第29話

「遺伝子を守るだと?」


 ケイスは研究室で習った事を思い返していた。

 モルティングマンの細胞は、他生物の核を細胞内に取り入れる事ができる。それを利用して変態しているのだが、モルティングマンがその特性を使う目的は、擬態をする為だけでは無かったようだ。


「そうなんだ。僕は人間が大好きなんだ。でも、今の人間の身体ではスノーボールアースに耐えられない。だから遺伝子を僕達の体内で温存する。地球表面が凍結しても、やがては火山活動で二酸化炭素が増えて海や地上は解凍される。何百万年か先の話だろうけどね。そして晴れて解凍されたその時、僕達モルティングマンが生物の代表として地球上全体を支配する。でも安心して。人間は存在するよ。現在の形の人間は居なくなるけど、人間の遺伝子は生き続けるんだ。僕達の中で」


「何だそれは?それはもう人間じゃ無く、人間の遺伝子を持っただけのモルティングマンじゃないのか?!」


「その昔、シアノバクテリアが酸素を作った為に大量の生物が絶滅した。けど、酸素をエネルギーに変える新たな生物が大量に誕生したんだ。そして、その後のスノーボールアースでも大量の生物が絶滅した。その時はミトコンドリアや葉緑体と共生の道を選んだ新たな生物、真核生物が大量に誕生する。時代は繰り返し、それと同じ事が再び起こるんだよ。今度のスノーボールアースでも大量の生物が絶滅する。けど、人間の遺伝子は僕達の細胞内で共生する。ミトコンドリアのようにね。そして生物史は、モルティングマンの時代に変わるんだ」


「……呆れたよ。人間が大好きだと言ったから、少しは期待してやったんだが……お前はただ、自分勝手な言い分で俺達の細胞を盗んでるだけじゃないか。誰がそんな事を望んでるんだ?地球様か?神様か?先ずは等の人間の許可を取りやがれッ!!」


「ケイスさん。間違っちゃ駄目だ!生物の目的は進化して優秀な遺伝子を残す事だよ。人間という素晴らしい生物の遺伝子を絶やすつもり?感情を優先して、生物の第一目的を見失わないで!」


「ちょっと良いですか?」


 ケイスとシケイダの討論に、リンナが割って入ってきた。彼女は相変わらず眉をひそめながら難しい顔をしている。


「先ずスノーボールアースで真核生物が全て絶滅するという点に疑問を生じます。真核生物の中には、極寒の中でも乾眠状態で生きれるクマムシみたいな生物も居ますし、活火山付近なら凍る事もないので生き残れる生物が居るかも知れません。人類も科学力で何とかするかも知れませんよ」


「残念だけど希望的観測だと思うよ。一時的に生き残れても何百年は持たない。何でも食べれる僕達みたいな多細胞生物は他に居ないからね」


「シケイダ。スノーボールアースが本当に起こって、人類が滅亡しても笑って見てりゃ良いんだよ。余計なおせっかいするな!」


「人間だって絶滅しそうな生物を保護してるじゃないか。それと一緒だよ」


「それは人間が原因を作ったから責任をとってるだけだ!スノーボールアースで人類が絶滅しそうに成っても、お前達のせいじゃないだろ!」


「シケイダさん。貴方なりの考えが有っての行動なら、この国の大統領と話し合いをし、契約を結びなさい。私が場を設けます。人間の遺伝子のストックなら、もう十分確保しているはずです。スノーボールアースが来るまで海中で大人しくするなら、人類も貴方達を攻撃するのを休止するでしょう」


「僕達も食べた物の遺伝子を全て保存できる訳じゃない。実は運なんだ。それは研究しているリンナ博士も分かっているよね」


「はい。嵌合体も全て意思通りとは行かないみたいですね」


「そうなんだ。成功の時も有れば、失敗保存の時もある。君達が言う通り、当たり外れの有るルートボックスゲームさあ。だからまだ優秀な人間の遺伝子は足りて無いんだよ。僕達は全人類の遺伝子が欲しい」


