チャプター5 「みみちゃん先輩」
俺は昨晩の疲れが癒えないまま翌日の朝を迎えた。
翌日といっても日付は同じだけど。
出社してすぐに昨晩セットした4本を取りだし外観チェックをしたけど、やはり燃料漏れは起きてなくて、次の4本を装置にセットした。
このような単純作業を繰り返すことが苦手な人が結構多いよね。中には作業しながら居眠りをしてしまうツワモノもいるくらいだ。俺はというとこういう単純作業はそれほど苦にしないんだ。と言うのも俺にとっては作業は単調であっても、目にはいるものは全て鮮明に記憶され、それが目まぐるしく脳内を駆け巡るため、暇を感じる暇もないからね。ただし、同じような光景の記憶が短時間で繰り返されると、軽く乗り物酔いになったようになるのが難点だけど・・・。
調査二日目の木曜日も淡々と試験を続けて、問題なしの試験サンプルが積み重なっていっている。果たして本当にインジェクターからの燃料漏れが車両で起こったのだろうか?そんなことを俺は疑問に思いながらも、黙々と試験を継続した。だって、ワレワレ ハ サラリーマン デアル。
試験結果は続々とサーバーに積み上げられて、みみちゃん先輩とハカセのコンビも、データ整理と解析を始めている。流石に二人の作業は手慣れたもので、流れるように次々と結果を捌き、客先報告のための資料も出来上がりつつある。
そんな中、調査班のリーダーであるエガちゃんは何をしているのかというと?わざわざ試験をしている俺のところまで来て、居酒屋の割引情報が掲載されているフリーの雑誌「イエローターメリック」を見ながら話しかけてきた。うん。来週金曜日の飲み会のための場所探しに全力投球ですねっ。お疲れ様です! 怒
「なあ、高坂。来週の飲み会の場所どこがいい?」
「いや、俺はここの土地にまだ詳しくないので、どこがいいかよく分からないですよ。」
(知るかアホっ。 そんなん自分で決め~や)
「そうだよな。でもみみちゃん先輩がいるから、店選びは重要なんだよ。何か良い店の情報があったら教えてくれよ。」
「はぁ、なにかあれば連絡します・・・。」
(するワケないやろっ。 自分の仕事し~やっ)
と心中で毒づきながら、俺は試験機だけを見ながら応対した。
エガちゃんは仕事はできるのだが、無類の飲み会好きで、飲み会が近くなると仕事を放り出して店探しだけに集中してしまう癖がある。普段は人並み以上に仕事ができるため、誰もその事に対して文句を言わないでいる。課内では通常は誰もやりたがらない飲み会幹事を、10年連続でやっているのだそうだ。
仮に課長と幹事役のどちらかを選べと言われたら、迷わず幹事役を選びそうだ・・・。
エガちゃんが去ったあと、俺は大きくため息をつきながら、気を取り直して試験を継続した。
結局、二日目・三日目と燃料漏れの再現はなかった。まぁ、再現しないのが月座電機の期待値なので、良いと言えば良いのだが、なんだか釈然としないな・・・。
そして四日目の土曜日が来た。
イン制棟には休日にも関わらず、かなり多くの社員が出社していた。それもそのはず、俺たち実験グループだけでなく、設計グループも燃料漏れについて調査や検証をしているからだ。しかし実験グループは俺しか出社していない。休日はマラソンのための走り込みが欠かせないエガちゃんが来ないのは当然?だが、みみちゃん先輩とハカセも来ていない。
二人はデータ整理作業が必要なのだけど、土日分のデータ整理は日曜日の昼間にちょっとだけ出社してやると言っていた。
俺はたった一人でガソリン臭が軽く漂う実験場で寂しく試験を継続しましたとさ。めでたしめでたし。
毎晩25時までの試験で流石に疲れが溜まってきていることと、休日出勤ということもあって、俺は自動試験の合間についウトウトとしてしまった。ウトウトしながらも俺の脳内にはフラッシュバックのようにこれまで見た映像が目まぐるしく移り変わる・・・。
小学生の時、授業中に先生がチョークで黒板に書いた文字が出てきた。1年生・2年生・・・6年生の時まで、完璧に思い出せるわ~。こうして記憶した先生の黒板の文字を脳内で並べると、小学校の先生が書いた黒板の文字が、どれも驚くほど似ていることが分かる。恐らくだけど、先生達の間で黒板に綺麗に文字を書くための共通のメソッドか、講習・研修の類を受けているんじゃないだろうか?まぁ、どうでもいいことだけどね。
続いてごく最近の映像が出てきた。インジェクターの映像だ。現在試験しているi-97だ。
三日目までに試験が完了した合計50本すべてについて、鮮明に思い出せる。50本すべてを重ねて思い浮かべてみると、寸分違わず重なる。機械生産なんだから当然だ。
ここまで脳内記憶をいじっていると、眠気が飛んでいってしまった。
ついでなのでi-97と過去モデルであるi-95とを脳内で比較してみた。
i-97は高圧燃料に耐えられる構造にするために、i-95と比較して若干肉厚に作られている。ただし、コストを上げないために、全長を短くしてダウンサイジングしておりトータルの製品重量ではほぼ同じになっている。
i-95とi-97の一番の違いはi-97は超微細噴流を発生させるために、噴射口を狭くし、かつ噴射口を開閉するための蓋の役割をするニードルの形状がかなり細くなっていることだ。ここまで精緻な加工を施した製品を量産するには、相当な努力と技術力が必要だろう。さすがは月座電機といったところだ。俺は月座電機の技術力に関心しながら黙々と試験を続けた。
ここでハプニングが発生!!
