チャプター11 「嗚呼! モンゴル」

 燃料漏れのメカニズムと、燃料ポンプの不正が明らかになった翌日の金曜日。俺にとっては昨日のテレビ会議よりも緊張する日だ。なぜならインジェクターi-97の特別調査班の仕事が終わり解散となったことで、それの慰労と称する打ち上げが行われるからだ。


 なぜ俺がこんなにもこの飲み会を嫌がっているのかって?それはもう参加するメンツですよメンツ。マラソン脳筋にフィギュアオタク、そして大喰いの大酒飲み。楽しい飲み会が想像できますか??飲み会は気の合う仲間たちと飲むから楽しいのであって、体育会系上司と、オタク先輩と、大喰らいのエロ先輩と楽しむものではない。大喰らいのないただのエロ先輩はあってもいいけど・・・。


 その日の朝イチにエガちゃんから調査班だったメンバーにメールが届いた。


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皆さんおはようございます。


 今回のi-97の特別調査ですが、みなさんの頑張りもあり無事に終了し、月座電機としても多額の賠償を回避できたという、この上ない結果となりました。

 つきましては皆さんの慰労ということで、急ですが本日下記の場所にて打ち上げを開催いたしますのでよろしくお願いします。


 店名 「嗚呼!モンゴル」

 住所 箕面市丸栖町100丁目10番72号、 電話番号:0727-○○-○○○○

 開始時間 18:30

 予約名 宇垣

 コース 中華4000円コース


 なお、会費についてですが、高橋部長より援助をいただきましたので、一人当たり1000円となります。また、本日は飲み放題ではありません。


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 みみちゃん先輩の席の方から舌打ちが聞こえてきた気がするけど、きっと空耳でしょう。

 会費1000円で飲み食いできるのはありがたいけど、しかし凄い店名だな。それに店名がモンゴルなのになんで中華料理のコースなんだ??意味がわからない。みみちゃん先輩がいる飲み会で飲み放題はあり得ないのは当然だ。あと非常に気になる点があるんだけど、きっと1999年7月とはなんの関係もないことを願うしかないな・・・。


 その日からはようやく通常業務に戻ったけど、特別調査で実施した試験結果について、試験報告書を書くように近藤課長から指示を受けたので、俺は朝からその報告書の作成をしている。


 試験報告書とはその名の通り、試験結果をまとめた報告書のことだけど、月座電機では実験グループが実施したテストは全てこの試験報告書という形で残すことになっている。


 余談になるが、月座電機淀川製作所ではISO9000シリーズの2000年改訂版から採用されるQMS (品質マネジメントシステム)を先取りした活動をしていて、それに則ったドキュメント管理をしている。まぁ、小難しいことは置いておいて、ようするに実験グループにとっては、ドキュメント作成と管理についてはきちんと会社内でプロセスとルールを決めていて、それを遵守しているということだ。


 俺はバーコードからの、、、もとい!、近藤課長からの指示通りにこれまでの結果を資料化し、それに所定フォーマットの表紙をつけてエガちゃんに提出した。


 エガちゃんの話だと、新入社員の報告書作成能力が年々低下しているそうだ。なんでだろうね?きっとアレでしょ。ゲームのやりすぎとか、テレビの見過ぎとか。知らんけど。


 あ、そう言えば関西人はこの「知らんけど」をよく使います。会話の中で、さも自分が体験したり見聞きしたような風に相手に言ったあとに最後にこの「知らんけど」と言います。例えば、

「奥さん。ちょっと聞いてぇ。2丁目の田中さんの奥さん。旦那さんが単身赴任してんのをいいことに、若い男を連れ込んでるんやって。知らんけどぉ。」

こんな感じでね。他にも“知らんけど”を使うポイントは沢山あるんだけど、もしこの“知らんけど”を使いこなせるようになったら、あなたも立派な関西人! 知らんけど。


 エガちゃんが言う文書力の低下なんて俺から言わせてもらえれば、本を読まな過ぎなんだと思うね。ちゃんとした文章を書こうと思ったら、その前にちゃんとした文章を読んだことがないと書けないよね。

