第14話

 拳銃を取り出したケイスは数歩下がり、間合いを取る。会話をしてきたという事は、直ぐに襲ってこないという判断だ。ケイスはブロンドにどうしても確かめたい事が有った。


「ケイスさん。やっぱり東海岸から来たケイスさんでスね。探しテました」


「俺は探しまわるぐらい美味しそうなのか?ひょっとしたら東海岸産は脂がのってて美味うまいのかな?ブロンドはグルメなんだな」


「ブロンドは美味しイですか?」


「ブロンドはお前の名前だよ!!」


「違いマす。名前はノゾミさんでス」


「お前ら化け物のくせにイチイチ名前に拘るんだな!」


「ケイスさん。迎えニ来ました。行きマしょう」


「シケイダの所にか?それとも地獄か?どちらにしてもお断りだ。そもそもお前はシケイダとは別の個体なのか?」


「シケイダは美味しイですか?」


「……悪い。俺はシケイダを食べた事はまだない」


 シケイダとも噛み合わなかったが、ブロンドとの会話は更に噛み合わなかった。ブロンドが最近会話を覚えた為なのか、それとも最初から其処までの知力が無い為なのか、ケイスには分かりかねていた。


「お困りですか?ケイスさん」


「リンナ!どうしてココに?」


 声がかかった方を見ると、腕組みをしたリンナと震えながらアサルトライフルを構えたジェミーが立っていた。


「ジェミーと車で買い物に出掛けようとした所、ケイスさんが若い女性を軟派ヒットオンしている所を見かけたもので」


「そうなんだ。助けてくれ。軟派ヒットオンしたのは良いが、英語が通じないんだ。どうやら海の底から遊びに来た旅行者らしい」


 リンナは一歩前に出て、ブロンドに問いかけてみた。


「こんにちは。私を覚えていますか?」


「旅のお方でスか?」


「いいえ。私はリンナと言います」


「こんにちハ、リンナ。隣りの方は、旅のお方でスか?」


「ア、ア、アタシはジェミーです」


「こんにちハ、ジェミー」


「こ、こ、こんにちは……な、何もしないで下さいね。な、何もしなかったら撃ちませんから……」


 ジェミーは全身が震えている為に銃身がぶれまくっている。見かねたリンナが声をかけた。


「ジェミー、しっかりしなさい。ケイスさんは短銃です。ブロンドが飛び立ったら貴方のライフルでないと弾が届きません」


「だ、だったらミネハタ博士がライフルを持って下さいよ。な、何でこんな重い銃をアタシが……」


「貴方も一人で闘えるように成りなさい。でないとモルティングマンが大群で攻めてきたら誰も助けてくれませんよ」


「わ、わ、分かりました」


 ブロンドは興味ありげな様子でジェミーの方をマジマジと見ていた。そして指を指して聞いてきた。


「それは美味しイですか?」


「ヒイイィィィ!!ア、ア、アタシは美味しくないでーす!!」


「ブロンド!食べるなら俺にしろよ。その前に教えてくれ!どうしてお前は俺が東海岸から来たのを知ってた?」


「ずっト一緒だったから」


「はあ?」


「ノゾミさん、ケイリーとずっト一緒。だからケイスさん、ノゾミさんノパパさん」


「おい!それはどういう意味だ?!どうしてケイリーを――」


「あっ!アレ、ノゾミさん食ベる!」


 そう言うと突然、海側を見たブロンドの背中が綺麗に割れた。

 そして背中からは両手と髪型が翼の形をした、まるでハーピーみたいな姿に変態したブロンドが出てきた。


「きゃああああぁぁぁあああ!!キメラのモルティングマン!!」


 変態したブロンドの姿を見たジェミーは、ライフルを投げ捨て、そして頭を押さえながら蹲ってしまった。


「何をしてるんです!ジェミー!」


「クソっ!!」


 ケイスは慌ててリボルバーで銃弾を放つも、ブロンドは頭と手の合計4枚の翼を羽ばたかせながら空中に飛び上がり、猛スピードで海の方へと向かっていってしまった。その方向にはパラセーリングで遊んでいる若者達がいる。


「まずい!!」


 ケイスはジェミーが放り出したライフルを拾い、海に向かって走った。

 ブロンドはパラシュートを背負った若者に近付き、何かを喋っている。どうやら又「旅のお方でスか?」と聞いてるようだ。

 パラシュートを背負った若者は大声で助けを乞い、モーターボートを運転する若者は慌ててウインチを引き戻している。

 ケイスは浜まで来ると、アサルトライフルを構えた。強い浜風を計算しないといけないので、かなりの腕前が必要に成ってくる。下手をするとパラシュートの若者の方に当たってしまう。ケイスは慎重に照準を定めた。

