チャプター13 「そうだ、親友の家に遊びに行こう」

毎度おなじみ、冗長的駄文でございます・・・。

私の個人的趣味全開のチャプターです。


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 三連休の二日目の日曜日、オレは中学からの親友の家に遊びに行くことにした。その親友とはオーディオマニアの兄を持つ杉本良一だ。


 前日に電話で良一にアポをとると、午前中は時間がとれるというので出掛けることにした。良一の家はオレの実家の最寄り駅から更に二駅ほど行った先にある。その駅から更に10分ほど歩くと良一の家が見えてきた。市内のかなり北側にあるため地価が安いのか、周辺の家は皆土地が広く大きな家が多い。その中にあって良一の家はさらに一回りほど土地も家も大きい。


 良一の父親は地元でも有名な大手企業に勤めており、そこそこの年収があるそうだ。 若い時から郊外に大きな家を持つのが夢だったらしい。更にその家の特徴的な部分は、自宅スタジオを備えているという点だ。なんでも親父さんは若い頃からバンド活動をしており、それが高じて自宅内に防音室を作ってしまったとのことだ。


 その親父さんの血をちゃんと受け継いだのか、良一の兄は異常なほどのオーディオマニアになっている。では弟の良一はどうかというと、こいつもしっかり親父さんの血を受け継いでおり、中学時代からエレキギターにハマり、それが高じて高校卒業後には大阪の音楽専門学校に進学し、そこでギターを専攻し、卒業後は地元の音楽教室でギターの講師をしている。


 ギター講師だけでは収入が少ないとのことで、フリーで録音スタジオのスタジオミュージシャンもしているらしい。姫路にはキチンとした録音スタジオがないため、録音の仕事のあるときは大阪や東京などに出張しているらしい。


 良一の家の玄関前に立つ。家の表札からしてギター型をしていて、ユニーク(まともではない)な家であることを想像させられる。呼び鈴を押すと中から良一の親父さんが出てきた。


「おぉ~、伸二。久しぶりやな!さぁ入りや。」

と言って俺を招き入れてくれた。


 勝手知ったる他人の家。オレは「ご無沙汰してます。」といいながらズカズカと遠慮せず真っ直ぐに良一の部屋に向かった。


「良一っ、久しぶりやな。」

そう言いながら部屋に入ると良一はいつもの位置でいつもの様にギターを弾いていた。弾いているのはフェンダーのストラトキャスターだ。ストラトには珍しくカラーリングされておらず、木目がそのまま出ているナチュラルカラーとなっている。良一は地元の音楽教室の講師だけでなく、スタジオミュージシャンもこなすだけはあり、流石にプロだ。素人目に聞いてもめちゃくちゃ上手い。


 いま弾いている曲はOzzy Osbourneのファーストアルバムに収録されているMr. Crowleyだ。中盤と終盤で2回のギターソロがあり、ギタリストであるランディ・ローズの非常にエモーショナルなギタープレイを聴くことができる、ギターキッズには非常に人気のある曲だ。


 ちなみにこのランディ・ローズというギタリストはOzzy Osbourneの初代ギタリストだが、不運にも飛行機事故で亡くなっている。もし今も存命ならば、世界的なスーパーギタリストとして君臨していただろうに本当に悔やまれる。


 今は良一の部屋で防音ではないためギターはアンプに繋がれてはいないが、代わりに良一の足元に置かれた赤い空豆のような形をしたモノにシールドで繋がれており、その赤い空豆からスピーカーにケーブルがのびている。そしてスピーカーからはギターアンプの音が出ている。


 良一はオレが部屋に入ってきたことに気が付いているはずだが、一心にギターを弾き続けている。ひとしきり弾き終えるとようやく顔を上げた。


「おう伸二、久しぶりやな。元気やったか?」

「あぁ。1年ぶりくらいか? 相変わらず上手いな。まぁプロだし当然か。」

「いや、プロだからと言って全員が上手いとは限らんで。世渡りの上手さだけで金を稼いでるやつは沢山おるわ。」

「その逆でなんぼ腕が良くても世渡りが下手で地方に埋もれてるやつもおるってことやな。お前みたいに。」


オレがそう言うと良一は、

「いや、俺は自分でも世渡りが下手とは思ってない。今はまだ時代が俺についてきてないだけねん。」

と返してきた。うん。そういうことを言うこと自体が世渡り下手な証拠だなと思ったが、余計なことは言わないでおこう。


「ところでその赤いヤツはなんなん?」

と俺が問うと、

「これな、LINE6のPODっていうやつで、いわゆるアンプシミュレーターってヤツやねん。これがあればアンプなくてもギターの音が出せねん。」

「ほぉ~、世の中進化しとるな。確かに便利やけど、まだまだ実際のアンプの音には負けるな。」

「せやな。でも部屋でちょっと弾くぶんには手軽で便利やで。エフェクター機能も付いてるしな。」


 これまでギターアンプと言えば真空管やトランジスタを使ったアナログなものが主だったが、最近ではアナログ回路は使わずにCPUでアンプを模擬するようになってきているらしい。今はまだ実際のアンプの音質には届いていないようだが、これからドンドン技術開発がされていくんだろう。これも楽器メーカーのエンジニアの腕の見せ所だろうな。