 例えば楽器を使って良い演奏しようとしたら、演奏する前にそもそも良い演奏ってものがどんなものかを聴いて理解していないと無理だよね?文書作成もそれと同じと思うよ。でもまぁ、世の中は広くて、特別な勉強や訓練をしていなくても、いきなり魅力的な文章を書けたり、素晴らしい音色で演奏できてしまう、いわゆる“天才”っていう人がいるのも確かなんだけどね。でもその天才もそこから努力しないと認められることがないのも世間の厳しさですわ。知らんけど。


(注:こんな偉そうなことを書いている筆者の文書力につっこみを入れてはいけません。慈悲の心を持ってお読みくださいませ。)


 さて、俺の提出した試験報告書はお陰様で一発でエガちゃんチェックを通過して、バーコード課長の元へ提出できました。この提出された報告書は、月座電機では独自のシステム上で管理されていて、紙ではなくて全てスキャナーでスキャンして電子ファイル化されて、サーバー上に保管されています。こうすることで保管スペースを減らすことができるし、後から簡単に検索することもできるしで大変便利です。御社でもこのシステムの導入はいかがでしょうか??


 そんなこんなで退社時間が来てしまいました。月座電機淀川製作所では定時終了を知らせるチャイムに続いて曲が流れるんだけど、今はレッド・ツェッペリンの“天国への階段”が選曲されている。普通はこういう音楽ってクラシックとか例えばホタルの光とかじゃないんですかね?いや、ロックは好きなんでいいんですけど・・・。

 天国への階段って、今からの飲み会を暗示してるのか・・・・。ちなみに天国への階段の前はQueenのWe are the championsだったらしいです。一体誰の選曲なんでしょうね・・・?洋楽ロック好きなのは間違いないです。


 俺が天国への階段を聴きながらロッカーで着替えを済ませて、そそくさと会社を出ようとした時に後ろから、

「高坂っ、一緒に行こうぜ。」

とエガちゃんに声を掛けられた。


 エガちゃんはとても通勤をするサラリーマンとは思えない格好をしている。上半身はピチピチのランニングシャツにパンツは短いランニングパンツ、虹色に光るサングラスに、ショッキグピンクのマラソンシューズ。もういつでも走れそうな格好だ。


「はぁ。」

「なんだよ、元気ないな。今から飲み会だぞ、楽しみだろう。」

「別に今回のことくらいで打ち上げをしなくても良かったんじゃないですか?」

「なんでやねんっ。」

下手な関西弁でつっこまれた。


「飲める時に飲まなくてどうするんだよ。」

いや、飲まなくてもいいでしょ?


「こうやって一緒に飲み会を重ねることで、まわりとの連帯感が生まれてくるんだよ。」


 これが昭和から続く伝統を持つ、サラリーマンの7つ道具の一つと呼ばれる「飲ミニケーション」ですか・・・。今はもう平成ですけど・・・。


「わかりました。でも、みみちゃん先輩から酒を強要されそうになったら助けてくださいよ。」

「それは、まぁ、努力するよ。」

全く頼りになりそうにない・・・。


 エガちゃんと二人でとぼとぼ歩いていくと、目の前に今日の会場となる「嗚呼!モンゴル」が見えてきた。店名はモンゴルなのに店構えはどう見ても中華料理屋。店の玄関はガラス張りで自動ドアになっていて、ドアの両脇になぜか秦の始皇帝の陵墓にある兵馬俑 (へいばよう)のレプリカの石造が立てられている。

 自動ドアを抜けてロビーに入ると吹き抜けの天井には豪華な西洋のシャンデリアがあり、小窓にはステンドグラスで聖母マリアが描かれている。 ロビー横には待合いのためのベンチがあり、そのベンチはまるでバス停によくある青色のプラスチック製で、その横には銭湯で見るようなコイン式のマッサージチェアとコーヒー牛乳がたっぷり入ったガラスケース式の冷蔵庫が置かれていた。そして、BGMが演歌だ・・・・。もう世界観がわけわかりません。


 エガちゃんと店内に入り、その異様な光景にしばしフリーズした俺に

「いらっしゃいませ」

と女性店員が声をかけてきた。その店員は鮮やかな真紅のチャイナドレスを着ていた。ひざ上20センチにはなろうかというほどの超ミニで、太ももには大胆なスリットが入っていて、見えそうで見えないギリギリの緊張感を表現している。

 俺が平静を保ちつつも“絶対記憶”による完璧なメモリーを実行している横でエガちゃんが、

「予約しています宇垣です。」

と店員に答えている。エガちゃんは目の前のエロスには無関心のようだ。なぜだ?これがアラフォーの胆力なのか??


