希望

第30話

「ケイスさん。ケイリー待っテます。一緒ニ行きましょウ」


「天国で待ってるってか?悪いが天国に行くのは、お前を地獄に落としてからだっ!」


「地獄は美味しイですか?」


「もう良いッ!!お前とのお喋りはこれまでだ!!」


「じゃア、ケイリーに代わりマす」


「何?」


 そう言うとブロンドは右手を前に突き出した。すると腕が割れ、中から小さなケイリーの上半身が現れる。まるでリアル人形のハンドパペットのようだ。パペットを動かす方が元人形なのが妙である。


「ケイリー!!」


「やっトできました」


 ケイスは力が抜けた。

 ケイリーがブロンドに食べられている事は、重々承知していた。だが、こうして改めて目の前で確認すると、心の中から絶望感がどっと溢れてくる。自分の娘はもう、この世に居ないのだという悲しみが……。


「パパ!元気にしてる?」


 ブロンドの腕のケイリーが喋りだした。

 ケイリーの声で。

 ケイスは必死に叫びそうな衝動を抑えた。

 胸の痛みに耐えた。

 ここで心が折れたらブロンドの思う壺だ。

 必死に耐えるケイスに、ブロンドの右腕に変わり果てたケイリーは、意外な言葉を贈る。


「私達ね、日本に居るの。ママも一緒よ」


「……何だって?」


「ノゾミさんが助けてくれたの。最初鷲のエイリアンが襲って来てね、ノゾミさんが食べられちゃったんだけど、直ぐに鷲の中から大きなノゾミさんが出てきたの。そして私達を守ってくれたのよ。だから日本まで逃げれたの」


 どうやらケイリーの言葉はブロンドが発してるのではなく、録音された声のようだ。

 ケイリーの音声は続けた。


「私達はお迎えに行けないから、ノゾミさんに頼んだの。パパ、こっちに来て一緒に暮らそう!待ってるね!」


 ケイスは狐につままれた気分に成り、銃を構えたまま棒立ちに成った。


「ケイスさん!騙されてはいけません!現にブロンドの右手はケイリーちゃんに変わっています。遺伝子を盗んだって事です!」


「そ、そうだ!お前はケイリーを食べたんだろ?そうでないと辻褄が合わない」


「ハイ。そうでス」


「それみろッ!貴様……」


「ケイリーの髪ノ毛、食べまシた」


「髪の毛?」


「ブロンドさんの言ってる事は、おそらく本当だよ」


 シケイダは何故か嬉しそうにブロンドを眺めていた。どう見ても敵対心を向けている様子は無い。まるで子供が憧れのスポーツ選手を初めて間近で見るような眼差しだ。


「僕達は体毛の遺伝子だけでも、その生き物に変態できる。でも長くは保存出来ないし、成功率も低いけどね。ブロンドさんはね、僕が人間を襲うように呼びかけても従わないんだ。たぶんケイリーちゃんに『人間を食べちゃ駄目』って、言われてるんだと思うよ。だから人間の細胞は、髪の毛しか食べないみたいだね。僕も何故、ブロンドさんが僕じゃ無く、ケイリーちゃんの言う事の方に従うのか不思議なんだぁ」


「あノ人、変な音出しまス。ノゾミさんは嫌いデす」


「おい!!シケイダ!!じゃあ、俺の娘は?本当に……」


「だから僕、前に言ったじゃない。絶対生きてるって。日本に居るのかぁ。僕も会いたいなあー」


「うおおおおおおおおおおおおぉぉぉ!!」


 ケイスは両手でガッツポーズを作り、鼓膜が破れんばかりに叫んだ。戦闘中で投げれば泣き崩れていただろう。勿論、嬉し泣きだ。


「おい、ブロンド!!何でその事をもっと早く言わなかった?!お前を殺すとこだったぞ!!」


「ノゾミさん、最初うまク喋れなカった。それニ、ケイスさんノ声は覚えテたけど、本人か分からナかったシ、聞いタらケイスさん攻撃するシ」


「チクショー!!まあ、いい!ナイス過ぎるぞ、この売れ残りのポンコツ人形がっ!!流石、俺が選んで買っただけの事はある世界一のポンコツ人形だッ!!」


「ポンコツ人形でもブロンドでも無いでス。ノゾミさんは変態魔法少女でス」


「おいっ!」


 何処からともなく男の野太い声が聞こえた。

 声の主はケイスでも、シケイダでも、もちろんリンナやブロンドでも無い。

 まるで地を這うような低い声だ。


「おいっ!!」


「誰でスか?どっかから声聞こえまス」


「ココだッ!貴様ッ!!何時まで俺の上に乗ってるッ!!」


 ブロンドに踏み潰されたままの偽大佐は、粘液塗れで潰れながらも、まだ生きていた。


「旅のお方でスか?」


「黙れッ!!ササッと下りろッ!!」


 ブロンドが下りると、偽大佐の背中が割れ、新しい偽大佐が現れた。腕の銃は無くなっているが、見た目はほとんど変わらない。


「貴様……貴様がブロンドか?」


「違いまス。ノゾミさんです」


「どっちでも良いわッ!!貴様は人間の味方をする気か?我らと同じモルティングマンなのに……」


「違いまス。ノゾミさんハ、エイリアンと戦う変態魔法少女でス」


「シケイダ!!こいつ、キメラなのに知能が無いぞ!!殺していいか?」


「いいよ。ブロンドさんもファイブタイプキメラに成ってる。どっちが強いか見てみたい。大佐が勝ったらブロンドさんを吸収してみて。そしたら更にキメラ度が増すから」


「イエッサー!!」


「ブロンド!逃げろ!俺がこいつと戦っている間にどっかに隠れとけ!」


 ケイスは偽大佐に弾丸を数発放ったが、やはり弾はいくら当たっても効果が無い。

 その間もブロンドは、逃げずに笑顔のまま棒立ちしていた。いや、それどころか座り込んで落ちた弾頭を食べ始めた。


「あの馬鹿……リンナ!リンナの持ってる秘密兵器でも奴を倒すのは無理か?」


「体内にさえ入れば……柔らかい目や口を狙えますか?手持ちの注射弾は残り3発しか無いですが」


「やってみる」


 ケイスはリンナからエアガンを受け取り、狙いを定めようとしたが、その前に偽大佐の腕が大きな棘だらけのモーニングスターに変わり、しゃがんでいるブロンドの頭に振り落とされる。


「危ない!!ブロンド!!」


 逃げなかったブロンドの頭は一撃で破壊され、辺りに粘液が飛び散った。更に偽大佐は何度もモーニングスターを容赦なく振り下ろす。


「どうやら変態できなかったみたいだな。俺の勝ちだ」


 偽大佐のもう一つの腕が大蛇に変わり、バラバラに成ったブロンドの身体を呑み込んで行った。僅か数秒間の出来事だ。ケイスはエアガンを構える暇さえ貰えなかった。


「ブロンド……」


 ブロンドを全て呑み込んだ偽大佐の背中が、直ぐに割れた……。






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