第27話

「あの刈り上げ吸血鬼!死ぬとこだったぞ!承知しねえぇ!ぶん殴ってやる!」


 悪態をつきながら煤だらけのケイスがリンナの元に現れた。後ろに同じく煤だらけのヒットガイとベニーが咳き込みながら現れる。彼らは別館が爆発する寸前、間一髪の所で脱出できたのだ。ケイスの修羅場での経験値が生きた結果だろう。

 リンナは彼等の元気な姿を見て、無表情のまま胸をなでおろした。


「無事でしたか」


「ん?どうしたんだ!刈り上げ野郎!俺が殴る前に誰に殺られたんだ?」


 リンナはブロックの応急処置をしながら今までの経緯を説明した。

 ジェミーが死んだと聞き、ベニーは膝をついて号泣する。彼はジェミーに思いを寄せていたのだ。告白も出来ぬまま、変わり果てた姿に成ってしまった愛しき人には、もう涙しか贈ることはできない。


「ウワアアアァァァ!!ジェミー!!何でだよッ!!一緒に研究成果を確認するはずだろォ!あんまりだァ!!」


「ダン教授を怪しんでいる事を、私はジェミーには隠していました。彼女はお芝居が出来ないので、ダン教授に気付かれると思ったからです。それがあだに成りました。私の責任です。彼女は最後まで私の事を怯えながら亡くなったのだと思うと、本当に不憫でなりません」


「そいつは違うと思うぜ。ジェミーはリンナの事を怯えながら亡くなったんじゃない」


 ケイスはブロックの処置を手伝いながらリンナに言った。ブロックは気を失ったままだが、まだ息が有るようだ。


「いえ。現にダンが化けたジェミーは、私を見て泣きながら震えていました。そのお蔭で私は助かりましたが」


「ジェミーはリンナの事を尊敬していた。コミックに出てくるヒーローのような科学者だと言ってたよ。おそらくジェミーはリンナを見て『絶対に助けてやる』と思い、力を振り絞って抵抗したんだ。彼女は最後まで正義の科学者、リンナ博士の助手として役立とうと頑張ったんだ。アンタの事が好きだからな」


「……ケイスさんの方が正しいのかも知れませんね。どちらにしても、サシガメキメラを倒したヒーローは彼女です」


ちげえねえ」


 リンナは立ち上がり、いつも通りの気丈な様でエアガンを握る。そして何時までも地面に伏せて泣き崩れるベニーに、強い口調で指示を出した。


「ベニー!悲しんでいても始まりません。生き残る為の行動に切り替えてください。まず貴方は、ブロック博士を本館の医務室に連れて行ってあげること。グズグズしているとモルティングマンの大群がココにも攻めて来ますよ」


「我、今から街側に向かう」


「そうして下さい。後でベニーを応援に行かせます。ケイスさんは私と海側に向かいましょう。もう、大群が押し寄せているかも知れません」


 ヒットガイは繫いだ馬の方に向かい、ベニーはブロックを介抱しながら本館に向かった。

 ケイス達は車で海側に向かう事にし、急いで駐車場に向かう。


「ん?あれは……」


 誰も居ないと思っていた駐車場だが、人影が見えた。暫く顔を見せて無かったが、ケイスも知っている人物だ。


「おおぉ!君達!無事だったか!良かった……」


 駐車場に居たのは所長のアルバートだった。老教授はかなり慌てた様子だ。


「本館の職員が皆、殺された!きっとモルティングマンの仕業だ。まだ近くに居るはずだから、ヘリを使って早急に逃げよう!」


 そう言って老教授はケイス達にヘリポートの方に案内しようとする。

 ケイスとリンナはアイコンタクトを取った。2人の考えは、一致したようだ。

 そして背中を見せた老教授に、ケイスは静かにカービン銃を向ける。


「ヘリに乗せて何処に連れて行ってくれるんだ?海底に有るお城で、赤蟹や海亀が俺達をもてなしてくれるのかな?」


 そう言ってケイスはアルバート教授に弾丸を数発放った。アルバートはそのまま鮮血を飛ばしながら地に伏せる。血の量からは、死を免れない。人間なら……。


「下手な芝居はやめろ!バレてんだよ!シケイダ!!」


 大量出血で瀕死のはずの老教授は、笑いながら立ち上がる。

 その背中が割れ、ポンチョのような服を着たツートンカラーの少年が粘液を纏いながら現れた。

 彼が流した大量の血は、体内で作った偽物だ。


「バレてたんだ!どうして?」


「ダンや受付嬢がモルティングマンなら、この研究所の長が一番怪しいに決まってるだろうがっ!それに所長とお前が同一人物なら、初めてお前に会った時に、俺の名前を知っていた理由が解ける。衛兵から最初に俺の情報を受けていたのは所長だからなッ!」


「流石、ケイスさん。すごいね」


「シケイダ!もう一度交渉だ!直ぐにお前の家族兵を引け!ダンや受付嬢から話は聞いている。モルティングマンは全てお前の子供か子孫なんだろ?このまま戦って無駄に命を減らしてどうする?俺達人間と歩む余地は無いのか?」


「ケイスさん、まだ勘違いしてる。僕は人間と共に歩むつもりだ。だからこうして遺伝子を集めている」


「はあ?どういう事だ?」


「ケイスさん達からしたら、やり方が荒っぽいのかも知れない。けど僕達がしている行動は、生物として決して間違っていない。当たり前の行動だ」


「……『地球が動く』とは、どういう意味だ?お前の行動と何か関係が有るのか?」


全球凍結スノーボールアース


「スノーボールアース?」


 何の事か分からないケイスは、リンナの方を向いた。リンナは少し眉を潜めながら答える。


「地球全体が凍結するほどの大規模な氷河時代の事です。過去に何度か有ったとされていて、その度に生物の大量絶滅が起こったとの事です。そしてスノーボールアースの解凍後は、多細胞生物の誕生など、生物進化の飛躍に繫がったとされています」


「そう。地球は衣替えのシーズンなんだよ。今度のスノーボールアースで、生物の99パーセントは地球上から消える。人間などの動物は勿論、植物や真菌類も含め、真核生物は全て絶滅する。生き残れるのは超深海や地底に住む細菌、古細菌の一部だけ。そして多細胞生物で生き残れるのは、僕等モルティングマンしかいないんだ」


「何でお前にそんな事が分かるんだ?氷河期が来るなら、人間の科学者でも気付けるはずだろ!?」


「深海や地底で生きれる僕だからこそ気付いた。地底に住むある生物の影響で、地球の奥から地上に排出される二酸化炭素の量が減ってるんだ。今は人間文化が排出する二酸化炭素の量が多いので、科学者達もこの事に気付いていない。逆に温暖化が進んでるからね。でも、今いる人間や人間文化が全て無くなれば、酸素濃度が急激に上昇し、一気に地球は凍結する」


「まさか……お前らはその為に人間だけで無く、街も破壊しているのか?」


「そう。どっちにしろスノーボールアースは間もなくやって来て避けられない。だったら早い方が良い。だから僕達はスノーボールアースを速める為に、遺伝子集めを兼ねて街や人間文化を破壊している」


「遺伝子集めの目的は?」


「ノアの方舟」


「方舟だと?」


「僕達が人類の遺伝子を守ってあげる」

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