「宇垣様ですね。4名様で承っております。お連れ様はすでお着きですので、こちらへどうぞ。」

と俺たちを先導してくれた。


 チャイナドレスのエロスに連れられて、俺とエガちゃんは個室に通された。その部屋は8畳程度のそこそこの広さで、部屋の中央に中華料理屋らしく、赤い丸テーブルが置かれていた。壁は白を基調としているが、細かい装飾が施された腰壁でぐるっと囲まれており、豪華さが半端なく、まるで大企業の重役の執務室のようだ。

 そもそもここはモンゴル料理屋では?と軽くつっこみつつ、部屋に入る。そこには既にみみちゃん先輩とハカセが来ていて席に座っていた。エガちゃんが先に部屋に入ってハカセの隣に陣取ったので、俺はみみちゃん先輩の隣に座った。


 この日のハカセの服装は正しいお手本のようなオタクの服装だ。上着はくすんだ赤色のチェックのシャツ。そのシャツの中のインナーはこの前も見たものと同じ“おジャ○女どれみ”のキャラクターものだ。パンツは薄汚れたジーンズでそのジーンズにシャツをオールインしている。そばに置いているのはどこで手に入れたのかセルリアンブルーで一色のリュックサックだ。

 一方みみちゃん先輩はいつもの雰囲気とはまったく違い、フェミニズム満開だ。髪はいつものポニーテールではなく下ろしている。薄いアイボリーのブラウスに、これまた薄い紫の生地に小さな花の刺繍が散りばめられているゆるふわなロングスカート。胸元だけは相変わらず苦しそうだ。 こんな一面も持っているのかと、思わずしばし見とれてしまった・・・。


「ちょっと〜、高坂く〜ん。どこ見てんの〜??」

ん?このセリフどこかで聞いたな。


「あ、い、いや・・・。 どちら様でしょうか??」

見とれていたのを誤魔化しながら俺は精いっぱいボケてみた。


「え~、どういう意味よ?」

「あの、あまりにもいつもと雰囲気が違うもんで、別人かと思ったので・・・。」

「ふふふっ、高坂くんこういう格好の女の子好きなんだぁ?」

「違いますよっ。みみちゃん先輩には似合わないなぁと・・・。 ぐぉっ!」

俺が心にもないことを口走った瞬間、脇腹に激痛が走った。 みみちゃん先輩の必殺のボディーブローが炸裂したのだ。


「どういう意味やねん・・・。」

ドスの利いた低い声が俺の耳元で囁かれた。


「すみません・・・こ、これはあれです。心理学用語で言うところのプラスのストロークとマイナスのストロークがあってですね、本当は肯定したいのにですね逆の・・・・ぐぁ!!」 

今度は左のジャブが炸裂した。この左ジャブなら世界を制することが・・・。

「話が面白くないっ。」

バッサリ切り捨てられた。


「はっはっはっ、お前ら仲いいな~。」

というエガちゃんに苦笑いを浮かべるしかなかった。


 みみちゃん先輩は確かに綺麗だしスタイル抜群でエロさ満開だけど、正直なところ何か闇を持ってそうで怖い。その美しさもなんというか言うなれば“魔性の美”だ。引き込まれたら最後、地獄の底まで堕ちてしまいそうだ。


 そうこうしている間に店員さんがやって来て

「お飲み物はどうされますか?」

と聞いてきた。 例のエロチャイナさんだ。


「ビール」「アタシも!」「あ、俺も」

とみんながビールを頼む中、

「ドライマティーニを」

とハカセがボソリと言った。


 こんな店にそんなカクテルがあるのかとドリンクメニューを見ると確かにあった。 というかカクテルのメニューが凄すぎる。

 普通の居酒屋であればカシスオレンジとか数種類程度はあるが、この店のカクテルメニューは凄くてカクテルだけで数ページのメニューになっている。中には見たことも聞いたこともないような名前のカクテルがビッシリと印刷されていた。


「このカクテルのメニューの種類の数が凄いですね。」

と思わず俺が漏らすと、

「はい。店長が昔にバーテンダーをやっていたそうで、カクテルに力を入れているんですよ」

とエロチャイナさんが教えてくれた。


「ふ~~ん、アタシ、メニューの上から下まで全部飲んでみたいな。」

「アホかっ、そんな予算あるわけないだろっ。飲みたかったら自腹で飲めっ。」

とエガちゃんがみみちゃん先輩に慌てて言った。


「ふんっ! いいわよ。今度一人で来て全部飲んでやるから。」

とみみちゃん先輩がふてくされて言ったけど、今回は酒の強要はなさそうで安心した。しかし、このメニュー全部で一体いくらになるのか分っているんだろうか?

