第34話

 フロートがゆっくりと波立つ海面から離れた。

 屋根の無いレジャー用水上飛行機は、ケイスを乗せて少しづつ上昇する。

 飛行はレジャーを楽しむ為では無い。

 敵を倒す為だ。

 標的は前方500ヤード地点を優雅に飛んでいる巨大昆虫。

 その巨大昆虫は、巨体に似合わずホバリングやトンボ返りなどのアクロバットな動きを披露しながら、明らかにケイスを誘っていた。


「クソッ!巫山戯やがって!ゲームのつもりか?」


 ケイスはエアガンを片手で構えた。

 水上機を運転しながら片手で射撃するのは相当無茶である。海原の上空だから風も強く、どんなに腕に自信が有っても命中させるのは至難の業だ。しかもエアガンなので標的との距離は最低30ヤード以内に近づかなければ届かない。正直、狙撃の成功の確率は極めて低い。それでも男はこの闘いにチャレンジしようとする。街の平和を守る為に。


 何度もバランスを崩しながらも水上機は標的を追う。

 標的はいきなりUターンしてケイスに近づき、虫の口のままプロペラ音を掻き消すぐらいの大声で叫んだ。


「ブロンドさんが来るまで待っててあげようか?!」


「余裕綽々ってやつか?!遠慮せずにかかって来いよ!!」


「いいんだね?!じゃあ、遠慮なくご馳走になるよ!!」


 そう言って巨大昆虫に成っているシケイダは、水上機を操縦するケイスに襲いかかる。

 生体ロボットの入った注射弾は2発分しかない。

 だが、どちらか1つでも体内に注入出来れば勝利の女神は微笑む

 ケイスは相手を十分引きつけた。

 射程距離内に入ったシケイダに向け、『バーン』という音と共にエアガンで弾を放つ。

 たが、弾は無情にも掠りもせずに外れた。


「チッ!」


「弾はあと1発だね!!僕、リンナ博士との会話を聞いてたよ!!その秘密兵器の威力も死ぬ間際のダンから聞いてた!!」


「そうかよ!!どっちにしても、最後の弾がお前に当たればゲームオーバーだ!!」


「弾が外れたら僕の勝ち!!戦利品の宝箱ルートボックスは、ケイスさんの中の遺伝子だ!!でも、僕が有利だからハンデあげるね!!」


「ハンデだと?」


 巨大昆虫の姿をしたシケイダの背中が割れた。

 中から更に大きな翼を持つ生物が現れる。

 その翼には羽根が無く、皮膜のような翼をしていた。


「何だ?コウモリか?」


 コウモリでは無かった。

 なぜなら大きな嘴と、後頭部に長いトサカを持っていたからだ。

 その正体は既に絶滅した遠い過去の空の王者。

 過去の空の王者は、歯の無い嘴を大きく開け、6ヤードはある巨大な翼を広げる。


「お前……そんな遺伝子まで持っていたのかよ!?それ、俺が子供の時にトリケラトプスの次に好きだった奴だ!!」


 シケイダは白亜紀に生息した翼竜、プテラノドンに変態したのだ。

 但し、想像図のプテラノドンとは異なり、かなりの筋肉質である。


「僕、プレシオサウルスの遺伝子も持ってるよ!!ケイスさんの遺伝子を貰ったら合体させてあげるね!!」


「合体ロボットのノリで言うんじゃねえよっ!!それよりハンデは?!明らかに、さっきの虫より強く成ってるだろ!!」


「的は大きく成ったよ!!」


 翼竜はそう言いながらケイスの水上機に向かって突進する。

 嘴の攻撃が水上機を襲い、機体が傾く。


「しまった!!」


 ケイスの手からエアガンがこぼれ落ちる。

 翼竜は尚も攻撃を続けた。

 水上機の機体が次々に破壊される。

 ケイスは短銃で応戦するも、歯が立たない。

 遂には手榴弾を手にしたケイスだが、突然翼竜の胸から出てきた大猿の腕にはじかれ、手榴弾まで海に放り出されてしまう。

 大猿の両腕はそのままケイスの胴体を掴み、水上機から引き離す。

 そしてケイスを捕まえたまま上昇し、気流に乗って高度1マイルまで上がった。

 その間にケイスが乗っていた水上機が海に墜落する。

 ケイスは大猿の腕に掴まれたまま、項垂れた。


「クソッ……全部無くなちまった……」


 圧倒的実力差だった。ケイスは何一つ良い所を見せること無く、このまま勝負は着くかのように見えた。


「ケイスさん……さっきエアガンを態と落としたでしょ?」


「あん?」


 大猿の腕を胸に付けた翼竜の姿のシケイダは、嘴を開けずに喋った。


「僕、気付いてるよ。さっき落としたエアガンには注射弾が入っていなかったこと。ケイスさんは僕が捕食する為、こうして捕まえる事を予測していたんだ。そして『もう秘密兵器は無くなった』と思っている僕が、油断して無防備に口を開けるタイミングを狙っている」


