第20話

 リンナ達より先に別館に着いたケイスは、カウンターに受付嬢が居ない事に先ず気付く。サーマルスコープでロビー内や一階の部屋を調べるが、人間やモルティングマンらしき物は確認できない。受付嬢が巻き込まれていない事を祈りつつ、エレベーターは使用せずに階段で地下4階に向かって下りて行く。

 警戒しながら慎重に下りたが、地下3階まで何事もなく辿り着いた。階段の地下3階と4階の間の踊り場には、鎖が掛けられていたのだが、誰かが外した痕跡が見られた。ケイスの前に階段を使用した者が居るみたいだ。

 地下4階に辿り着き、廊下内をスコープで確認しながら前に進む。廊下を曲がった先の大きな部屋の前に人影が有った。ベニーでは無い。サブマシンガンを持ったその男にケイスは見覚えが有った。ケイスは姿を見せ、その男に叫んだ。


「お前さんは、確かブロックの助手だな!」


「そうだ!ロールズだ!ケイスさん、あんた1人か?」


「リンナ達がもうすぐ来る。その部屋の中には誰か居るのか?」


「室長とうちのチームの者が2名居る」


「ベニーは?」


「ベニー?ひょっとして、このスマホはベニーのか?」


 そう言ってブロックの助手のロールズは、液晶画面に大きなヒビが入ったスマートフォンをケイスに見せた。


「この部屋に入る為のカードキーと一緒に此処に落ちていた。誰かがB4で警報ボタンを押したので、俺達は急いでB1の室長のラボから駆けつけたんだ。そして落ちていたカードキーで中に入ったが、既に中には誰も居なかった」


「中で何か見なかったか?俺も入って確かめたいんだが……」


「……」


 ケイスとロールズは会話をしながらも、お互い銃を向けたままで有る。何時でも相手を撃ち殺せる体制だ。


「室長に聞いてみる。その間に少しでも動いたら、アンタが仮令たとえ本物の人間でも撃たせてもらう」


「私達も入室したいと伝えて下さい」


 ケイスの後ろからリンナとヒットガイも現れた。彼女達も階段を使って下りてきたみたいだ。


「分かった。待っててくれ」


 ロールズは扉の横のインターフォンで、中のブロックと会話をする。そしてケイス達の方を向いて頷くと、持っていたカードキーで扉を開けた。


「中でも銃は向けたままにさせてもらう」


「分かった。但し、こっちもだ」


 ケイス達が中に入ると、見張りのロールズは外のままで扉は閉められる。

 部屋の中では2人の助手がショットガンを構えており、その2人の真ん中には解剖用メスを持ったブロックが立っていた。

 ケイスは室内を見廻し、随分殺風景な部屋だと感じた。そして妙に生臭い磯の香りが鼻につく。

 ブロックがおもむろに、メスで自分の左腕を切りつけた。腕に赤い筋が走る。


「へっぽこポリスだけでいい。お前も人間の証を見せろ!」


 そう言われてケイスは左手でベルトから素早くナイフを取り出し、銃を握っている右手に浅い傷をつける。ケイスの腕にも赤い筋が浮かんだ。


「これでいいか?刈り上げ吸血鬼!」


「まあ、良いだろう。来な!」


 ブロックは後ろの大きな扉を開けた。

 ブロックが中に入ると、ケイス達は隙きを見せないように後を追う。

 そこで彼等が見たものは……。


「何だこれは?」


 ケイスの足元には床が無く、地面が剥き出し状態に成っていた。部屋一面が泥の状態で、泥の中には蜂の巣みたいに六角形に連なった土の箱が幾つも並んで埋まっていた。六角形の箱は一つが25インチ位の幅で、全部で百個ぐらい有る。そして、そのどれにもゼラチン状の膨らんだ蓋がされていた。


「中をよく見ろ!」


 言われてケイスは六角形の箱の中を覗く。半透明で分かりにくいが、よく見ると六角形の中には、ぐにょぐにょと蠢くゼラチン質に包まれた内蔵みたいな物が入っている。この部屋に有る百個全部にだ……。


「これは!奴等の卵か?この蜂の巣みたいな物はいったいなんだ?」


「パレオディクティオン……」


「なんだそれ?」


 リンナはその場にしゃがみ、手袋をした手で泥を触って調べながら説明した。


「5億年前の地層からも出てくる蜂の巣型の生痕化石の事です。深海に住んでいた生物の巣ではないかと言われてますが、どんな生物が、どのように作ったのかは全くの謎です。既に絶滅した生物の痕跡だと思われてましたが、近年でも深海の底で蜂の巣型を発見したとの報告も有ります。作った生物は今でも謎に包まれていますが」