 ブロンドは急に若者から離れると、羽ばたきながらのホバリングを行ない、華やかなパラシュートの中へと入って行く。そしてパラシュートを内側から少しづつ噛り食べ始めた。まるでハチドリが花の蜜を吸っているかのようだ。大きさはまるで違うが。

 若者から少し離れたのでケイスは照準を定めやすく成った。ウインチはだいぶ戻されているので、海に堕ちても若者は助かるだろう。

 ケイスはブロンド目がけて引き金を弾いた。

 弾は惜しくも外れたが、鼻先を通って驚いたブロンドはパラシュートから離れ、そのまま海原の方へと飛んで消えて行く。


「あー、クソッ!また逃しちまった!リンナ!湾岸警備隊に連絡は?」


「既にこちらに向かってますが、間に合わないでしょう」


 パラセーリングをしていた若者達が、ボートの上からケイス達の方に向かって手を振っていた。全員無事だったのは何よりだ。ケイスは胸をなでおろした。


「あ、あの……ブロンドは?」


 リンナの後ろから申し訳なさそうにジェミーが現れた。まるで真冬の屋外を半袖姿で放り出されたかのように、全身がガクガクと震えている。


「逃げました。ジェミー!銃を放り出すなんて、貴方は何を考えてるんですか?あれでは闘う事も逃げる事も出来ません。貴方は生き残りたくないのですか?」


「す、すいません!ア、アタシ……」


「まぁまぁ!犠牲者が出なくて良かったぜ。ブロンドは又そのうち俺に会いに来るだろう」


「あ、あのケイスさん……アタシ、少し気に成った事が……」


「ん?何だ?」


「ブロンドは自分の事を『ノゾミ』だと言ってましたよね?」


「ああ。そう言ってたな」


「『ノゾミ』が、もし日本語だとしたらホープというような意味です。新幹線の名前にも有ります。そして『ウィッチーズ・メッセンジャー』の主人公の名前が『ノゾミ』です」


「あっ!そうか!確かにそうだな。でも、あのアニメの主人公は東洋人で黒髪だけどな」


「そうなんですが、主人公の魔法少女ノゾミは、国の王女に頼まれ、敵のエイリアンを倒す為の仲間を集める旅をするんです。空を駆け巡り、修行の旅をしている勇者達を探す。そして、それらしい人を見かけたら『旅のお方ですか?』と聞くんです。それが口癖なんです」


「ああ、なるほど。ブロンドはあのアニメを何処かで見て言葉を覚えたってことか」


「それから、もう一つ気に成った点が……ブロンドの声です」


「声?」


「そうです。モルティングマンは姿形だけでなく、擬態した物の声や音をちゃんと真似るんです。アタシ、ビデオを見ましたがシケイダも流暢に喋っていました。けど、ブロンドは他のモルティングマンに比べたら、何処かぎこちない喋り方です。声自体も変です。何て言うか……そう!電子音で作られた機械的な音声のような気がします」


「そう言えば……」


 リンナも何かを思い出したようだ。


「前に見たブロンドはヌードでしたが、なぜかニップルや性器が見当たりませんでした。通常のモルティングマンが人間型に変態した時は服ごとコピーをします。そして、服を脱いだとしても性器部分までしっかりコピーしてあるんです」


「あれ?そうだったけ?ボディーペイントしてたから、よく見えなかっただけじゃないのか?」


「あの距離でしたから見間違いは無いでしょう。コピーミスをする個体も居ますから、特に気にはしてませんでしたが……それに目も気に成ります。瞬きもしないし、瞳も動かない。まるで人形のようです」


「人形……」


 ケイスはブロンドが道路端に残していったブルーワンピースを纏った一枚皮を見つめた。そして、ある物が脳裏に蘇る。


「あああああぁぁぁあああ!!思い出したぞっ!!」


「どうしました?ケイスさん?」


「ジェミー!スマホ持ってたら貸してくれ!」


 ケイスはジェミーからスマートフォンを預かると、『人形』『AI』『トーク』などのキーワードを入れて検索を始めた。


「画像とか残っているかな……よしっ!有ったぞ!これだ!見てくれ!」


 ケイスはリンナとジェミーに画面を見せた。

 そこには『AIガールフレンドール』という人形が映し出されている。

 青い鍔広帽子、青いワンピース、鮮やかな虹色の瞳、そして煌く薄金色の長い髪……その姿は……。


「ブロンドにそっくりですね」


「もう4年も前の話だ。娘の7歳の誕生日祝いに、この音声機能が付いた人形を買ってプレゼントしたんだ。初めて会った時のブロンドが裸だったせいで思い出せなかった」


「あっ!アタシ、この人形を知ってます!確かこの人形は名前を付けたら、その名前を自分の名前と認識するんですよね?」


「そうだ!そして娘のケイリーは、この人形に自分の好きなアニメの主人公の名前を付けたんだ。『ミス・ノゾミ』ってな!」







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