チャプター3 「特別調査班」

 俺の所属する実験グループにおいても、特別調査班が組織されたんだけど、入社1年目の俺がなぜかそのメンバーに入れられてしまった。

 200億円の損害賠償がかかっているこの一大事に、当事者意識の低い新人を割り当てるなんて、いったいどんな考えなんだろうか??

 いつも鎮座しているだけの近藤課長がそんな冒険をするはずはないと思う。 となるとやっぱりアノ人だろうな・・・。


 調査班のリーダーに任命されたのは、入社15年目の宇垣うがき誠まこと係長だ。

 身長は俺より少し高く、引き締まった筋肉質の浅黒い肌をしている。趣味はマラソンらしく、日本全国のローカルマラソン大会に参加することと、年に一回よ製作所内のテストコースで開催されるマラソン大会で優勝するのが生き甲斐なのだそうだ。

 フルマラソンのベストタイムは2時間50分で、市民ランナーとしては、かなりの上位に位置していると言えるだろう。

 実験グループのメンバーはそんな彼のことを影で「エガちゃん」と呼んでいる。理由はベストタイムの2時間50分が、お笑い芸人の江頭2:50の2:50と同じであるからだそうだ。なんとも凄い理由だな。


 彼は実験グループの二人いる係長のうちの一人で、人望もあり、次期課長との呼び声もある人物なんだけど、なぜかいろいろと俺にちょっかいを出してくる。どうせ今回もエガちゃんが俺を調査班に勝手に入れたんだろうな。。。


 そのエガちゃんが特別調査班のメンバーを会議室に召集して、調査方針の説明を行った。特別調査班は4人で、俺以外の3人の顔ぶれは以下の通りだ。


宇垣 誠(うがき まこと) 38才

・通称エガちゃん

 関東出身で就職で関西にきている。もう15年も関西に住んでいるにもかかわらず、標準語のままだ。

 エガちゃんは実験グループ員でありながら機械設計製図のエキスパートで、実験に必要な特殊な工具やジグなんかを自ら設計している。

 通常はそういう特殊工具なんかは、簡単なポンチ絵を書いて外部業者に渡して、設計も製作も委託丸投げするものなんだけど、この人は設計と製図まで自分でやってしまい、製作だけは外部に委託して作らせている。こうすると設計製図費用が削減できるから、製作費が格段に安く抑えられるんだけど、こんなことができるのはこの人だけだ。書籍の読みあさりで機械製図法を獲得している俺を除けばだが。

 俺はできてもこんなことはしないよ。だって余計な仕事が増えるだけだからね。

 俺は読みあさりのおかげで、新人のクセに処世術をすでに身に付けてしまっている。まぁ、要は面倒なことに巻き込まれないようにしているだけだけどね。 “君子危うきに近寄らず“ですよ。いや~、中国人は良い言葉を作りましたね。


三和 美和(みつわ みわ) 年齢不詳

 

・通称みみちゃん先輩。

 若手からだけでなく、係長のエガちゃんからもなぜか「みみちゃん先輩」と呼ばれている。

 年齢不詳だけど、見た目はどう見ても20代前半に見える。

 175cmはある高身長、CGで描いたような完璧に整った美しい顔、粉雪のような真っ白でキメ細やかな肌、細長い手と完璧にまっすぐな長い脚。ほぼ俺と同じ身長なのに脚の付け根が俺のヘソくらいにある。

細身なのに制服の胸の部分だけは苦しそうだ。ちょっとその胸を・・・、いや、その苦しそうに引っ張られている制服を助けてあげたい。


 髪は漆黒でサラサラのロングヘアーをいつもポニーテールで結んでいる。男性社員のなかには「あのポニーテールで顔を叩いてほしい」とまで言う変態もいるほどだ。

 とにかく雰囲気が妖艶で、意識を強固に保っていないと、フラッとついて行ってしいたくなるのは健全な男子の正常反応だ。

 試験結果の解析のエキスパートであり、エクセルVBAを駆使しどんな膨大なデータでも短時間で整理してしまうという特技を持っている。

 1999年当時、エクセルVBAというスキルはあまり知られてなくて、扱える技術者もほとんどいなかったため、かなり希少な人材だ。

 ちなみにものすごい大喰らいで、会社近くの焼き肉食べ放題の店からは出入り禁止を言い渡されているそうだ。


木島 博士(きじま ひろし) 31才

・通称ハカセ

 身長は俺より低く170cmくらいだが、31才にして既に堂々たる腹の出具合だ。

 度のきつい遠視用の眼鏡をしており、目がとても大きく見える。まるでSF映画に出てくるどこかの宇宙人のようだ。

 なぜあだ名が”ハカセ”なのかというと、名前の博士からきているのともうひとつ、彼は実際に工学の博士号を持っているのだ。すごいよね。俺は博士号をとろうと思えば楽に取れるが、論文を書くのが面倒くさいので取っていない。

