第23話

 地鳴りのような爆発音が聞こえ、地面が微かに揺れた。


「ヨッヨッヨッ!何だ?今の地震かヨッ?」


「あの刈り上げ吸血鬼!『押すな』って言ったのに押しやがったな!」


「これでダニエル教授の卵はおそらく絶滅です。まあ、また産めば済むことなのですが」


 顔に口が見当たらないゼブラオクトパス・レディが喋った。声からも受付嬢のモルティングマンが変態した姿だと分かる。元受付嬢の蛸人間は、沢山の細長い触手をくねらせながらケイス達と対峙していた。


「1、2、3……あれ?おい!ベニー!ミミックオクトパスの足って何本だ?」


「ヨッヨッヨッ、蛸だから8本だよ」


「だよな。あいつ、多すぎないか?」


 ゼブラオクトパス・レディの背後には、沢山の細長い物体がくねくねしていた。肩から伸びている吸盤の付いた蛸の足とは別物だ。もっと細くて長い物。果たしてそれは……。


「ワチッチッチッ!!」


 突然ベニーが飛び跳ねながら叫んだ。


「どうした!ベニー」


「兄さん!床の水を踏んじゃ駄目だッ!」


「なぜだ?ウオッ!」


 ケイスの身体に電流が走った。慌てて濡れた足場から離れる。見ると足元にはゼブラオクトパス・レディの背中から出ている細長い物が、金属の中身を出してスパークしながら蠢いていた。


「そうか!分かったぞ!お前の背中から出ている物がっ!」


「そうです。お察しの通り、配線ケーブルです。私は現在、人間とミミックオクトパス、そして配線ケーブルの3種嵌合体スリータイプキメラです」


「感電させる為に態と水槽をぶっ壊したのか?……あれ?奴は、どこ行った?」


 少し目を離した隙にゼブラオクトパス・レディは視界から消えていた。蠢く大量の配線ケーブルを残して。


「チッ!案の定、擬態しやがったか。クソッ!何に化けやがった?!」


 ケーブルはロビー内全体を覆い尽くし、あちらこちらでスパークを起こしていた。ヒットガイがケーブルを斧で叩き切っているが、ケーブルは天井やコンセント部から次々と現れる。声を押し殺してるが、ヒットガイは切る度に何度も感電を繰り返していた。


「奴の本体を倒さねえとヤバいな。このままじゃ、3人とも感電死するぞ」


 ケイスはサーマルスコープを覗き、熱検知で探そうとしたが、張り巡らせされた配線がスパークを起こして熱を持っている為、本体の特定ができない。


「駄目だッ!ここでは分が悪い!外に出るぞ!」


「兄さん、無理だ!出入口は配線ケーブルを張り巡らされているぅ。感電するヨッ!」


「ケイス。煙だ」


 ヒットガイが逸早く煙を察知した。階段の方から立ち込み始めている。


「火災が起こっているな。早くけりを付けないと、感電の前に煙にやられるぞ。いや、下手すりゃ建物が爆発するかもしれない」


 ケイスは周りを見渡し、受付カウンターの後ろにドアを見つけると、カービン銃を構えて間髪入れずにドアガラスに向けて弾丸を放った。ガラスの破片が辺りに飛び散る。


「ヨッヨッヨッ!ドアに擬態してたの?」


「違う。あそこは事務室だろ?分電盤が有るかもしれない。ブレーカーを下ろして電気を止めてくる。ヒットガイ!その間、踏ん張ってくれ」


「我、了諾する」


 ケイスはカウンターを飛び越えると、ドアの前に立ち、ガラスを失ったフレームに手を突っ込んだ。そして内側の方のノブに付いた鍵を回し、ドアを開けた。ケイスは最初から鍵が閉まっていることを予測していたからこそ、離れた場所からガラスを割ったのだ。戦闘中は1秒でも時間を無駄にできない。

 ケイスは事務室の中に入り、警戒しながら分電盤を探す。オフィス机の横に、鉄の扉を発見した。


「あったぞ!」


 ケイスは走って分電盤に近づくと、カービン銃を肩に掛け、右手を伸ばした。その伸ばした手に何かが絡みつく。吸盤が付いたゼブラ柄の触手だ。


「待ち伏せしてやがったな!」


 ケイスは直ぐに左手でベルトからナイフを取り出し、右手に絡む触手を切り裂いた。だが、触手は一撃では完全に切り離す事ができなかった。しかもナイフを持った左手にも別の触手が絡みつく。


「しまった!」


 ケイスが顔を上げると、埋め込み型エアコンに化けていたゼブラオクトパス・レディの姿が確認できた。しかし、銃を撃ちたくても両腕に触手が絡まっているので、腕をまともに動かす事すらできない。そればかりか新たな触手がケイスの首に絡みつく。蛸は全身が筋肉であり、締め付ける力はとても強い。しかも吸盤も有るので、力自慢の大人でも絡みついたら容易く外す事ができないのだ。

