ブロンドの正体

第13話

「あれ?ヒットガイは?」


 オフィスルーム内では、リンナとジェミーが机を埋め尽くす程の大量の資料と睨めっこをしていた。いつもリンナの側でガードをしている髭面男の姿が今日は見当たらない。


「ヒットガイさんは馬の散歩を兼ねてのパトロール中です」


「そうか。なら俺もパトロールに出かけるか」


「待って下さい、ケイスさん。ひとつ注意させていただきたい事があります」


「何だ?サボりに行くわけじゃないぞ」


「そうじゃ有りません。貴方、また朝食を残しましたね。ちゃんと栄養バランスを考えた食事を用意しています。全部食べて下さい」


「いや、悪いが俺の口に合う物が少ないんだ。特にあの四角い物体は何だ?デザートのアイスクリームだと思って口に入れたら、スポンジみたいでビックリしたぞ!」


「日本のスーパードライフードの高野豆腐です。免疫力が向上する良質のタンパク質や、生物が生きる為に必要なミネラルが豊富で、しかも長期保存が可能です。食べない理由が見つかりません。態々日本から取り寄せているのに失礼ですよ。モルティングマンと戦う為に健康な身体を維持しようとは思わないのですか?」


「いや、だったらプロテインサプリを飲むから、あのスポンジだけは勘弁してくれ」


 リンナは机の上のデータ用紙の1枚を手に取り、ケイスに向けて見せた。


「モルティングマンに新たな共生細菌が見つかりました。イデオネラ・サカイエンシスのようにプラスチックを分解できるバクテリアです。モルティングマンは深海の過酷な環境を生き抜く為、プラスチックまで食べれるよう進化したんです。好き嫌いせずに何でもエネルギーに変える。敵ながら生きる執念に感服致します。この点でも人類は生物として負けているんです。悔しいとは思わないんですか?」


「俺にプラスチックを食べろって言うのか?」


「そうじゃ有りません。ジェミー!笑ってる場合じゃ有りません。貴方も食事を残しすぎです。2人共、今度朝食を残したら反省文を書いて貰います」


 とばっちりを受けたジェミーに詫びを入れながら、ケイスはこれ以上のリンナの責めを回避するかのように、その場をそっと去ろうとする。

 それを見て、リンナは変わらぬ淡々とした口調で逃げるケイスに声をかける。


「何か有ったら一人で深追いせずに連絡を下さい。シケイダは他の人間に化けて接触してくる可能性も有りますのでご注意を」


「ああ、分かってるよ」


 ケイスは何時ものようにショルダーホルスターに、リボルバーとオートの二丁の拳銃を入れ、腰にナイフなどを仕込んだタクティカルベルトを巻く。準備を整えて出掛けようとした時、ベニーが何やら大事そうに銀色の保冷バッグを抱えて室内に入って来たので、気になって尋ねた。


「おっ!それは何だ!どうやらスポンジのアイスクリームでは無さそうだな。何か面白い物か?」


「ヨッヨッヨッ!さすが兄さん!鼻が利くねぇ。これはオイラ達の研究成果だよぉ。まだまだ試作段階だけどよぉ」


「何だよ!どんな秘密兵器だ?隠さずに教えてくれよ」


「ヨッヨッヨッ。本当の事を言うとだヨッ。実はスーパーコンピューターが計算した――」


「ベニー!黙りなさい!」


「ヨッ!」


 リンナの一声でベニーは直立し、口をつぐんだ。ケイスは詰まらなさそうな顔をしたが、ベニーは無言で首を振り、変顔を作りながらこれ以上喋ったらリンナに何されるか分からないアピールをした。その変顔を見たケイスは笑いながらベニーの肩を叩き、「行ってくる」のハンドサインを送ってからオフィスルームを後にする。


 ケイスがシケイダと接触してから一週間が経っていた。特に変わりなく日常は続いている。変わった事と言えばモルティングマンの目撃者が噂を広めた事で、街を離れる人が増えたぐらいだ。


 研究所の敷地から出たケイスは、少し人通りが減った街を一人で歩きながらパトロールをしだす。

 海が見える広い湾岸通りに辿り着くと、心地よい潮風を浴びながら軽く背伸びをした。

『パキパキ』と関節が音を鳴らす。緊張状態が続く毎日だったので、ケイスの肩はすっかり凝っていた。いざという時の事を考え、身体が硬くならないよう、ケイスはその場でストレッチをやりだす。そしてそれは、ケイスが念入りに足の屈伸運動をしていた時の事だった


「ウイぅ、ウイぅ、ウイぅ、ウイぅ、ウイザード!お空を旅するウイザード!」


 前方から歌声が聞こえて来た。

 やけに楽しそうな歌声だ。

 見ると前方の浜で海に負けないぐらい真っ青な鍔広帽子を被り、鮮やかなチュールレース付きのブルーワンピースを着た少女が腰を振りながら歌に合わせて踊っている。

 その歌にケイスは聞き覚えがあった。

 懐かしさが胸に込み上げてくる曲だ。

 ケイスは思わず親近感がわき、少女に後ろから近付いて声をかけた。


「こんにちは!お嬢ちゃん!ご機嫌だね」


「こんにちハ。ハイ、嬉しいんデす」


「その歌!『ウィッチーズ・メッセンジャー』の主題歌だろ?俺の娘が大好きで、毎日歌うもんだから耳にこびりついてんだ。お嬢ちゃんもあのアニメが好きなのか?」


「ノゾミさんハ好キです。パパさんモ好きです」


「何だ?親父さんもアニメが好きなのか?娘さんにだいぶ感化されてんだな」


「ハイ。ノゾミさんのパパさん、ケイスさん。やっぱりケイスさンがパパさんだっタ」


「……今、何て言った?」


 少女は振り向きながら鍔広帽子を取った。

 薄金色の艷やかな髪が振り乱れる。

 帽子で隠れていた顔が、はっきりと露わになった。

 輝くまなこは、まるで生気が宿ってないかのように全く動かないが、その薄い唇は明らかに笑みを作っている。

 瞳以外からは感情が読み取れる。

 彼女からは確かに喜びのオーラが漂っていた。

 だが、それは果たして人間と同じ性質の物なのだろうか……。


「旅のお方でスか?ケイスさん」


「やっと服を着る事を覚えたんだな。変態女ブロンド






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