チャプター8 「テレビ会議 後編」

「高坂くん。それ、ありえるかもね。」

高橋部長が俺とエガちゃんの会話に割り込んでつぶやいた。


「え? 部長、どういうことですか?」

「高坂くん。説明できる?」


 部長の指示を受けて、俺はエガちゃんに汎用ポンプと車両に装着されている燃料ポンプの違いから予想されることを説明した。しかし、高橋部長はあの短いやりとりだけで俺と同じ仮説に瞬時に思い至ったのかな? だとしたら頭の回転の速さは驚異的だなと思った。

流石に次期所長とまで言われる人物。イケメンロマンスグレーは伊達じゃなかった。 いや、イケメンロマンスグレーかどうかは何も関係ないけど、やっぱちょっと嫉妬するじゃないですか、イケメンで頭も良いだなんて。


 俺は考えついたことを一同に説明した。それを聞いて高橋部長は大きく頷き、エガちゃんは目を大きく見開き、同席していた設計グループの2名はあわてて図面とノートパソコンを取り出し、何やら計算をし始めた。


 この時、月座電機側のやり取りはテレビ会議室のマイクをOFFにしていたので、豊光自動車側の会議室には届いていないけど、画面の向こうで月座電機側がざわつき始めたのを見て、インジェクター担当の輿水主任が発言してきた。


「月座電機さん。どうされましたか? 御社の試験機の環境に何か問題があったのでしょうか?」

俺の仮説を聞いてしばらく呆けていたエガちゃんが、輿水主任の問いかけに対して気を取り直して切り返した。


「あ、いえ、、、実は弊社の漏れ流量試験機ですが、試験機自体には問題はないのですが、車両環境と比較すると、一つだけ違いがありました。」

「・・・ほう、それはなんでしょうか?」 燃料ポンプ担当の金子主任が問いかけてきた。さっきより若干、緊張したトーンにも思える。


「それは、燃料ポンプです。 弊社の漏れ流量試験機では、汎用のポンプを使いインジェクターに燃料を供給していますが、実際の車両に搭載されている燃料ポンプとは異なります。」

「そ、それくらいの差だったら、何も問題ないですよね!?」 と皇電装の鶴田氏が若干食い気味に反応し、

「そうですね。燃料ポンプの違いは関係ないでしょうね」 と金子主任が同調した。


 インジェクター設計グループの村川係長がマイクをOFFし、

「簡易計算結果ですが、あり得ます」 とだけ発言し、すぐにマイクをONに戻した。


 この短い時間内で計算をするとは流石だと思ったけど、設計グループだったら構造計算用のツールを持っているはずだろうなと俺は納得した。


 村川係長の発言を受け、エガちゃんが更に発言する。

「たしかに、インジェクターに供給される燃圧で言えば、汎用ポンプも皇電装さんの燃料ポンプも同じですが、やはりここはより車両に近い環境で試験することが望ましいと思いますので、弊社としましては、実際の燃料ポンプを使って、再度再現試験を計画したいと思います。

「なるほど、分りました。」 「いや、そこまでしなくてもいいでしょう。」

と、エンジン担当の前田主任と、燃料ポンプ担当の金子主任が同時に逆のことを発言した。


「え?せっかく月座電機さんが追加で再現試験をされるとおっしゃるんですから、やっていただいた方が良いと思うんですが。」

「いえ、インジェクターにかかる燃圧は同じなので、そこまでやる必要ないですよ。」

「でも、これまで再現に成功していないわけで、このまま終わらせるわけにはいかないですよね?」

と前田主任の声に、金子主任はそれ以上何も言えなくなったようだ。


「鶴田さん。皇電装さんからゼータに搭載されている燃料ポンプを弊社に借用させていただけないでしょうか?」

とエガちゃんが、鶴田氏に要求したのだが、

「申し訳ありません。 弊社の燃料ポンプを御社に貸し出すことはできません。一応、月座電機さんは弊社にとっては同業他社ですし、技術の秘匿という意味でも貸し出しは難しいです。」

と切り返された。


 おかしなことを言うよね。すでに量産にもなっているし、その気になれば市場でも交換部品として購入することが可能なのに、同業他社への秘匿という理由で拒否をされた。


 その鶴田氏に対して、金子主任が何やら耳打ちをした。すると、

「いや、あの、、、大丈夫です。 燃料ポンプだけでしたら、弊社から貸し出すことが可能です。」 と急に意見を変えてきた。金子主任は一体何を耳打ちしたのだろうか?