 首が締まり、ケイスの顔が徐々に赤く変色する。


「グッ……く、くそ……」


 ケイスは左手に持っていたナイフで、少しづつ触手を切り裂いていたが、突然身体に電流が走り、ナイフは手から離れてしまった。身動き出来ない上に感電攻撃が追い打ちをかける。


「ぐおおぉぉぉ……ま、まだ……まだ俺は負けるわけには……」


「諦めて下さい。残念ながら私の勝ちです。でも御安心を。このまま締めた後、貴方の遺伝子は私が確保します。全部……」


 ケイスはゼブラオクトパス・レディの言葉を気を失いそうな頭で聞いていた。

 完全に勝敗の行方が決まりそうに成ったその時、ベニーがポリタンクを持って事務室に入って来た。

 そしてポリタンクに入っていた液体を天井のゼブラオクトパス・レディにぶちまける。

 液体をかけられたゼブラオクトパス・レディは慌ててケイスを離し、天井のエアコンの穴に逃げ込む。

 ケイスは落ちる寸前に解放された。まさに間一髪だった。


「ゲホッ!ゲホッ!た、助かったぜ……ベニー!ありがとよっ!けど、何をかけた?奴が慌てて逃げたけど……」


「ヨッヨッヨッ、ただの水だヨッ!」


「水?」


 ベニーは持っているポリタンクを見せた。ポリタンクには『精製水』と書かれたラベルが貼ってある。ベニーはケイスが戦っている間に、純水の入ったポリタンクを1階ラボから持ち出して来たのである。


「浸透圧調節が出来ない蛸は、純水を嫌うんだヨッ。それに純水は、水槽に入っていた海水と違って電気を通しにくいからヨッ。そもそも蛸などの頭足類が、なぜ淡水で生息できるように進化しなかったのか!その理由を言うとだヨッ――」


 得意気に語るベニーを尻目に、ケイスは分電盤を開け、ブレーカーを下ろす。1階の灯りが一斉に消え、非常灯だけが灯った。


「行くぞ、ベニー!奴はまだ生きている」


「ヨッ……」


 銃を構えながら素早く事務室から出ていくケイスを、クーラーボックスを抱えたベニーが後を追う。

 外では右手が蟹のハサミで左手が事務用ステンレスハサミに成った受付嬢と、両手にトマホークを持ったヒットガイが戦っていた。

 ケイスはカービン銃の銃口をダブルハサミの受付嬢に向ける。

 一進一退の攻防を繰り広げる受付嬢とヒットガイ。ケイスも中々撃つタイミングが見つからない。そこでベニーは、空に成ったポリタンクを受付嬢に向けて投げた。受付嬢は反射的に後方に飛んで逃げる。


「ベニー、ナイスだ!」


 ケイスのカービン銃が火を噴いた。

 連射される弾丸を受付嬢は両手のハサミでガードするが、銃の威力に負けて全身穴だらけに成る。

 受付嬢の顔が割れ、再びゼブラオクトパス・レディが現れた。

 脱皮したての敵に、ケイスの弾丸とヒットガイの投げたトマホークが容赦なく突き刺さる。顔無き頭部から大量の粘液が飛び散った。


「エネルギーを使い果たしました。これ以上変態が出来ません。私の負けです」


 粘液塗れのゼブラオクトパス・レディは、あっさり負けを認め、そのまま力なく膝から崩れ落ちた。


「実は私達、痛覚が発達していない為に死の恐怖が今一理解できてないんです。それに私という個体が消えても、シケイダを初めとする沢山の私達がまだまだ居ますからね……でも、この先の展開を自分の目で見たかった思いもあります。ケイスさんの遺伝子……私が……欲しかった……」


 ゼブラオクトパス・レディの身体は完全に床に伏せ、そのまま動く事はなかった。

 勝利はしたが3人とも感電攻撃で満身創痍である。3対1で無ければ勝敗の行方は変わっていただろう。


「人間以外が人間の言葉を話すってのは、ある意味もっとも恐怖だな。感情もない徹底的な悪なら、罪悪感もなく簡単に退治できるのに……」


 そう言いながらケイスは空に成った銃の弾倉を取り替えた。

 ヒットガイがトマホークを拾いにゼブラオクトパス・レディに近づく。その時、天井から急に通り雨のような大量の水が降って来た。スプリンクラーが作動したのだ。


「ケイス!火、そこ迄来ている!」


 先程までの白煙では無く、黒煙が階段から上って来ていた。それを見たベニーが慌ててクーラーボックスを抱えて出入口の方へ向かう。


「ベニー!大事そうにしてるが、それが例の秘密兵器か?」


「ヨッ?ああ、これ?実はこれ、只の風邪のウイルスだァ。もう死んでるかもヨッ!」


「はあ?」

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