 俺は“絶対記憶”を駆使してメニューを瞬時解析した。カクテルの種類はなんと315種類もあり、一杯あたり600円から1500円だ。全部注文するとなると合計で24万7500円になる。これだけの金額をポンと払うのは無理があるだろう。 それ以前に全てのカクテルメニューを飲み尽くすなんて不可能だろう。


 そうこう思っている間にエロチャイナさんがビールを持ってきた。ビールの銘柄はライオンビールのフラグシップ製品である“極め絞りドライ”だ。ジョッキではなく大ビンで出てきており、しかもまだ栓を開けていない。


「完璧だ。」

と俺は心の中で呟いた。 実は俺は酒にはうるさい。まず俺たち月座電機社員は同じ月座グループの企業であるライオンビールのビールを注文するのが暗黙の了解となっている。淀川製作所周辺の居酒屋はその辺りをよく理解していて、基本的にライオンビールを置いていない店はないが、時々は不届きにもライオンビールを置いていない店もある。

 この店はジョッキやピッチャーではなくビンで出してきているのがすばらしい。心ない店では表向きはライオンビールといいながらも実は裏では違うビール会社のものを出してくる時もある。ひどい時にはビールではなく発泡酒を出してくることもあるほどだ。ビンでしかも栓を開けていなければ中身のすり替えもしていないことの証拠だ。

 この店の心憎さはこれだけではなかった。グラスがジョッキやコップではなくピルスナーなのだ。それもグラスの厚みが極限まで薄い。

 一般的にビールに適しているのは飲み口が薄いグラスほど良いと言われている。最近ではガラス製ではなく、アルミ製やチタン製のグラスが出てきており、ガラスに比べて飲み口が薄くなっているものがある。しかし、アルミ製やチタン製ではどうしても金属臭がする。やはりベストはガラス製だ。ジョッキや普通のコップだとどうしても飲み口が厚いため、ビールの良さが引き出せない。カクテルの種類の多さといい、ビールのグラスに対するこだわりと言い、ここの店長はアルコールに対してかなり造詣が深いようだ。


「さあ、全員に飲み物が行き渡ったことだし、始めようか!」

エガちゃんがピルスナーを片手に立ち上がる。


「今回は我が特別調査班が、見事に燃料漏れの原因を解明し、月座電機に多大な貢献をすることができました。これも皆さんのおかげであります。今日は高橋部長からも少しですが援助をいただいておりますので、みんなで楽しくお互いの労をねぎらいましょう。では、カンパーイ!!」

 エガちゃんの音頭により全員がそれぞれのグラスを軽く当て合ってから、最初の一口をすする。仕事の後のこの最初の一口がまさに至上の味だ。俺は十分に冷えたビールが薄いピルスナーの飲み口から自分の喉に流れる感覚を堪能した。いつの間にかBGMが演歌からスムースジャズに変わっていた。これで席が中華風ではなければより良かったのに・・・。


 ビールを飲み始めるとすぐに次々と料理が出されてきた。今日は“中華4000円コース”というだけあって、確かに中華料理だけだ。だが、俺に言わせてもらえれば、これは中華料理の中でも客家料理 (はっかりょうり)と呼ばれているものだ。


 中華料理と言えば、“四川料理”や“広東料理”を思い浮かべることが一般的かもしれないが、中華料理は当然それだけではない。流石は4000年の歴史を持つと言われ、世界三大料理の一つと呼ばれるだけの規模を誇っており、基本料理系統だけでも八つの種類がある。

1.山東料理 (さんとうりょうり)

2.四川料理 (しせんりょうり)

3.湖南料理 (こなんりょうり)

4.江蘇料理 (こうそりょうり)

5.浙江料理 (せっこうりょうり)

6.安徽料理 (あんきりょうり)

7.福建料理 (ふっけんりょうり)

8.広東料理 (かんとんりょうり)

