第35話

 近くで爆発音が聞こえた。

 海軍がミサイルでシケイダの上半身を爆破した音だ。


「危なかった!上半身は助からないから直ぐに切り落としたよ。プラナリアの再生能力が無かったら僕でも死んでたと思う。リンナ博士は本当に恐ろしい物を作ったんだね」


 シケイダはケイス達の数ヤード手前で対峙している。海軍がミサイルを放てば、ケイスも巻き込まれる距離をちゃんと測っていた。


「第2ラウンド始めるか?」


「いいの?流石にもう、あの秘密兵器を隠して無いんでしょ?」


「ノゾミと2対1で闘うよ」


「ブロンドさん凄いね。もう11種嵌合体イレブンタイプキメラまで急進化しているよ。でも、僕は3301種嵌合体キメラだからね」


「なんだそりゃ?けど、多けりゃ良いってもんじゃねえんだろ?体半分なくしたばかりだ。強がってるが本当は死にかけのはずだ」


「バレてた?ごめん!海軍さんも居るから勝ち目無いや!僕達側の方が死んだ数も多いし、今回は完敗だ!今、生き残ってる兵も撤退させたよ。やっぱり人間は強いね!」


「これに懲りたら2度と地上に遊びに来るな!無駄に命を減らしやがって……」


「弱いから死んだんだ。弱い遺伝子は淘汰される。自然界では当たり前の事だよね?」


「お前は家族や仲間を失っても、心が痛まないのか?」


「人間は子供や仲間が少ないから、そんな感情が芽生えるんだよ。魚や昆虫や植物が、いちいち泣いていると思う?」


「お前はちゃんと、そいつら一匹一匹に聞いたか?『もっと生きたかった』って、泣いてるかも知れねえぞ」


 それを聞いてシケイダは少し黙り込む。

 いじけたように口を窄めていたが、やがて静かに語りだした。


「……ケイスさん。海中にも雪が降ること知ってる?」


「雪?」


「勿論本物の雪じゃ無いよ。マリンスノーって言ってね。その正体は、プランクトンの死骸や生物の排泄物、地上の土砂など色んな有機物や無機物が混ざった小さな塊だ。僕達超深海に住む生物のご馳走さ。残飯だけどね。僕は元々超深海に追いやられた生物界の最弱者だった。何にも無い暗闇の中、毎日他の生物が食べ残した残飯マリンスノーが唯一の楽しみだったんだ」


 ケイスはその言葉を聞き、正直驚いた。

 シケイダが元々は生物界ピラミッドの最底辺だとは思ってなかったのだ。


「僕は偶々食べた人間の遺伝子の思考で夢見てた。君達が青空に夢を馳せたように、深海の上がどうなっているのか一度は上って見てみたい思いでいっぱいだったんだ。そんなある日ね、マリンスノーに食べられない物が混じり始めたんだ。人間が作ったプラスチックなどの人工物さ」


「…………」


「僕の仲間達は死んでいった。ただでさえ食料が無い超深海だ。当たり前だよね。僕は何とか生き残る為に他の細菌達と協力し、何でもエネルギーに変えられるよう進化して行った。勿論意図的じゃ無いけど、地球が僕に生き残るよう力を貸してくれたんだと思う。そして唯一生き残った僕は、短期間で最弱者から最強生物モルティングマンにまで進化できたんだ。人間のお蔭だよ。本当に感謝している」


「感謝するな。そこは人間を責めるべき所だ」


「ケイスさん。一緒に更なる高みを目指そうよ」


「はあ?」


「深海で死んだ仲間も、今日戦いで死んだ子達も無駄に死んだんじゃ無いんだ。更なる進化の為の振るいなんだよ」


 シケイダは顔を上げ、青空を眺めた。

 いや、見つめる場所は、その先だ。


「人類が例えスノーボールアースから生き残れたとしても、何万年か先には地球も寿命を迎える。そうなれば人類の細胞じゃ過酷な宇宙空間に耐えれるはずが無い。けど、酸素の必要ない僕達なら耐えれる。地球はね、自分の存在を残せる強く、賢い分身が欲しいんだよ。その為に生物は淘汰されながら進化してるんだ。いつか地球が無くなった時、地球は自身の分身である至高の生物を宇宙に放つ。それが僕達生物が、この世界に生まれた本当の理由なんだ」


 シケイダは再びその顔をケイスに向けた。

 その異なる色の両眼は、怪物とは思えないほど綺麗に輝いていた。

 偽りの無い信念が籠もった瞳がそこにある。


「ケイスさん!一緒に生きよう。僕達は融合して地球中を支配し、地球の分身と成る至高の生物に成るんだ!いつか地球という殻は破れる。でも、僕達が地球という生物を受け継ぐんだよ。地球の子供として宇宙に旅たとうよ!僕の細胞の中で一緒に宇宙を!!」


 ケイスは軽く溜め息をついた。

 シケイダという生物が少し理解できたので、どこか複雑な心境なのだろう。


「悪いがそんな壮大な浪漫に興味はえ。人間の男という生物はな、手にしてる幸せを守る為に生きてんだ。それ以上は望まねえ。リンナに言って、スペースシャトル1台借りてやるから1人で行って来てくれ」


「……そっか。でも、僕は諦めないよ。人間側にも僕の考えに賛同してくれる人達が沢山居るからね」


「何?」


「実は僕、数年前から計画を実行していたんだ。インターネットの掲示板を使って世界中に僕の存在をほのめかしていた。暗号を解いた優秀な人だけにコンタクトを取り、今では立派な組織として密かに活動している。僕の人類遺伝子保存計画のお手伝いをしてくれてるよ」


「おいっ!その組織の名前は?!まさか国ごと関与してねえだろうなっ?!」


「ケイスさん、第2ゲームスタートだ。今度こそ勝ってケイスさんの遺伝子を貰う。次のステージは日本だね。ケイリーちゃんに会うのも楽しみだ……」


 そう言いながらシケイダはフロートが外れたかのように、足からゆっくり海中に沈んで行った。泡も立てずに……。


「追いますカ?」


 ブロンドは変態したがっていた。

 ケイリーの名前を出されて心配なのだろう。

 察したケイスは宥めるように頭を撫でた。


「いや……流石に海中では分が悪い。下の潜水艦に任せよう」


 ケイスは潜水艦ではシケイダを倒せない事は承知していた。

 そして神妙な面持ちで呟く。


「シケイダ……やっぱりお前と俺は違う生物なんだな……」

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