シケイダの目的

第26話

「エリック!そっちの様子はどうだー?」


「今の所、海には異常は無いです。街の様子はどうですか?」


「こちらも変わらず異常なーし!どうぞ」


「スミス隊長!ソナーもちゃんと見といて下さいよ。モグラ型のモルティングマンの目撃例も有るそうですから、地下からも何体か現れるかも知れませんよ」


「分かってるよー!そっちも、いきなり海底から現れるから気をつけろよー。何せ奴等は呼吸をしないから、ずっと潜ったままだぞ。どうぞ」


「ラジャー!」


 対モルティングマン討伐レンジャー隊、MMSR第3部隊の隊長のエリックは、街側を守る第2部隊の隊長のスミスとの交信を終えると、自分の隊の隊員達に海岸に残る民間人の誘導を促した。

 火器を所持する隊員数名が砂浜に向かう。

 砂浜には海水浴をするアベックや、レジャー用水上機で遊ぶ民間人がまだ数名見られた。

 先程、州全域に避難勧告が出たのに、気に留める様子が無いようだ。


「そこの人達!危ないから早く海から離れて下さい!」


 隊員の1人が拡声器で忠告するも、男性1人、女性2人の3人グループは、笑いながらずっと巫山戯合っている。しかも女性2人は半身が海に浸かったままだ。


「聞こえないのか?モルティングマンが近くまで来ているんだ!」


「また、それ?もう、聞き飽きたわ!」


「そんな事言って、来た試し無いじゃないのぉー!」


「ヘイ、ガイズ!俺は格闘技を習ってるから平気さっ!もし、現れたら相手になってやるよ!」


「仕方ない連中だな……力づくで分からせるしか無いか」


 聞き分けのない連中に業を煮やした1人の隊員が、無理やり海から引きずり上げようと近づく。すると砂浜で寝そべっていた男は起き上がり、隊員の前に立ち塞がった。その背丈は注意しに来た隊員よりも高く、筋肉質で肩幅も広い。


「聞こえ無かったか?俺達は大丈夫だと言ったんだよ。兵隊さんよ」


 隊員を見下ろし、一歩も引かずに凄む男の様子を見て、後ろの女性達は甲高い声を出しながら両者を煽っていた。実は女性達は、その男とは先程知り合ったばかりで名前も知らない。


「兵隊さーん!だいたい鮫じゃないんだから、海の中でいきなり『ガブッ』は無いんでしょ?しかも、こんな浅い所では考えられないわ。私達はねー、もっと――きゃあ!」


 喋っている最中の女性に、もう1人の女性がいきなり水を掛けた。


「キャハハハ!ビビってるじゃないスージー!」


「やったわね!」


 女性2人は、海の中で手足をばたつかせ、水飛沫の掛け合いを始めた。

 モルティングマンが近くに居たら、餌の在り処を教えるような行為だ。

 隊員は慌てて海の中に入ろうとしたが、男に肩を掴まれ、阻まれる。


「構うなと言ってるだろ?分かんねえか?」


「君等は、モルティングマンの恐ろしさをまだ理解していない。腕っぷしに自信が有るのかも知れないが、装備をしてない人間が勝てる相手じゃないんだ」


「だから大丈夫だよ!俺は食われやしねえ」


「……おい!君の連れの女性は何人だ?」


「何言ってんだ?見りゃ分かるだろ?女2人だよ!」


「もう1人は、どこ行った?」


 男は振り返る。

 海には確かに女性は1人しか居なかった。

 急に友達が消えたので、残された方の女性は焦りを隠せず、辺りをキョロキョロと探している。


「あれ?スージー?どこよ!スージー!」


 悪戯かと思ったが、呼びかけても出て来ない。

 不安に成った女性が慌てて海から上がろうとした時、目の前の海水が大きく飛沫を上げ、人影が現れる。


「もう!びっくりした!悪ふざけしないで……きゃあああああぁぁぁあああ!!」


 女性の前に立っていたのは、友達のスージーでは無かった。それは、中の骨や内臓が透けているゼラチン状の半透明人間だった。半透明人間はそのまま女性に抱きつく。


「まずいッ!!逃げろぉぉぉ!!」


 隊員の叫びも虚しく、抱きつかれた女性は粘液塗れに成っていく。

 上下の水着が溶けて無くなった。

 次に皮膚や髪が溶かされ無くなった。

 次に筋肉が溶かされ無くなった。

 そして内臓も、骨も溶かされ、女性は半透明人間の中に全て吸収されてしまった。

 これだけでも不気味だが、更に気味の悪い現象が半透明人間の中で起こる。

 半透明人間の中の骨や内臓に、筋肉や皮膚が構築され始めたのだ。

 水着まで出来上がると、半透明人間の背中が割れる。

 ゼラチン状の皮を脱ぎ捨て、中から溶けたはずの女性が出て来た。

 いや……もう、元の女性はこの世に居ない。

 其処に居るのは――。


「クソッ!!脱皮人間モルティングマンめ!!」


 隊員は立ち塞がっていた男を押し退け、女性を吸収したモルティングマンに向かって小銃を乱射した。

 しかし、直ぐに水着女性のモルティングマンは海に潜ってしまい、見失う。


「君!!早く逃げろ!!もう1人の友達も、おそらく既に奴等に食われてる!!君だけでも早く、食われる前に逃げるんだ!!」


「だから俺は食われやしねえよ。だから」


「えっ?!」


 隊員が振り返ると、男は頭だけホホジロザメに変わっており、牙だらけの大口を開けて立っていた。隊員は銃を撃つのを諦め、十字を切りながら祈った。だが祈りは届かず、彼は頭部を丸ごと失って絶命する。


俺等モルティングメンの恐ろしさを知らねえのは兵隊さんの方だったな」


 ホホジロザメ男は頭を失った隊員の残りを小銃ごとボリボリと食べ始めた。


「撃てっ!!」


 背後に居た残りの隊員達が一斉に連射する。

 弾を浴びるとホホジロザメ男の背中は割れ、中から大きな甲殻類のヒメスナホリムシが出て来た。巨大ヒメスナホリムシの胸脚は、明らかに人工物のステンレス製レーキに成っており、そのレーキを巧みに使って素早く砂浜の中に潜って隠れてしまった。

 隊員の1人が慌てて無線でエリックに連絡を取る。


「エリック隊長!奴等が現れました!会話が出来るキメラも居ます!現在、海や砂浜の中に潜伏中です!」


「奴等の数は?!」


「目視で確認出来たのは2体です。いや、待って下さい!現れました」


 隊員がエリックと会話中、海のあちらこちらで飛沫が上がり、半透明人間が姿を表した。

 その数は……。


「1体、2体、3体……10体……100体……沢山、もっと沢山です!!」


 見えてるだけで1000体以上。

 海の中には更に居そうだ。


「バズーカ隊をそちらに向かわす!それまで踏ん張ってくれ!」


 エリックは砂浜に応援を送ると、街側のスミスに再び連絡を入れた。


「スミス隊長!海中に奴等が現れました。その数、1000体以上は居るそうです!そちらは大丈夫でしょうか?」


「エリック……実はソナーに影が映った」


「やっぱり!地下からも来ましたか!地下には何体居ます?」


「それが分からないんだ……」


「何でです?ソナーに影が映ったんでしょ?」


「そうだ。映ったんだ……画面いっぱいに……故障じゃなければ地下には数万体のモルティングマンが潜んでいる……」


「そんな馬鹿な……」

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