チャプター6 「調査最終日」

 五日目の日曜日。

この日も俺は計画通りに淡々と試験をこなしていってます。


 日曜日ともなると流石に設計グループの社員も誰も出社していませんわ。

だけど俺は孤独なんて感じてません。なぜなら俺の脳内にはいつでも、すぐ目の前に人がいるかのように、過去に出会った人が大挙して押し寄せてくるからね。


 だがしかし! この日の俺はいつもとは違う。大挙して押し寄せてくる過去映像の中で一際目立つ、昨晩の双丘の映像があるからだ。俺はその映像を何度も何度も反芻(はんすう)する。なるほど。一度食べた草を何度も反芻し味わう牛になった気分だよ。


 早速ミニうんちくです。

 牛や鹿などの反芻を行う動物は、その名の通り反芻動物と呼ばれている。また、反芻動物ではないけどラクダなんかも反芻をすることが知られている。


 反芻動物が反芻をする理由は、摂取した草を咀嚼(そしゃく)と複数ある胃との往復を何度も繰り返すことで、小腸での消化吸収をしやすくするためで、人間のように胃酸などを出して草を溶かしているわけじゃない。複数の胃に存在する様々な微生物によって、摂取・咀嚼した草を発酵させているワケ。もし胃酸を出したものを再び口に戻すなんてことをすると、歯なんかはすぐに酸で溶けてボロボロになってしまうしね。胃で発酵させる機能を持ってるから、草食動物のことを微生物食動物であると主張する学者もいるほど。


 この事は、学生図書館の分類“自然科学”の書架番号セの11の上から3段目の左から12番目にある、諸星出版発行の「草食系男子が語る草食動物」に書いてある。ちなみに俺の前にこの本を読んでいるのは、法学部の吉田という先輩だ。なぜ法学部の学生が生物の書物を読んでいるかについては謎だけど、きっと彼も草食系なんだろうな。


 ちなみに牛の場合は胃が4つあるが、1つ目から”ミノ” ”ハチノス” ”センマイ” ”ギアラ”と呼ばれおり、焼肉屋のメニューでよく目にすると思う。俺は3番目のセンマイが一番好きだ。


 はい。ミニうんちく終わり。俺のセンマイ好きはうんちくじゃなくて、豆知識ね。


 この日は午後からみみちゃん先輩とハカセの二人も出社してきた。俺は昨晩の経験からみみちゃん先輩を意識してしまっていたんだけど、みみちゃん先輩は涼しい顔をしている。


 チラっとみみちゃん先輩の方を見ると、視線に気がついたのか、みみちゃん先輩もこちらを見た。俺は気まずくなり、すぐに視線をそらし何かを探している風に装った(汗)

「クソ~、俺としたことが、心を惑わされるとはっ」と思いつつ脳内で俺は双丘で戯れてるけど・・・。


 しかし昨晩、居酒屋を1件潰しかけるほど酒を飲んだくせに、二日酔いなど全くしていないようだ。つくづく化物だな。


 みみちゃん先輩とハカセはこれまでに試験が終了しているサンプルのデータ整理が終わると、さっそと帰ってしまって、俺はまた実験場で一人となってしまった。あ~あ、昨日の「サービスしてあげようと思ったのにな〜」の意味が知りたい。俺の脳内はそのセリフと昨晩の映像記憶がヘビーローテーション中だ。


 日曜日の試験も順調進んで、やっとその日の試験が終わった。何のトラブルもなく計画通りに試験が進められているのも、エガちゃん自慢の漏れ流量試験機の完成度の高さのおかげだろうな。部下に仕事を丸投げして、自分は趣味のマラソンと大好きな飲み会の準備だけをしているけど、まぁ今回はこれでチャラにしてもいいでしょう。


 明けて月曜日。今日は最後の8本。残りは量産品の4本と、J社で実際に燃料漏れが発生した試験車両に搭載されていた4本だけ。


 この試験車両に搭載されていた4本だけど、俺の絶対記憶で記憶した画像を他の100本と重ね合わせても、外観上は僅かな違いも見られなかった。


 俺はまずは量産品の残り4本を試験機にセットし、試験をスタートさせた。予定通りに約4時間で試験は終わり、いよいよ最後の4本だ。もしこれで燃料漏れが再現した場合、この4本だけに何らかの不具合が生じているということになる。


 そうなると月座電機としては非常にマズイ。この4本に燃料漏れが出るということは、同じように燃料漏れが出るインジェクターが他にもあるかもしれないっていうこと。モロに月座電機の製品が悪いということになって、リコールとなってしまった時の賠償請求がえらいことになってしまう。


 この4本の製造年月日は、他の100本に対し約半年前だった。機械で大量生産される工業製品の中には、製造年月日によって不具合が発生する確率が高かったり低かったりすることがあって、それには様々な要因が考えられる。ごく簡単にいくつか例を挙げると、

・温度、湿度などの環境要因。

・材料の変更

・材料への異物混入

・製造機械の故障や入れ替え

などがあって、他にも機械を操作する担当者の入れ替えなども要因として考えられる。


 だけど、この半年の間で月座電機の生産設備に何らかの変更があったとの報告はないんだよね。これはインジェ部の設計グループで調査済みだ。


 予定通り量産品最後の4本のテストが終わり、残りの試験車両に搭載されていた4本の試験の順番が来た。俺はこれまでの100本と全く同じ手順で試験をスタートさせた。最後の試験が始まり、あとは約4時間待つだけ。俺は試験終了を待つ間にこれまでの試験を脳内で整理をしてみた。


 再現試験で用いたのは、インジェクターの製造ラインから抜き出した量産品の100本と、J社の試験車両に搭載されおり、燃料漏れが再現したという4本だ。そして試験に用いる試験機は、エガちゃんご自慢の漏れ流量試験機だ。この試験機は同時に4本までのインジェクターを試験可能で、温度・湿度・振動・供給燃料圧力をパターン変化させられ、試験結果は備え付けのレコーダで計測され、自動的にサーバーにアップロードされるものだ。この再現試験を行っている6日間、この試験機には何のトラブルも発生していない。

 量産品100本と試験車両装着品4本の違いは製造年月日のみで、当然ながら設計図面などの違いはなく、量産設備の変更等も発生していない。これだけを見ると最後の4本もこれまで通り再現なしで試験が終了するだろうと思う。


 こんな俺の脳内に立てた不具合再現フラグも何のその、最後の4本も全く燃料漏れを起こさずに試験が終わった。


 俺は全ての試験が終了したことをエガちゃんを始め、特別調査班のメンバーに伝えた。あとはみみちゃん先輩とハカセの仕事だ。


 二人は素晴らしい集中力と連携で、積み重なったデータの山を崩し、みるみる更地に変えていっている。エガちゃんも次々と出力される試験結果に真剣に目を通し、水曜日の客先報告に向けた準備を始めている。


 普段は肉と酒の話しかしないみみちゃん先輩と、フィギュアオタクのハカセも、マラソンと飲み会が命のエガちゃんも(いや、エガちゃんには試験機設計という特技もあるが)、こういう姿を見ると格好良く見えるものだ。


 普段は適当で自分勝手な人達も、ここぞという時には、素晴らしい集中力を発揮し成果を出していく。こういう人達が何人も何人もあちこちにいて、日本の製造業を支えているのだろうな。


 俺たち特別調査班は、全ての試験のデータ整理と報告書作成を計画通りに終えて、後は水曜日の客先報告を残すのみとなった。


 そして水曜日の朝を迎えた。

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