第33話

 ヒットガイは崩れた建物を背に、座り込んでいた。

 その右腕は折れ、肋骨や足の骨にも複数の罅が入っている。内出血も酷く、かなりの重傷だ。

 そんな飼い主に、月毛の馬は『ブルルル』と鳴きながら、心配そうに付き添っている。


「スー……感謝だ」


 月毛の馬は男の子を安全な場所に運ぶと、主人の元に直ぐに戻って来ていた。倒れ込んでいる主人に近づくモルティングマンを既に3体蹴り払っており、主人に似て実に逞しい馬である。


 ヒットガイは子供の頃を思い返していた。

 薪割りの最中に父親からスキンウォーカーの話を聞いた時の事を……。


 スキンウォーカーとはネイティブアメリカン達の間で語り継がれるモンスターである。

 夜に成ると色んな動物に化ける事ができる人型の妖怪で、元々は魔女やシャーマンだったと言われる。

 その存在を他の民族に話したら災いが起こるともされるので、詳細を語る人は少ない。

 その特徴からヒットガイは、モルティングマンとスキンウォーカーを重ねていた。


「我、『てき撃つ者』名乗る資格無し……」


 部族によって違うが、彼等は色んな精霊や神を信仰している。ヒットガイが名乗る『てき撃つ者』も、そんな信仰的に語り継がれる悪を祓う神様的な勇者である。彼は復讐の為に本名を捨ててその名を名乗っていた。



 レイジングバイソンとは一進一退の攻防だった。いや、むしろヒットガイの方が優勢だった。しかし、あと一歩の所でレイジングバイソンは顔だけ変態した。その顔はヒットガイの尊敬する父親の顔だった。強者同士の闘いは、一瞬のひるみが形勢を逆転する。重症を負わされたヒットガイは、その場に倒れた。レイジングバイソンがとどめを刺そうとした所で軍の援軍がやって来る。レイジングバイソンは深手を負ったヒットガイを「もう何時でも殺せる」と思い、軍隊を倒す方を優先してその場を後にした。

 ヒットガイはレイジングバイソンが身内に化ける可能性が高い事を重々承知していた。それでも隙きを生じたのは、彼の性格の根本にある優しさからだろう。



「さて。行くか」


 そうだ……優しく、強く、誇り高い彼は、深手を負いながらも、まだ敵討かたきうちを諦めていなかった。トマホークを杖代わりに立ち上がり、再びレイジングバイソンを追おうとする。そこに何かが近づき、声を掛けた。


「旅のお方でスか?」


 ブルーワンピースを着た金髪の少女だ。

 その容姿とセリフから、ヒットガイは直ぐに噂のブロンドだと察する。


「我が友のかたき。魔女め……」


 その言葉を聞き、ブロンドの高い声が更に高く成り、歓喜を表した。


「ノゾミさんが魔法少女だと気付いテくれた方は初めてでス!アナタはきっト名だたる勇者なのですネ!」


 ヒットガイはトマホークを一度振りかぶったが、直ぐに下ろす。

 ブロンドから殺気を感じないからだ。

 それは隣の月毛の馬が興奮しない事からも明らかだった


「お前、他の奴と何か違う。何故だ?」


「ヨッヨッヨッ!ヒットガイのあにさーん!!待った、待った!!そこのブロンドことノゾミちゃんは味方なんだよーォ!!」


 ヒットガイの元にブロックの手当てが終わったベニーがショットガンを担ぎながらやって来た。リンナから連絡を受けている詳細を身振り手振りを入れながらヒットガイに説明する。


「ヨッ!スーちゃんも無事だったかッ!なら後はノゾミちゃんに任せて、ヒットガイの兄さんはスーちゃんと避難しといでぇ。ノゾミちゃん強いからヨッ、レイジングバイソンも簡単に倒しちゃうヨッ」


