第32話

 青空にパラシュートの花が又一つ咲いたが、エリックはただそれを呆然と眺めるしか手立てが無かった。

 白い気体を吐いた機体が、上空から海に向かって突っ込んでいく。先程から戦闘機やヘリコプターが次々と海に墜落しているのだ。原因は勿論モルティングマンだ。


「エリック隊長!又、駆逐艦が一隻、巨大クラゲの攻撃を受けました!乗組員の大半が殺られたそうです」


「分かった……」


 通信係からの報告は、劣勢の状況を伝えてくるものばかりだった。街を守るスミス隊長のMMSR第2部隊とは先程から連絡がつかない。既に全滅したとみて良さそうだ。

 自分の班の隊員も、砂浜に足を入れた者は尽く足首を噛み切られて戦闘不能にされている。隊員達は砂浜に無数のスナホリムシ型のモルティングメンが隠れていたのを知らずに踏み込んでしまったのだ。残った隊員で海からやってくる半透明のモルティングメンの上陸を何とか阻止をしているが、数が半端ない上に一撃で倒さないと脱皮して復活してくる。終点が見えない厄介な敵に、爆薬や銃弾の底が見え出して来ていた。

 エリックは再び天を仰いだ

 空には先程から小さな物体が蠢いている。

 双眼鏡で覗くと、それが人間大の大蜘蛛だというのが分かる。


 ダーウィンズ・バーク・スパイダー。

 マダガスカル島に生息するこの蜘蛛は、糸を出す生物の中では飛び抜けた存在で、地球上でもっとも強靭な糸を紡ぐ蜘蛛である。その強度は、防弾チョッキの素材であるケブラー繊維の約10倍。上空に居る大蜘蛛は、このダーウィンズ・バーク・スパイダーに変態したスリータイプキメラのモルティングマンで有り、その強靭な糸を更に強化し、他のバルーン型のモルティングメンと協力しながら広さ3マイルの巨大な蜘蛛の巣を上空に張っているのである。

 レーダーに写らないその巨大な蜘蛛の巣に戦闘機やヘリは引っかかり、機体損傷や操縦ミスなどを起こしてしまう。それで先程から墜落が絶えないのであった。


 更に海上の駆逐艦などの艦隊は、世界一の猛毒クラゲであるオーストラリアウンバチクラゲ、通称キロネックスに変態したツータイプキメラのモルティングマンに次々と襲われている。

 キロネックスの長い猛毒触手は、軽く触れるだけで人間でも10分以内で死に至る。そのキロネックスが集団で巨大化し、長さ50ヤードも有る15本の触手を艦内に忍ばせ、毒殺を行なっているのである。