 彼は今、その工学の才能と給料のほとんどを趣味のフィギュア製作に全力投球している。毎月のように東京に出掛けては何やら買い込んでいるようで、東京から戻ってきた翌日はいつも幸せ一杯の表情をしているため、誰からも「あ、あの人、昨日東京に行ってきたな」とバレてしまっている愛すべきキャラクターだ。

 事務所の自分の机には、いろいろなキャラクターのミニフィギュアが所狭しと並んでいて、その様子は圧巻で、誰も注意できないでいる。

 趣味はともかく地頭は優れているため、いつもみみちゃん先輩が整理したデータを解析する役割を担っている。


 エガちゃんの話はこうだ。

「我々、特別調査班はインジェ部の将来を背負っている。今回の危機を乗り越えられるよう、必ず我々の製品に瑕疵がないことを証明しなくてはならない。」


 をいをい。不具合がないことを前提に調査をするなんておかしくないか?俺達が調査した結果、不具合があることが判明した場合、ひょっとして揉み消すつもりなんか? と心中で呟いた。


 俺にはこの会社には愛着なんてない。入ったばかりだからしょうがないだろう。だけど、不正はアカンと思えるくらいの常識は持っているつもりだ。


 エガちゃんは続けた。

「役割分担を言うぞ。まず俺は量産品と不具合発生した車両に搭載されていた現品の調達を行う。これはすでに手配済みで、量産品100本が今日の午後イチには届く。不具合車の現品は明日にも届く予定だ。後は豊光自動車への報告も俺に任されている。」


 ほうほう、要するにすでにやることは終わっていて、あとはお前らちゃんと試験して、俺が恥をかかないような報告書を作れということですね??


「次に高坂。お前は届いたインジェクターを使って評価基準通りに漏れ流量調査をしてくれ。計測したデータは即刻みみちゃん先輩に渡すこと。」

「ほうほ・・・、いやっ、わかりました。」 危ない。危うく心の言葉が漏れ出るところだった。


「次にみみちゃん先輩。高坂から渡されたデータをASAPで処理してください。お願いします。」

「は~い。」とみみちゃん先輩が返事をするが、なぜみみちゃん先輩には敬語なんだ??俺にもお願いしますという言葉をつけて欲しい。


「そして、ハカセ。お前はデータ解析と報告資料の作成だ。」

「俺達の班は量産品100本と不具合車現品4本の試験・解析を来週の火曜日までに完了させないとならない。来週水曜日に豊光自動車へ調査結果報告をする必要があるからだ。」


 ちょっと待った~~! 合計104本の試験から解析結果出しまでを来週の火曜日までだと!?


 エガちゃんの言う漏れ流量調査とは専用の試験機を使って、インジェクター1本あたり4時間かかる試験なのだ。同時に4本まで試験が可能だけど、104本を来週の火曜日までに終わらせるには、それこそ徹夜する必要がある。ましてや俺の試験だけではなくて、みみちゃん先輩のデータ整理とハカセの解析と報告資料の作成にも時間は必要だ。


 驚愕の表情を浮かべる俺に対し、

「高坂。市場で不具合が出てしまうというとは、こういうことなんだ。わかったか。」とエガちゃんがいい放ちやがった。


 それは俺の作った不具合とちゃうやろ!!! と言い返したかったが、そんなこと言えるわけもない。誰だよ、エガちゃんちゃんに人望があるだなんて言ったやつは??


 ため息を隠しながら、俺はすぐに試験計画を立てた。

 1回につき約4時間かかる試験で、同時にインジェクター4本のデータが取れる。

水曜の午後イチ13:00からスタートしたとして、次は17時、その次は21時、さらにその次は25時だ。これで今日は16本の試験ができる。翌日からは9:00スタートで同じペースで試験したとして、1日に20本の試験ができ、これを日曜日まで繰り返すと96本終わらせられて、残りの8本は月曜日の16:30に完了させられる計算だ。

 みみちゃん先輩のデータ整理とハカセの解析は並行してやれるし、エクセルVBAで半自動でできるため、それほど時間がかからない。


 わーい。期限までに終わらせられるわ~! ってアホか~~!! 土日休みなしで毎日25時まで残業やぞ!! 死んでしまうわ!!

と関西人のノリでボケとツッコミを入れてみたが、観客は誰もいない。



 俺はエガちゃんに試験計画を報告した。それを一瞥したエガちゃんは、

「よっしゃ。頼むで~。」で終了~。なんでこの時だけ関西弁やねんっ??


 俺は全てを諦め、午後イチからの試験に向けて準備を始めたのだった・・・・。


“諦めは心の養生”。

先人は本当に良い言葉をお作りで。。。

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