「駄目だ。我、必ずこの手でかたき討つ。やはり奴だけは、許せん」


「ヨッヨッヨッ!無茶だヨッ!ここは――」


「ヌンッ!」


 いきなりヒットガイがベニーの足元目掛けてトマホークを振り下ろした。

 見るとベニーの足元の地面から、巨大なモウルクリケットが頭を出している。

 既にヒットガイのトマホークの一撃で絶命していたが、ベニーは冷や汗を流す。


「我、まだ闘える」


「いや、兄さんが強いのは十分知ってるヨォ!けど流石に、その怪我でスリータイプキメラは……」


 引き止めても行こうとするヒットガイに、ベニーはすっかり困り果てる。ベニーは月毛の馬の金色の鬣を撫でながら、何か良い方法が無いかを考え始めた。


「んッんッんッ……ヨッ!そうだ!ノゾミちゃん!ヒットガイの兄さんの闘いに力を貸してくんない?」


「ハイ!任せて下さイ!勇者の闘いに力を貸すのガ魔法少女でス!」



 その頃、レイジングバイソンは既に援軍のライフル小隊をあらかた倒していた。

 最後に残っていた3人の兵も、バイソンの怪力で振り回す伸縮自在の分銅鎖には対抗できず、骨を砕かれ倒される。


「50人程度で俺様に勝てると思ってたのか?考えが甘いんだよ、人間は!」


 レイジングバイソンは目玉を飛ばし、近くに他の兵隊が残っていないかを調べた。そして、その目に兵隊では無く意外な人物が映る。


「お?何だ?お前、まだやるのかよ?」


 月毛の馬に乗ったヒットガイだ。

 馬の首に寄りかかるように跨っている。

 レイジングバイソンはその姿を見て半笑いに成った。

 笑うと一個一個が鎖に繋がった歯が、『ジャラ』という金属音と共に口からこぼれ落ちる。


「そんな状態で闘えんのか?俺はもう十分強い遺伝子を確保してるからよ、他の奴にお前の遺伝子を回してやろと思ってたんだが……まあ、いいか。お前の遺伝子も貰っといてやるよ」


 そう言って分銅鎖の一撃をヒットガイに向けて放った。だがその攻撃は、あっさりと避けられる。


「あん?」


 馬が後方にジャンプしたのだ。

 馬上のヒットガイはしっかり首にしがみついてるので落ちる事は無かった。


「何だ、随分勘の良い馬だな。ならこれならどうだ!」


 レイジングバイソンは両手でクロスするようにしながら、十本の分銅鎖で攻撃を放った。

 だが馬は垂直に十メートルぐらい飛び、これも難無く躱した。


「な、何だその馬?馬ってそんなに跳躍力あんのか?」


 よく見ると馬には八本も足が有った。

 しかもそのうち4本は、昆虫のノミとバッタの後ろ足だ。


「はあああぁぁ?!」


 レイジングバイソンが目を疑っていると、今度はいきなり馬の胴体から大きな翼が生え出し、羽ばたきながら空中に飛んだ。そして飛びながらレイジングバイソンに近づく。

 馬の上に乗ったヒットガイが、右腕に持ったトマホークを振りかざして来たので、レイジングバイソンは後方に飛んだ。だが着地するなり馬の額からいきなり伸びてきた大きなマジックハンドに捕まる。レイジングバイソンは慌てて脱皮して逃げた。

 ヒットガイが跨がる月毛の馬は、まるで神話に出て来るスレイプニルとペガサスとユニコーンを足したような奇妙奇天烈な姿に変貌していた。


「おい!その馬、スリータイプ以上のキメラか?ひょっとしてブロンドか?」


 レイジングバイソンは先程シケイダからの伝達音波で、ブロンドが人間側の味方に成った事と7種嵌合体セブンタイプキメラに成った事の報告を受けていた。

 実力差が違うセブンタイプキメラなんかと戦っても勝ち目が無いので、レイジングバイソンは逃げようとするが……。


「いや、待てよ……」


 レイジングバイソンは、合点がいかない事に気付いた。

 なぜブロンドは馬に化けている?