「一方的なルートボックスだな。俺達にも当たりをくれよ」


「僕の細胞に成る事が当たりだよ。ケイスさん」


「ごめんだね。お前に大統領と話し合いをする気が無く、どうしても全人類を殺す気なら、ここでお前を倒すしか無いが、良いのか?」


「良いよ。戦いになろうが、話し合いになろうが、どっちにしても今日はケイスさんの遺伝子をいただきに来たんだ。全部ね」


 ケイスがカービン銃をシケイダに向け、引き金を引こうとした時、空中に気配を感じた。

 上空に何かが飛んでいる。

 良く見るとプロペラが付いた人間だった。

 そのフライングフューマノイドはゆっくりと下降して来て、そのままシケイダの前に着地する。

 その姿にケイスは見覚えが有った。


「大佐に化けてた奴か?態々フランスから凱旋か?」


「イエッサー!今もアメリカ軍のヘリを撃ち落としてきた所だ」


「クソ野郎が」


 銃声が連続で鳴り響く。ケイスが偽大佐に向けて連射したのだ。

 しかし服に穴が開くだけで、偽大佐自体にはダメージを与えていないようだ。


「無駄だ。俺は強化した鱗で全身をガードしている。そして鱗に穴が空いても直ぐに新しい鱗が生えるようにしてある」


「お前、何のキメラだ?」


 偽大佐の腕が裂け、中から銃が出てきた。

 大佐は不敵な笑みを浮かべながら、ケイスに銃口を向ける。


「ハッタリは効かないぜ。お前の腕が銃に化けても撃つことまでは出来ない。そんな事が出来るなら、とっくに他のモルティングマンもやってるはずさ!」


「どうかな?」


 偽大佐が、そう言った瞬間に『バーン』という銃声が響き、ケイスの腕から鮮血が飛んだ。


「ケイスさん!!」


「大丈夫、かすり傷だ。しかし……マジかよ。こいつ、銃が撃てるまで進化しているのか?」


「俺は5種嵌合体ファイブタイプキメラだ。まだ体内で銃弾を作る事は不可能だから弾の補充は必要だが、簡単な仕組みの銃ならこうして撃てる」


「大佐以外にも街と上空と海岸に、スリータイプキメラをそれぞれ1体づつ配置している。1000体のツータイプキメラと30万もの幼子達もお迎えに来ているよ。ブロンドさんがバラしちゃったから、今日は今までとは作戦を変えて、脊椎動物以外にも変態して街を襲っているんだ。地中から奇襲をかけてね」


「なっ……」


 ケイスとリンナは流石に焦った。

 陸、海、空、どこから来ても大丈夫なように兵と武器を配備していたが、地中からの総攻撃は想定外だ。

 軍も考えていなかっただろう。

 人間では出来ない、呼吸を必要としないモルティングマンだからこそ出来る作戦だ。

 シケイダはまんまと裏をかいたのだ。


「今回も僕達の勝ちだよ。残念だったね。そしてケイスさん。どうぞ僕の体内へ。そして新生物の時代を共に生きて行こうよ」


「悪いが真っ平御免だ。死んでもお前の細胞には成らねえよ」


 ケイスはシケイダ諸共の自爆を考えた。シケイダを倒せなかったとしても、自分の細胞は飛び散って奪われないだろうと考えたのだ。

 遺伝子集めがシケイダの目的なら、戦闘力の有る自分の細胞を敵の手に渡しては成らない。その為にも何とか目の前の偽大佐を倒してシケイダに近づきたかった。


「俺に勝とうと思っているのか?笑止。残念ながらお前達が今持っている銃では俺の身体を貫く事は不可能だ。俺は現在世界最強の生物、ファイブタイプキメラだぞ。俺の上に立てる生物は、この地球上に存在しないッ!!」


 偽大佐が力強くそう宣言した瞬間、「ドガッーン」という音と共に空から降ってきた何者かが偽大佐を踏み潰し、ぺちゃんこにした。

 ケイスが「あっ!」と思った瞬間、彼の目の前にヒラヒラと大鷲の抜け殻が落ちてくる。

 あまりにも突然な出来事に、リンナとシケイダも呆気にとられ、変な間の空気がその場に流れる。

 1000メートル上空から鳥皮を脱いで落ちてきた浮遊者は、見事な片膝ポーズを決めて俯いていた。そして下敷きに成って潰れた哀れな偽大佐に気付き、こう言った。


「なんか潰しチゃいましたネ。潰れた方は誰でスか?旅のお方でスか?」


「ブロンド……」


「こんにちハ、ケイスさん。今度こそ迎えニ来ました!」


 額に青筋を浮かべるケイスを見ても、青いワンピースの少女は、その満面の笑みを決して崩そうとはしない。

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