 細い触手なので銃などでは抵抗できず、海兵は為す術もなく殺されていった。


 全て予測不可能な攻撃だ。

 軍も色んな攻撃を想定していたはずである。

 だが、モルティングマンは軍の考えが及ばない戦略をとった。

 敵は近代兵器を使っている訳でもないし、サイバー攻撃を仕掛けているのでもない。

 なのに生物界最高の頭脳を誇り、最強の道具を使う人間が勝てない。

 エリックは絶望の淵にいた。

「人間の科学がいくら進んでも、大自然には勝てない」そう思いながら敗戦を覚悟していた。

 そんな彼の目に不思議な物が映る。


「ん?あれは何だ?鳥か?飛行機か?」


 上空で大蜘蛛のモルティングマンが何かと揉み合っている。

 エリックが双眼鏡で確認すると、揉み合っていたのは、まるで天使のように背中から翼を生やした金髪少女だ。


「天使?いや、違う!モルティングマンだ!!噂のブロンドだ!!」


 上空のブロンドは大蜘蛛の胴体を足に挟むと、そのまま海老反り状態になり、笑顔でダブルピースをしながら落下してくる。


「危ない!!こっちに落ちて来るぞ!!」


 近くに居た隊員達も気付いて慌てて逃げる。ブロンドと大蜘蛛は地面にぶつかる寸前に離れて、お互いが綺麗に着地した。

 大蜘蛛が牙を剥き、ブロンドは腕をモーニングスターにして構える。


「何だ?仲間割れか?」


 2体は戦っているように思え、エリックは後ろの隊員達に攻撃を控えるよう伝える。勝手に何方かが倒れてくれた方が、火薬の節約に成るという判断だ。 


 ブロンドと対峙した大蜘蛛は、お腹の先から糸を吐き出し、一挙にブロンドをグルグル巻きにした。

 硬い糸に身体を巻かれたブロンドは身動きが取れなく成る。背中から脱皮が出来なく成ったので万事休すかと思われたが、ブロンドの頭部が真ん中から割れ、そこから新たなブロンドが現れた。


「るゥーるゥるるる、マジカルー殺虫剤インセクティサイド!!」


 そう言いながらブロンドはスプレー缶に成った左腕から殺虫液を大蜘蛛にかけた。

 本能的に嫌がった大蜘蛛は慌てて脱皮し、新たな人間の顔付き大蜘蛛に変態する。そして再び上空に上がろうと、腹先を空に向けて糸を出す。


「るゥーるゥるるる、マジカルー地引き網ドラッグネット!!」


 ブロンドの右腕が漁師網に成り、上空に浮かび上がった大蜘蛛を透かさず捕まえ、再び地面に引きずり落とした。

 そして落ちた大蜘蛛に砲弾が飛んで来て、「ドーンッ」という音と共に大蜘蛛は変態する間もなく、木っ端微塵に砕け散る。


「誰だ?勝手に撃ったのは?」


 エリックが後を振り向くと、ハンドバズーカを構えたケイスと、無線で誰かと喋っているリンナが立っていた。


「エリック!間違っても俺の娘は撃たないでくれよ。まだ嫁入り前だ」


「娘?」


「エリック隊長。ブロンドは現状味方です。軍にも今、報告を入れました」


「えっ?味方?モルティングマンが?」


「違いまス。ノゾミさんは魔法少女でス」


「はい?」


 不思議そうな顔をするエリックに、ケイスは簡単に内容を説明をした。そしてエリックから現在の戦況を確認する。その間にブロンドは近くにあった銃と弾倉を食べ始めた。


「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと!!何やってるんですか?!弾の残りは少ないんですよ!補給部隊が来るまで節約をしないと!!」


 存分に食べ終えたブロンドの両手と両目から銃砲が出てきた。そして4つの砲を浜に向け、食べた銃弾を連射する。

 すると砂の中から次々と隠れていたスナホリムシ型のモルティングメンが現れた。どれも弾が急所に命中したので慌てて出てきたのだ。更に変態して逃げようとする個体達も、ブロンドは的確に命中させ、一発の無駄なく仕留めて行く。


「ど、どうして隠れている場所が分かったのですか?」


「エイリアン、なんカ変な音だしてまス」


「全隊員に命令!!残りの銃弾を直ぐに持って来るんだ!!全弾この方に授けろっ!!」


 ブロンドは砂浜に隠れていたモルティングメンを全て倒すと、海からやってくる半透明のモルティングメンも次々に倒していく。その姿をエリックは恍惚とした表情で眺めていた。幼い頃テレビで見たロボットヒーローと重ねている。


「シケイダは何処行った?それに隊員達が見たと言う、鮫に化けれるキメラも見当たらないな」


 ケイス達は双眼鏡やサーマルスコープで、リーダー級キメラを探し始めた。そこに隊員の1人が近づく。


「ミネハタ博士!!あちらにシケイダらしき――」


 突然『バーン』という銃声が響く。

 近づいて来た隊員にリンナがいきなり発砲したのだ。

 近づいていた隊員の背中が割れ、中から頭がホホジロザメのモルティングマンが現れる。


「クソォー!なぜ分かった?」


「いいえ。分かってませんでしたよ。正解で良かったです」


「なっ?俺が本物の人間だったら、どうするつもりだったんだ?」


「貴方に撃った弾は、人体には無害です。一応、当たった方は局の管理の元、隔離病棟で1ヶ月の経過観察が必要ですが。まあ、例え私が持っていたのがバズーカ砲でも、近づく物は遠慮せずに撃ってましたけど」