の八つだ。


 このうち客家料理は広東料理の系統に分類されている。この客家とは漢民族の中の分流の一つで、現在では広東省・福建省・などの中国本土の他にも、台湾やタイ・マレーシア・フィリピンなどに居住している人たちのことを指す。


 なぜ俺がこの料理が客家料理だと分ったかだって? それはもちろん書籍からの情報はあるのだが、実は学生時代に台湾旅行をしたことがあって、そこでたまたま入った現地のレストランが客家料理を出す店だったのだ。

 俺が入った客家料理店は店構えが独特だった。まず建物がビルや鉄筋コンクリートではなく木造だった。構造的には日本の古民家、それも農家の母屋のような作りだった。そして出された料理に感動したことを覚えている。

 学生の海外旅行など貧乏旅行と相場が決まっている。その相場から外れず俺はバックパックのみで単身台湾を訪れた。俺にとって外国の言葉や文字を覚えることは容易いが、生活習慣だけは現地に行かないと経験ができない。日本との差に戸惑いながらも俺は台湾を放浪し、高雄市の郊外で空腹に耐えかねて、目についた客家料理の店に入った。空腹も手伝ってか、俺は客家料理を貪るように食べた。

 中華料理はその系統によっていろいろ特徴がある。例えば四川料理であれば、香辛料を多用した辛さが特徴的だ。客家料理の母系である広東料理は日本人の好みに近い味が多いが、客家料理はさらに日本人の舌によく合う。

 客家料理は広東料理のようにフカヒレなどの豪華さや派手さはなく、干した野菜や山菜そして干し肉を使った料理が多く、とても素朴だ。味付けも普通の日本人であれば、何の違和感もなく食べられ、どこか安心する味だ。


 今日のこの店はあの時食べた台湾の店の味と瓜二つだ。ここの店長は一体どういう人間なのだろうか?元バーテンダーらしいが、趣味の範囲がかなり広そうだ。それは良しとして俺は久しぶりに味わう客家料理を楽しんだ。そして客家料理はビールにも良く合う。だが、残念ながらハカセが飲んでいるドライマティーニには合わない。そう思いハカセを見ると、案の定渋い顔をしていた。しかし、純正オタクの装いをしているハカセが客家料理を食べながらドライマティーニを飲む姿は、なかなかにシュールだ。


「高坂は彼女とかいるのか?」

俺がハカセをネタに物思いをしていると、唐突にエガちゃんがプライベートに土足で踏み込む質問をしてきた。これだから昭和世代は・・・セクハラですよと訴えてやろうかと思ったが、俺も生まれは昭和時代だった・・・。


「学生の時はいたんですが、今はいないですねぇ・・・。」

「へぇ~、高坂くん彼女いたことあるんだ。意外~。」

「それどういう意味ですか?? 俺だって彼女くらい作れますよっ」

「その彼女って、2次元? 3次元?」

唐突なハカセの質問にその場が固まってしまった。彼女という存在に対して、次元の話が出てくることに、皆が理解できない。


「えぇ~と。。。 ハカセ? それってどういう意味? その、、、2次元の彼女って・・・」

みみちゃん先輩がなんとか理解しようと質問を絞り出した。


「そのままその言葉通りですよ。生身の人が3次元で、平面の人が2次元です。」

「平面の人って・・・どういうことだ??」

たまらずエガちゃんも聞いた。

「所謂 (いわゆる)、マンガとかアニメとかのことです。ちなみに僕にも2次元の彼女がいますよ。でもその人は3次元では男性で、僕も2次元上では女の子です。今度僕たちは2次元の中で結婚するんですよっ。」


 全く話についていけないとばかりに、エガちゃんとみみちゃん先輩は、口を開けっぱなしにしている。唐突にこんな訳の分からないことを聞かされれば誰でも同じリアクションをするだろう。要するにハカセは同じ趣味をもった2次元 (アニメ)のコミュニティ上で知り合った人と、2次元の中で仮想で結婚するらしく、そのお相手は2次元上では女の子のキャラクターを操っているらしい。さらにハカセも同じく女の子のキャラクターを操っているらしく、女の子同士で同性婚するらしい。もうぶっ飛んでいるとしか言いようがない。