「電話で言ったとおり、今日は俺は午前中しか空いてないねん。昼からレッスンが入ってるからな。」

「いや、いいよ久しぶりに良一のサウンドを聞きたかったのと、アップデートをしに来ただけやからな。アンプシミュレーターなんて知らんかったしな。」

ここで言うアップデートとは良一の兄が持っている膨大な数のオーディオ関連の雑誌や資料の知識のアップデートのことだ。


「ほな、まずはスタジオ行こか。何が聴きたい?」

「そうやな、今年(1999年)解散する聖飢魔IIの曲なんかどう?なんか弾ける?」

「俺はプロやぞ。知ってる曲なら楽譜なくてもなんでも弾けるわ。」

「おぉ~、言うねぇ。」

そう言いながらオレたちは親父さん自慢の自宅スタジオへ足を運んだ。


 杉本家の自宅スタジオのスペックはこんな感じだ。広さはちょうど10畳でスタジオとしてはそれほど広くはないが、個人の家にある趣味の領域のモノとしては破格の大きさだ。ピアノやバイオリンなどやっていてよほど力を入れている家庭であれば自宅に防音ルームを作っている家はあるだろうが、それでも普通は家を建てたあとに既製品の防音ボックスを入れるというのが一般的だ。ところが良一の親父さんは家の設計段階からハウスメーカーと大手楽器メーカーとコラボレーションをして、ほぼプロの録音スタジオと同じ仕様の部屋を作ってしまった。


 本来であれば住宅の部屋には採光のために必ず窓を設置しないといけないのだが、この部屋には窓がない。カラクリとしては、家の設計段階でこの部屋は納戸として設計しているらしく、窓を設置しなくても良いようにしたそうな。だが換気装置の設置は必須だったらしく、防音仕様の換気扇をつけている。この換気扇は月座電機製だ。お買い上げありがとうございます。


 この部屋を作るだけで大体高級車一台分くらいかかったらしい。趣味にこれだけお金をかけるとは凄いというかなんというか・・・。まぁその情熱のおかげで息子が重度のオーディオマニアとプロのミュージシャンになったのだから、親父さんとしては満足なのではないだろうか?


 さて、良一には聖飢魔IIの何を弾いてもらおうか?と思案し始めたのだか俺のリクエストを聞くよりも早く良一が1999 secret objectという曲を弾き始めた。


 ギターはKiller製でこれまたナチュラルカラーのものだ。それを親父さん自慢のアンプであるオールドマーシャル1959に繋げている。なんでも親父さんが若い頃になけなしの金をはたいて購入したらしいが、今となってはプレミアが付いていて、中古で買おうとしてもめちゃくちゃ高価になっているらしい。


 この曲はアップビートで非常にノリがよい。特にソロパートではルーク篁の得意とするライトハンド奏法を聴くことができる。このライトハンドの部分は珍しく24ビートとなっている。スピードに乗りつつも一音一音綺麗に分離させたトーンを出すのが難しいところだが、そこは流石に良一はプロだ、いとも簡単に完璧にソロを弾ききった。


「聴くだけじゃなくてお前もなにかやれよ。」

と良一が言ってきたので仕方なく、

「じゃあ、久しぶりにドラムを叩くわ。」

と言いながら俺はスタジオにあるドラムに向かった。

 実は俺は良一の家に入り浸っているうちに見よう見まねで、簡単ではあるがドラムを叩けるようになっているのだ。


「じゃあアダムの林檎やろか。」

と良一が言い、直ぐにイントロを弾き始めた。この曲はテンポは速いが基本的には8ビートで、素人ドラマーの俺でもなんとか叩ける曲だ。この曲のギターソロのパートはジェイル大橋による華麗な早弾きと彼の日本人離れした独特のリズム感がよく出ており、完コピは至難の技だ。だがやはり良一はプロだ。完璧にソロを弾きこなしてくれた。