「じゃあ、その謎の生物がモルティングマンだったのか?」


「見つかっている生痕化石に、こんな大きいサイズは有りません。ですが、モルティングマンの祖先がパレオディクティオンを作っていた可能性は有りますね」


「これ全部が卵ならどうするべきだ?」


「どうするも、こうするも無いだろっ!ぶっ飛ばすんだよっ!」


「なるほど。それで爆薬を仕掛けてたんだな」


 部屋の四隅には、ブロックが設置したと思われる遠隔操作型の即席爆発装置が置かれていた。


「お前、噂だけじゃなくて本当に爆薬抱えてたんだな」


「こんな時の為にな。俺はいつか、ラボごとダンの野郎をぶっ飛ばすつもりだったんだ」


「副所長を?お前、本当にノイローゼなんだな」


「あいつは、モルティングマンなんだ!!俺は奴が人間だった頃から大嫌いだったから分かるんだよ。奴は1年ぐらい前から突然変わった。ムカつくが、奴はもっと頭の良いやつだった。最近はへまばかりする馬鹿に成り果てている。モルティングマンがすり変わったからなんだ!」


「考えすぎだろ。ダンならこの間も指から血を流してたぜ」


「あの血は偽物だ!クソッ!絶対ダンの奴だ!モルティングマンの研究をする振りをして、ちゃっかり育ててたんだよっ!」


「いや、そんな馬鹿な。だいたい1年前なら奴等は反対側の大西洋側に……まさか奴等は元々は側に生息してたのか?」


「そういうこった!奴等は『大西洋側に生息している』と思わせる為に態と大西洋側方面ばかり攻撃してたんだよ。人間は、人間以外の生物は知能が弱く、本能で生きていると考えている。奴等はそれを利用したんだ。おそらくボスクラスの奴等は太平洋側で人間に化けてのうのうと暮らし、卵を産んで育ててやがったんだよ。政府も軍も奴等におちょくられてんのさっ!」


 ケイスはシケイダとの会話を思い返していた。そしてモルティングマンの狡猾さに改めて舌を巻く。


「実は私も彼が怪しいと疑ってました」


「リンナ……」


 リンナは爆発装置の火薬の量を調べていた。そして天井を眺めながら眉を潜めた。


「火薬の量が多いですね。これでは火災が起こり、上階に燃え移るかも知れません。上階は全てラボです。可燃性の液体やガスを沢山取り扱っています。下手をすれば建物ごと大爆発を起こしますよ」


「良いんだよ!それが狙いだ!」


「専門家を呼び、適量を計算してもらう方がベストです。卵の処理は軍に任せましょう。私達は一刻も早く別館ここから出るべきです」


「いや、待ってくれ!まだベニーが――」


「ベニーなら、この上の私のラボに隠れています。ここに来る前に監視室に電話し、教えてもらいました」


「なんだよ!それ、先に言ってくれよ!」


「但し、それが本物のベニーかは、確証できませんが」


「……」 


「地下4階には何故か監視カメラが有りません。1年前に『必要ないから』とダン教授が全て取り外したそうです。だから監視員も、階段側から逃げるように3階ラボへ入室したベニーの姿しか見てないそうです」


「なるほど。地下4階の監視カメラを撤去したダンは益々怪しいって訳か。ベニーは今もラボに隠れて居るのか?」


「確認してみます」


 リンナが監視室に電話をしている間、ケイスは他に怪しい人物が居ないかをブロックに聞いてみた。そこでブロックの口から意外な人物の名を聞く。


「本当か?!それは?」


「ああ、だから俺はそこの『政府の犬』のお嬢ちゃんも疑っていた。全員グルだと思って纏めて殺すつもりだったんだ」


「まずいです。繋がりません」


「何っ?!」


 リンナが珍しく焦った表情をしている。

 よっぽどの状況だ。


「監視室もオフィスルームも何処も電話に出ません。逃げたのなら私達に一報が入るはずです。これは非常事態です。すぐに軍に来てもらいましょう」


「ジェミー……」


 その時、大人しくしていたヒットガイがいきなり背中のトマホークを取り出した。

 そして入口の方を睨む。


「どうしたヒットガイ?!」


「何か、居る……強き奴……」

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