 普通に闘えば済むことなのに……。


「そうか!分かったぞ!」


 レイジングバイソンは、人間の恨みの感情をいまいち理解していないが、何となくヒットガイが親のかたきを自分で殺したいと思ってる事は気付いている。だからこそ、さっきは親に化けて心を乱す戦法をとったのだ。そしてブロンドが直接手を下さず、サポートに徹しているのはそれが関係あると思った。ヒットガイはあくまで自分の手で復讐を果たすつもりなのだろう。なら、生かしといたら後々やっかいなヒットガイだけを殺してトンズラしよう。

 レイジングバイソンはそう考えて下に隠れている蟻人間型のツータイプキメラ10体に音波を送り、一瞬だけブロンドの動きを封じるように命じた。

 電波を受けた蟻人間型キメラ10体は、地面から突然飛び出す。そしてまとめて月毛の馬の足や胴体にしがみついた。

 その瞬間、レイジングバイソンは分銅鎖の攻撃を放ち、ヒットガイの顔面を破壊する。


「へエィーイ!ざまあみろ!復讐とかカッコイイ事を言ってたのに、哀れな返り討ちだな!!ヒットガイ!!」


 ヒットガイの顔面の皮は見事に弾け飛んだ。

 そして粘液塗れのグチャグチャの顔の中から、金髪少女の顔が現れる。


「違いまス。こっチもノゾミさんでス」


「な、何?!」


 ヒットガイの体は、下の月毛の馬ごと綺麗に真ん中から割れた。中からは上半身が金髪少女で、下半身が月毛の馬のまるでケンタウロスのようなブロンドが現れた。

 ケンタウロス型のブロンドは、モーニングスターや馬の足で10体の蟻人間型キメラを瞬く間に倒す。


「両方共ブロンドだったのか?!お前ッ!!何でそんな変態が出来るんだ?!」


 レイジングバイソンは「まずい!」と思って慌てて逃げようとしたのだが、身体がまともに動かない。

 ブロンドが密かに張っていた蜘蛛の糸に、いつの間にか体や鎖が絡まった状態になっていたのだ。

 糸は先程大蜘蛛との戦闘中に食べた頑丈な糸なので、レイジングバイソンはもがけばもがくほど絡まって動けなく成る。


「クソッー!何だこの糸!?ちくしょう!騙しやがったなー!!」


「我、稀に嘘つく」


 後方から声が聞こえたのでレイジングバイソンは目玉を飛ばして後を見た。

 そこには折れた右腕では無く、左手一本で大きなトマホークを振りかぶった本物のヒットガイが居た。

 ブロンドはヒットガイの髪の毛と、馬の鬣を同時に食べて人馬一体で化けていたのだ。


「卑怯と思わない。これは復讐リベンジだ」


 ヒットガイは「ヌンッ」と言う声と共に、トマホークを力強く振り下ろす。

 その力の籠もった刃に、体に巻かれた蜘蛛の糸も、体内に巻かれた鎖も全て断ち切られ、レイジングバイソンは粘液とゼラチン質を飛ばしながら真っ二つに割れた。『フガアアアァー』と言う断末魔を轟かせたレイジングバイソンは、脱皮する事なく『グシャ』と崩れるように地面に落ちる。

 渾身の一撃で力を使い果たしたヒットガイだが、かたきを倒したのを確認すると、ブロンドの方を向いて滅多に見せない笑顔を送った。


「人形に宿りし『尊敬すべき精霊カチーナ』よ、感謝する」


「違いまス!魔法少女でス!!」


「ヨッヨッヨッ!キタ、キタ、キター!ついに来たヨッと!」


 レイジングバイソンを倒した2人の元に、月毛の馬に乗ったベニーが吉報を知らせに来た。リンナのプロジェクトチームが開発した例の新兵器を持った特殊部隊が到着したという知らせだ。既に街に入り、ツータイプキメラを含むモルティングメンを次々と倒しているとの事だ。


「形勢逆転だヨッ!擬態してる奴等に警戒すれば勝てるヨッ!ん?どうしたの、ノゾミちゃん?」


 ベニーの知らせを無視するかのように、ブロンドは海のある方角の上空を見ながら棒立ちに成っている。そして、いきなり脱皮して天使型の翼の生えたブロンドに変態した。


「パパさんが危なイ!!」




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