「そうですが、ありがとうございます。それでは・・・」

とエガちゃんが言いかけたところで、

「いえ、燃料ポンプの借用は不要です。我々はレンタカーを借りて実際の車両で試験をします。」と高橋部長がエガちゃんの発言を遮った。


「わざわざレンタカーまで借りて車両で試験をするのですか??」

金子主任がうろたえ気味に問いかけると、

「いえいえ、皇電装さんにわざわざ燃料ポンプだけ貸し出してもらうなんて、お手数なことをしていただかなくても、弊社でレンタカーを借りれば済む話ですかね。それにレンタカーの手配の方が、皇電装さんから燃料ポンプを送付してもらったり、または豊光自動車さんより試験車両を借用したりするより、早く手軽にできますから。」と高橋部長が少し怪しい笑みを浮かべながら返答した。テレビ会議越しであるため、豊光自動車・皇電装側にはこの笑みは分らないだろう。


「よし。決まりですね。月座電機さんありがとうございます。ではまずは来週月曜日に再度テレビ会議を設定しますので、レンタカーでの再現試験結果をご報告いただけますでしょうか?その次のアクションはその時に検討させていただきますので。」と輿水主任が発言し、この日のテレビ会議はお開きとなった。 

 午後2時から始まって会議だが、終わったのは午後3時半を少し過ぎていた。体感的には短いと感じていたが、思ったより長引いていたようだ。


 豊光自動車とのテレビ会議の回線を切ったあと、俺を含む月座電機側の5人はそのままテレビ会議室に残り話を続けた。

「高坂くん。よく気がついたね。なんで気がついたの?まぁ、まだそれが原因と決まったわけじゃないけど、金子主任と鶴田さんの態度をみると、かなりその線が濃厚だけどね。」

と高橋部長が俺に話しかけてきた。


「いえ、豊光自動車ゼータに関する資料が事前に配られていたと思いますが、その資料の中に、皇電装製の燃料ポンプに関する特許についても記載があったのを思い出したんです。」

「あ~、あの資料ってそんなことも書いてあったっけ?」とエガちゃんが言い、設計グループの2人も頷いたり、首を傾げたりしている。


「はい。その資料によると、皇電装製の燃料ポンプはポンプの駆動周波数を可変できると記載があったのです。高橋部長もそれをご存じでしたから気付かれたんですよね?」

「あぁ。いや、違うんだ。 実は過去にも似たような事例を経験していたんだ。だけど今ではそれの対策が普通に当たり前になってしまっていて、君に言われるまですっかり忘れていたんだ。」

「そうなんですか?過去にも類似事例があったんですね。あと、それともう一つゼータに関する情報で、市場で朝のエンジン始動性が良くない現象が出ており、それを豊光自動車と月座電機のエンジンコンピュータ設計担当者が調査中との一文もありましたし。」


「なかなかやるねぇ。宇垣くん。君の所は良い教育をしているようだね。新人をいきなりこういう会議の場に出してくるのはどうかと思っていたんだけど、結果的にはとてもよかったね。彼をテレビ会議に出すというのは君のアイデアかい?」

高橋部長のエガちゃんへの問いかけに。

「えぇ、高坂を会議に出すと決めたのは私です。」

とエガちゃんが自慢げに答えた。俺はそう言うエガちゃんを見ながら「良く言うわ~。本当はみみちゃん先輩とハカセに会議に出るのを断られただけのくせに。」と心の中で毒づいた。


「部長、あとなぜレンタカーをわざわざ借りることにしたのでしょうか?」エガちゃんが問いかけた。

「あ~、それは恐らくだけど、皇電装の新型燃料ポンプは単品だけでは車両と同じように動かすことができないようになっているんじゃないかと思ってね。急に鶴田氏が燃料ポンプを貸し出せると意見を変えたのが怪しくてね。それだったら車に搭載されている状態で試験すれば間違いないだろうと思ったんだよ。」

「なるほど。流石は高橋部長ですねっ。」と軽くヨイショを忘れないのが正しいサラリーマン。高橋部長も鷹揚に頷いている。



 月座電機の面々はその場を解散し、それぞれの職場へと戻った。実験グループの事務所に戻る道中にエガちゃんが、

「あ~あ、再現試験をもう一回しないといけないから、今週金曜日のお疲れ会は延期だな。まぁ、まだ店も決めて無かったからいいけど。」

と言うので俺は、

「あぁ、そういえば、みみちゃん先輩ですが、駅前の新しい居酒屋の“ブタ男爵”を出禁になったらしいですよ。」

と答えた。

「マジで!? 今度の飲み会、そこを狙ってたのに・・・、あの人またやらかしたんだな・・・。」

と項垂れて言った。


 実験グループの事務所に戻ると、みみちゃん先輩が「テレビ会議どうでした~?」とエガちゃんに駆け寄ってきた。その少しの駆け足で双丘が揺れている。引っ張られて苦しそうな制服がぱーんと弾けてしまわないか心配だ。


「ああ、今日でクローズにならなかったよ。高坂のおかげでレンタカーを借りて、もう一回試験しないといけなくなったんだ。」

「どういうことですか??」とみみちゃん先輩とハカセがハモった。


 その日のうちに俺はレンタカー屋と話しを進め、明日から早速車両テストを始めることとなった。今週末も休日出勤決定ですわ・・・・・。

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