四日目である土曜日の試験も、4回目の試験スタートを始め、しばらく経過した21時頃、突然、試験場にみみちゃん先輩が現れたんだ。
おぉ~、いつものブラックの作業服じゃなくて私服だよ~。なんか新鮮。
髪型はいつものようにポニーテール。まるで化学繊維のように一本の乱れもなく真っ直ぐに伸び、それが後頭部でピンクのヘアゴムで一本に束ねられている。トップスはV字ネックの真っ白なシャツの上に、ヘアゴムと同じピンクの薄い七歩袖のカーディガンを羽織っている。相変わらず胸元は窮屈そう(いや、絶対に窮屈だ! 俺が解放して差し上げたい!)に張り出していて、その張り出した双丘の下部は丘が張り出しだぶんだけシャツをたくし上げて、少し動くたびに真っ白な腹部がチラチラ見え隠れしている。時々見えるヘソもまるで描いたかのように完璧な形を誇っている。もはや芸術品でしょっ、コレ!
ボトムスはその腹部に負けないほど真っ白なホットパンツだ。ホットパンツから伸びる脚は、一切の汚れを許さないと自ら主張しているかのように、完璧な白さと妖艶さを放っている。全く普通の普段着のようだが、みみちゃん先輩が着るとどんな服でもエロにしか見えない。
俺は不意に目の前に現れた美の化身に、不覚にも暫く魅入ってしまった。
「ちょっと〜、高坂く〜ん。どこ見てんの〜??」
「はっ、い、いやっ、、、みみちゃん先輩、どうしたんですか? こんな時間にっ」
(クソっ、俺としたことが見惚れてしまうなんて。。。この映像記憶だけは永久保存だな!)まぁ、勝手に永久保存され、いつでも好きな時に見かえせるのだが。俺はこの時ほどこの能力をありがたく思ったことはない。
「いや〜、ちょっとね、高坂くんがちゃんとやってるかな〜って思っちゃってさ〜。様子を見にきちゃったわけよぉ。」
みみちゃん先輩はどうも酔っ払っているようだ。それにしても、こんな格好をした酔っぱらいを、よく守衛が通したものだなと思った。
「いや、ちゃんと仕事していますよ。それよりマズイですよ。酔っ払って会社に来たら。」
「いいのいいの。さっき設計のフロア見たら、もうみんな帰ってたし。」
そう言って、みみちゃん先輩は酒臭い息を吐きながら俺の隣に座ってきた。座る時に前かがみになった際に、双丘の谷間が俺の目にダイブしてきた。危ない!!危うく、その谷間に俺がダイブするところだった。おのれっ、絶対系の能力を持つこの俺をここまで惑わすとは、こいつは悪魔か!!訳のわからないことを脳内で叫びつつも、この映像も永久保存し、俺は努めて平静を装った。
「アタシさぁ〜、フラれちゃったのよねぇ。。。」
とみみちゃん先輩が唐突に言い出した。
「えっ、みみちゃん先輩、彼氏いたんですか? でも、みみちゃん先輩をフルなんて、信じられない男ですね!」
と俺は驚き、同時になぜだか安堵した。
「は?男? 違うわよ。アタシがフラれたのは、駅前に先月できたばかりの居酒屋の”ブタ男爵”によっ。」
ワケがわからない。一体何を言っているんだ、この人は。
「今日ね、お母さんと妹の3人でブタ男爵に行ったのよ。そこで3人でちょこっと飲み食いしただけなのに、店長が”もういい加減にしてくれ”って怒り出しちゃって、もう二度とくるなって言われて、店から放り出されたの・・・。」
あ〜なるほどね・・・。ようするにまたやらかしちゃったわけですね。しかし、時間はまだ21時だ。夕食で食べ始めたとして、どれだけのペースで飲んだとしてもこれほど早く店が激怒するほど飲み散らかすことはないのではと思った。ひょっとして・・・。
「みみちゃん先輩。先輩のお母さんと妹さんってどんな方たちですか?」
「えぇ〜、二人共、アタシにそっくりって言われてるよ。あ、アタシたち姉妹がお母さんに似ているのか〜。この写真見てみ。」
と、携帯電話で一枚の写真を見せてくれた。みみちゃん先輩が3人いる・・・・。最早、どれがお母さんで妹でみみちゃん先輩なのかがわからないほどだ。
「ちょっと、そっくり過ぎじゃないですか??」
「ふふっ、よく言われるのよ」
恐らくこの3人で同じように浴びるように酒を飲み続け、店の酒蔵を空にしてしまったのだろう・・・。
この家族、美しいが危険過ぎる。この家族に関わっては行けないと、全力で俺の中の何かが警戒信号を発していた。
「ちょっとまだ飲み足りないんだけどぉ、高坂くん、一緒にこれから飲みに行こうよっ。」
「居酒屋を一軒潰しかけておいてまだ飲み足りないんですか!? アホなこと言わんといてください。それに俺は25時まで試験しないといけないんですよ。知ってるでしょ。」 俺が後ろ髪をひかれながらもそう言うと、
「そうか〜、残念だな~。 せっかくお姉さんがタップリとサービスしてあげようと思ったのにな〜。」
ちょっとそのサービスってなんですのん!!??
「あの・・」と言い掛けた途端、
「仕事じゃしょうがないよねっ。じゃあまたね〜、頑張って〜。」
と言いながら俺の視界からさっさと消えてしまった・・・。
「ち、ちょっと。。。 そのサービスって、、、、」
俺の声はむなしく実験場に消えていった。
俺は再び実験場で一人ぼっちに戻り、その日は双丘を脳内で無限ループさせながら、悶々と試験を継続したのだった。
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