 リンナが喋っている間に鮫男の顔が膨れだしていた。もう喋る事も、動く事もままならない程に。


「ちょ、あんちゃ!ほんちょーに人間?」


「鮫男!お前はリンナの恐ろしさを知らなかったみたいだな!」


 そう言ってケイスは鮫男の大口の中にハンドバズーカの一撃を食らわした。鮫男も木っ端微塵に吹き飛ぶ。


「なるほど。その新兵器の威力は確かだな。ところでリンナ。クラゲの天敵は何だ?」


タートルです」


「ノゾミ!こっちはもう大丈夫だ!クラゲ退治はお前にしか出来ない。タートルに成れるか?」


「ハイ!ノゾミさん成れまス」


 ブロンドの背中が割れ、中からゾウガメが現れた。


「違うノゾミ!陸亀トータスじゃない。海亀タートルの方だ!」


 ゾウガメの背中が割れ、次に中から大きなポップアップ型の食パン焼き器が出てきた。


「トースターじゃねえ!タートル!シー・タートルだ!」


 今度こそ背中から海亀が出てきたが、4枚のヒレが鳥の翼に成っており、背中がトースターのままの変な姿だった。しかも泳がずに空を飛びだす始末だ。


「まあ、いいか……ノゾミ!戦艦を襲っているクラゲを食ったら、そのまま街側の応援にも行ってくれ!」


「ハイ!パパさん!」


 ケイスは「日本に行ったら先ずノゾミを学校に入学させよう」と、本気で考えながら海中に隠れている残りのモルティングメンの退治を続ける。

 補給部隊が到着し、ケイスとエリックが作戦を考えている最中に海の方から何かが飛んで来た。背中にレーダーアンテナを付けた空飛ぶ海亀だ。


「えっ?もう終わったのか?」


 十五分もしないうちにブロンドは戻って来たのだ。そして、そのまま街側の方に飛んで行く。


「海軍から報告が入りました。ブロンドは例えようの無い色んな形状にメタモルフォシスしながら、信じられないスピードでクラゲを退治して行ったそうです。ついでに戦艦内部を何ヶ所か噛り取ったみたいですが」


「まさか、あのアンテナは!あいつぅ……」


 ケイスは頭を抱えながらも、ブロンドの強さに感心していた。恐らく他のモルティングマンが束に成ってもブロンドには勝てない。完全に勝利の切り札を手に入れた事を確信していた。


「ケイスさん!」


 リンナが叫び、浜の方を指した。

 遠くにポンチョコートを着た少年が立っている。

 シケイダだ。

 シケイダはケイスの方に顔を向け、手を振った。そして手を振ったままの状態で背中が割れ、中から6枚翅の巨大昆虫が現れる。


「何だあれは?蝉か?」


「おそらく石炭紀に生息したムカシアミバネムシの類でしょう。最初に翅を持った不完全変態をする昆虫の一種とされています。あんな古い生物の遺伝子をお持ちなら、見た目は若いですが、シケイダさんは相当お年を召されてますね。そもそも寿命という物が無いのかも知れませんが」


「……リンナ、エアガンを貸してくれ」


「追う気ですか?ここは海軍に任せましょう。あんな飛ぶのが遅い生物に化けたって事は、態と追いつかれる為です。完全に罠ですよ」


「分かっている。だが、シケイダは今まで散々人類の裏をかいて来た。シケイダ本人がどんな変態能力を持っているか分からない以上、海軍の方が危ないかも知れない。ここは敢えて正面からぶつかってみる。奴も新兵器の威力をまだ知らない。それにノゾミも直ぐに帰って来るしな」


「私が今持ってる弾は2発です。慎重に」


「分かった」


 シケイダが海の方に向かって飛び立つ。

 ケイスの近くの海面には、大きなフロートが付いたレジャー用水上機が浮かんでいた。


「あれを借りよう。エリック!念の為にコイツを一つ貰うぜ!」


 ケイスは手榴弾を一つ手にした。

 勿論、最悪時の自爆用だ。


「さあ、シケイダ!今度こそ決着けりをつけようぜ!」






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