「…………」


「そのベルトの中に、最後の注射弾を隠しているよね?」


 シケイダがそう言った瞬間、ケイスはベルトから隠していた注射弾を右手で掴み、シケイダの体に刺そうとした。

 だが、刺さる前に大猿の手が注射弾を持つケイスの右手を掴み、そのまま握力500キロの力で右手を潰す。翼竜シケイダは胸部だけマウンテンゴリラだったのだ。


「ぐわあああああぁぁぁぁ!!」


 右手を潰されたケイスは注射弾を手放す。

 注射弾も下の海原へと消えて行った。


「残念だったね。これでもう本当にケイスさんの闘える武器は全部無くなった。ゲームオーバーだ」


 翼竜の嘴が開き、ケイスの頭に迫る。


「ケイスさん、ようこそ僕の体内へ」


「いい読みだったなシケイダ。だが、詰めが甘いぜ。俺の左腕を残したのはミスだ」


「えっ?」


 ケイスは左手で懐から注射弾を取り出す。

 そして嘴の中の舌に思いっきりぶっ刺した。

 針先が奥まで刺さり、シリコン蓋が開いて針穴から生体ロボット入り液体がシケイダの体内に入って行く。シケイダの細胞を破壊する為に。


「俺が最初にエアガンで撃った弾はダミーだ。ベニーのクーラーボックスに入っていた風邪のウイルス入り注射弾だよ。記念に1本貰っておいたんだ」


 ケイスはこんな悪条件でエアガンを使う闘いをする気は更々なかった。接近戦しか勝つ手段は無いと踏んでいたのだ。だから初めから生体ロボットが入った注射弾は、エアガンにはセットせず、2本とも油断して近づいたシケイダに手で打つつもりで隠し持っていた。シケイダも、まさかケイスが最初から銃での勝負を捨てていたとは思いもしなかったのだろう。銃の名手で有り、何時も銃でしか戦わないケイスのイメージを見事に逆手に取ったのだ。


 翼竜シケイダの顔が膨れ上がり、堪らずケイスを放した。

 ケイスは高度1マイルから落下する。

 慌てて腹ばいに成り、両手両足を広げた。

 空気抵抗を利用して落下速度を落とす為だ。

 それでも時速100マイル以上のスピードで海に迫る。

 その速度で海面にぶつかれば、まず助からない。


「無理か……クッソー、俺にも翼が生えねえかな……」


 そう思った瞬間、ケイスの身体が突然浮き上がる。

 何かがケイスの背中を掴んだのだ。

 ケイスが上を見ると、見覚えがあるパラセーリング用のパラシュートが開いている。

 そしてケイスの背中に抱きついたパラシュート付きの翼持つ生物はこう言った。


「旅のお方でスか?」


「ああ、そうだよ。けど、やっと闘いの旅は終わりそうだ。そしたら今度は4人で家族旅行にでも行こうか?」


「旅行、久しぶりデすね」


「そういえば2年前の旅行の時も、ケイリーはお前のことを連れて来てたな」


 ケイスの脳裏に、その家族旅行の時の思い出が蘇る。下に広がる海は、あの日の海のようにエメラルドグリーンに澄んでいた。


「るゥーるゥるるる、マジカルーお子様用バナナボートインフレータブルボート


 海面に到着する寸前、背中を掴んでいたブロンドは、顔付きバナナ型チューブボートに変態し、ケイスをその背に乗せた。


「何だよ、これは?もっとスパイ映画みたいなカッコイイ乗り物に変態できないのか?」


「そのカッコイイ乗リ物、食べて良いですカ?」


「……その請求は俺に来るんだよな?やっぱりいいや。俺にはバナナボートがお似合いだ」


 ケイスがそのままバナナボートで陸に戻ろうと進み出した時、前方の空からプテラノドンの下半身が落ちて来た。そして、その下半身の中からツートンカラーの少年が現れ、海面に着地する。少年はまるで足の下にフロートでも有るかのように海面に立っていた。


「はあぁぁぁ……マジかよ……しつこいぞ、シケイダ!」

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