 触らぬ神にたたりなしとばかりに俺は話題を振る。

「そ、それにしても、この店の料理は美味しいですのね。これで4000円だなんてすごいですよ。」

「そうだろう?しかも近藤部長からの援助があって、俺たちはたったの1000円だからな。」まともな話題にもどったエガちゃんが安心して答えた。


「すごいよねっ、これで飲み放題だったら完璧なのにね。」

俺はみみちゃん先輩の言葉は無視してエガちゃんに頷いた。


 俺たちが話をしている間にもドンドンと料理が運ばれてくる。非常に美味しいのだがあまりにも量が多くて料理が出てくるスピードに、食べる早さが追いつかない。みみちゃん先輩の前を除いて。流石に今回は飲み放題ではないし、アルコール類も安くはないのでみみちゃん先輩も酒の強要は我慢しているようだ。これは助かる。


 俺とエガちゃんとハカセは、最早言葉も少なくなって必死に料理を食べていった。途中で出てきた肉だんご入り卵スープにはまいった。スープ一人分が直径30cmはあろうかという洗面器のような丼に入れられており、肉だんごも握り拳くらいの大きさのものが4つも入っていた。


 俺たちはそのスープ一人前を3人で分けて飲んだが、みみちゃん先輩は残りの三人分を一人であっという間に平らげてみせた。その細い体の一体どこにそれだけのモノが収まっているのか?どう見ても物理的に入らないだろう。


 膨れた腹をさすりながら俺はまじまじとみみちゃん先輩の体を観察していると、

「な~に、高坂くん?じろじろ見ちゃって。あたしに惚れちゃった?? アハハっ」

と、ホロ酔い気味になって、顔がほんのり赤くなっている顔を近付けてきた。俺は思わず後ずさってしまい、危うく椅子から転げ落ちそうになったがなんとか踏ん張った。

「い、いや。 一体それだけの食べ物がみみちゃん先輩の体のどこに入っているのかを不思議に思っていたんです。」

俺がそう言うとみみちゃん先輩は、う~んと言ってしばらく考え込むと、

「全部オッパイになってるのかな?」

と自ら胸の谷間を強調してさらに俺に近付いてきた。


今度ばかりは俺は椅子から転げ落ちてしまった。

「ちょっと、ふざけないでくださいよ!」

俺は内心感謝しながら悪態をついた。この谷間も俺のメモリーに永久保存された。


「アハハハ! 高坂くんかわいい~~。からかい甲斐があるわ~。」


 みみちゃん先輩の驚異的な食欲に圧倒されながらようやくデザートまでたどり着いた。中華料理のデザートと言えば定番の杏仁豆腐かと思っていたが、出てきたのはなぜかオーストリアのチョコレートケーキであるザッハトルテで、しかもホールケーキだ・・・・。

 男たち三人は既に満腹を通り越して限界になっており、甘いものは別腹という言葉も通じないほどだったが、みみちゃん先輩だけはあっさりと全てを平らげてしまった。もうそれを見ているだけで気持ち悪くなってきた。


「さぁ、十分過ぎるほど食べたし、そろそろお開きにしようかっ。」

俺はエガちゃんのその言葉に感謝を捧げたい。


「さてみんな、特別調査ご苦労様でした。こういう調査をしなければならない事態にならないのが一番ですが、こういうビジネスをやっていれば少なからずあるものです。我々実験屋としては、これまで通り、手抜きをすることなく粛々と業務をやっていけば間違いないと思います。」

流石エガちゃん。最後はちゃんと締めてくれる。


 俺たちは店を出て、店の前で解散したが、みみちゃん先輩だけは飲み足りないとこの後一人でどこかに飲みに行くらしい。


 あれだけ食べたのにまだ胃袋に入れることができるなんて、食べ物は全てオッパイに行ってるなんて本当かも知れない。そう思うとみみちゃん先輩の胸が飲み会を始めたときよりもずっと大きくなっているように見えた。


 いや、俺の絶対記憶にある映像と比較して、明らかに大きくなっている。このなぞを解明するには、キチンと見て触って調べないといけないだろうと思ったが、それを実行に移すほど俺は馬鹿ではない。


 いそいそと家路に向かう男たちと、楽しそうに飲み屋街に向かうみみちゃん先輩を見比べながら俺は思った。「きっとみみちゃん先輩は俺と同じく、絶対系能力の持ち主で、食べたものが全てオッパイに向かう”絶対巨乳”の能力者に違いない。」と。


知らんけど。

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