきて欲しい。
「あぁ、高坂くん。そこに座って。」
と席をすすめられた。俺は一体何事かと訝しみながら席についた。
「うちの会社の新入社員は仕事の適正を見るために定期的にいろんな部署に配置転換されるというのを知ってるかな?」
ははぁ、そういう話か。会社規則に明記はされていないが、会社の慣習としてそういうことがあるとは噂では聞いていた。今日の呼び出しはきっとその配置転換の話なんだろう。
こういう人事に関する話はオープンスペースではなく個室でするのが常識だ。
「はい。そういう事があるという話は先輩方から聞いたことがあります。」
「そうなんだ。で、高坂くんも次の異動の話が来ててね。でも、このあいだの燃料漏れの件もあって、高坂くんはウチの部署に適正があるから異動しなくてもいいんじゃないかと部長に掛け合ったんだよ。部長も同じ意見を持たれていたんだが、例外を作れないということで泣く泣く君を送り出さないといけなくなったんだ。」
元々俺は実験ではなく設計部門への配属を希望していため、今回は設計部門に行けるかと希望を抱いた。
「そうなんですか。残念ですが (全くそう思っていない)次はどちらになるのでしょうか?」
「あぁ、次はインジェ部でもないんだよ。」
と言いながら近藤課長は俺に一枚の紙を見せた。それは辞令書で俺の次の部署はエンジン制御装置製造部と書かれていた。略称はエン制部だ。
エンジン制御と言えば自動車制御の要で、月座電機 淀川製作所においても一番の花形製造部だ。
俺は内心「おぉ~」と思いながらどこのグループに配属されるのかと辞令書の続きをみるとそこには「エンジン制御装置実験グループ」と記されていた。しかも異動日が今日付けだ。
俺の能力である絶対記憶により辞令書を見返す必要はないのだが、それでも見直してしまった。目の前の辞令書と脳内コピーを何度リピートしても実験グループの文字が変わることはない。
「実験ですか・・・私は入社時にも設計を希望していたのですが・・・」
「何を言ってるんだよ。設計なんて仕様書に書かれていることをプログラムに書き起こすだけだし、そんな誰でもできることはその辺の奴にやらせてたらいいんだよ。それよりもソフトウェアとハードウェアの両方を理解しつつ、製品として最終的に成立するかを見極める実験グループこそが開発現場の肝だよ。」
近藤課長は微かにバーコードを揺らしながら力説した。近藤課長の言うことはとんでもなく乱暴だと思うが、確かに実験が肝であるという部分には一理あるとは思う。だが設計業務はプログラム書くことだけじゃない。一番の醍醐味は限られた範囲のコストやリソースや納期のなかで、要求されている製品の性能をどうやって実現させるかという創造をすることにある。決して誰にでもできることではない。
確かに実験グループも非常に重要なポジションだ。設計が頭をひねって産み出した製品をあらゆる角度で検証し、最終的に顧客に出荷しても良いかどうかを判断し、もしその判断を誤り不具合を流出させてしまった場合には責任をとらないといけない。
設計と実験、どちらが良い仕事で、どちらが偉いことをやっているかという比較は全くのナンセンスだが、俺は設計をやりたかった。
だがここで俺が辞令書に異議申し立てをするメリットはなくデメリットしかない。サラリーマンとはそのようなものだ。
「わかりました。この辞令を受けさせていただきます。短い間でしたがありがとうございました。特にエガ、、、宇垣係長にはいろいろとお世話になりました。」
「あぁ、高坂ならどこにいっても上手くやれるさ。頑張れよっ。 あ、ところでお前の送別会だが・・・」
「あ、いえ、それは結構です。ついこの前、燃料漏れの件で打ち上げをしていただいたばかりなので。もう当分は飲み会はいりません。」とくにミミちゃん先輩とは・・・という言葉は飲み込んだ。
「そうか、残念だな。まぁ、機会があったらこっちの飲み会にも呼ばせてもらうよ。」
「ありがとうございます。その時はよろしくお願いします。」
と俺は社交辞令を返した。
「あ、もうこのあとすぐに席を移動してね。ウチにも他の子が異動してくるから場所を開けないといけないんだ。」
まぁ、辞令が今日付けになっているから今日からエン制部の部員として動かないといけないからな。とは言えこんなに急に辞令がでるものなのかと思いながら、俺はイソイソと席の移動の準備を始めた。
移動作業をしながらミミちゃん先輩やハカセにやいのやいの言われたが、数ヶ月しか在籍していないこのグループには未練はない。適当に流して俺はさっさとインジェ部を後にした。
1999年9月のまだ残暑が厳しい日、外からはツクツクボウシのなき声がよく聞こえていた。
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とりあえずこれで「インジェ部編」は終わりです。 特に「インジェ部編」とは銘打ってはいませんが。
次からは「エン制部編」ですが、書き溜めていたものがなくなってきたので、これからはスローペースとなります・・・。
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