 このあと数曲を一緒にセッションしたところで時間が来てしまった。良一がそそくさとレッスンのために仕事場に出かけて行ったので、次に俺は良一の兄の部屋に向かった。


 良一の兄の名前は雄一だ。兄に一の文字を使っているのに、なぜだか次男の良一にも一の字を使っている。以前、親父さんにその理由を聞いたことがあったけど、理由はなんでもいいから一番になって欲しいということだそうだ。納得。

 それに比べ俺は一人っ子なのに伸二だ。俺の名付け理由は聞いたことがないが、どうせ大した理由じゃないだろう・・・。聞くだけ野暮ってものだ。


 その兄の雄一の部屋のドアをノックし、返事を聞くよりも早くドアを開けた。部屋の中はうっすら白い煙が立ち込めており、俺は予想外の光景と異臭に顔をしかめた。この臭いははんだの臭いだ。仕事でもはんだ作業はよくするのでこの臭いには馴染みがある。


 俺が部屋に入ってきたことに気付いた雄一は、

「おう伸二、久しぶりやな。元気やったか?」

と弟と同じ台詞で話しかけてきた。


「お兄ちゃん久しぶり。またいろいろ雑誌見せてよ。でもその前に何やってんの?」

と俺の質問に対し、

「いま、良一とコラボをして自作のギターのエフェクター作って販売してんねん。それの部品をはんだで実装してるところ。」

「はぁ?エフェクターの自作してんの? なんで?」

「それがなぁ、最近自作エフェクターが流行ってて、出来のいいやつは結構高く売れるねん。それを聞いて、じゃあ俺らもやってみようかということになってん。」


 雄一は異常なオーディオ好きが高じて以前から自作でアンプなんかを作ったりしていたが、今度は良一とコラボをしてギターのエフェクターを作って販売しているらしい。この兄弟はいろいろ凄いな・・・、と呆れと感心が入り交じったため息を吐いた。


「それは分かったけど、はんだ作業をするときは換気しないと鉛中毒になるで。あと素手ではんだに触ってもあかんで。触ってたらちゃんと手を洗ってな。」

「分かっとる分かっとる。相変わらず伸二は細かいな。」

細かいというか鉛中毒の恐ろしさを軽く見ないでもらいたいだけだ。


「まったく・・・で、どんなの作ってるの? てかっ、電子基板まで自作してんの!?」

抵抗などの電子部品を小さい汎用基板上で繋いでいってるのかと思いきや、なんと雄一はエフェクター用に専用の基板を自ら作っていたのだ。


「すごいやろ。エッチングから何から全部自前やで。ここまで気合い入れてやってるやつはなかなかおらんぞ。ここまでやるから良く売れるねん。」


これには恐れ入った。個人で基板作成からやる人は確かに希少だろう。というか出来る人が少ないだろう。全く杉本家の人間はだれも中途半端なことはしないなと呆れてしまった。


「これまでにもう200台くらい売れてるんやで。その辺の大手のメーカーが作ってるエフェクターより音質が良いって評判なんやで。」


これまた恐れ入った。もはや仕事として成立してそうだ。引きこもりのオーディオマニアがここまでやるとは夢にも思わなかった。


 俺は黙々とはんだ作業をする雄一を放って、雄一が新しく仕入れたオーディオ関連の雑誌や資料を片っ端から読み漁った。ヤングオーディオなどの雑誌から過去の名機と呼ばれるアンプの設計図など、約1年来ていないだけでかなりの量が増えていた。雄一はこのオーディオ関連だけに限っては絶対記憶を持つ俺と遜色ないほどの知識量を持つ。その情熱と行動には称賛を送るしかない。


 俺は雄一の持つ資料のアップデートを粗方終え杉本邸を辞去した。いやはや何度行ってもあの家の連中には驚かされる・・・。


 さて、時刻は昼過ぎだ。特にもう行きたい所も行くべき所もないので家に帰ることにした。せっかくの三連休だが、その二日目もこれで終わりだ。学生の頃はありあまる程に休日があっても足りないという感覚があったが、社会人になってみると以外と休日にやることがない。


ーーーーーー


 連休最終日は会社の寮に戻らないといけないので、ほぼやれることがなく昼前には自宅を出発した。朝から家を出る前まで母親からは哀愁のこもった曲を延々と聞かされ、親父からは電車での移動に困るほどのワインを持たされた。こりゃそろそろ自家用車を買わないといけないな。自動車関係の製品を作っている会社に勤めているのに車を持っていないというのもちょっと格好悪いというのもあるし、近々車を買おうと思った。


 どんな車を買おうかという楽しい思案と、明日からまた仕事が始まるというブルーを交互にくりかえしながら俺は電車に揺られていた。


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