第8話

 机の上のモニター画面が、世界地図に変わった。

 所々が赤や黄色に塗り潰されている。

 ケイスはそれを見て苦虫を噛み潰したような顔に成った。

 大陸を横断してきた彼には、その印の意味が説明が無くとも理解できたのだ。


「黄色がモルティングマンの目撃例が有った場所で、赤がモルティングマンにより壊滅された都市です。南北アメリカ、ヨーロッパ、アフリカと、主に大西洋側の海沿いに偏っている事がお分かりに成ると思います」


「なるほどね……アジア、オセアニアは殆ど被害が出て無いのか……確かに、こうして地図で見ると奴等は大西洋沖から来たように思えるな」


「深海にはハオリムシやシロウリガイのように消化器官を持たず、共生細菌から有機物を得る生物が存在します。モルティングマンの先祖も元々はこれらに似た感じの生態で、熱水噴出孔付近に生息していた生物ではないかと推測されてます。モルティングマンの先祖のアーケゾア生物が、何時ごろからコラーゲンを利用した多細胞生物に成ったかは解りませんが、モルティングマンにまで進化したのは恐らく最近の事でしょう」


「こいつ等、何で地上に上がって来たんだ?そのまま海底に引きこもってりゃ良いのに」


「彼等の環境に何か変化が有ったのでしょうね。環境の変化が彼等を動かし、深海から地上に近づくにつれ、他の生物を食して有機物を得る形に進化したと思われます。その間に独自の能力も身につけたのでしょう。あの他生物の遺伝子を食作用でコピーする変態メタモルフォシスは、真核生物とは違う生物だったからこそ身に付けれた能力だと思います。『科学者泣かせ』としか言いようの無い能力です」


「環境の変化ねえ……まてよ!それって人間が関係してるんじゃ?」


「断定は出来ませんが、十分考えられます。その理由は彼等の行動です」


 モニター画面は切り変わり、破壊された各都市が映し出される。

 ケイスが何度も見て来た光景だ。


「彼等は普段、単独か数体の群れで行動します。群れの数は様々ですが、多くても30体ぐらいです。ですが大きな都市を襲う場合は示し合わせたかのように、何処からともなく大量に集まって来ます。彼等は人間や人工物に擬態できますので正確な数字は把握されてませんが、都市を襲う場合は大凡数万から数十万の個体が集まって来るそうです」


「どうやって連絡しあってるのかも気に成るが、なぜ徹底的に街を破壊するかだな……」


「最初は街を破壊した後、彼等は自分達のコロニーを作るのではないかと思われていました。ですが彼等は街を徹底的に破壊した後は散り散りに去って行くのです。軍は市民の避難が完了した後に空から一斉爆撃を開始しようとしたところ、到着した頃には一匹もその地から居なくなってるので途方に暮れたそうです。彼等は擬態ができるので破壊工作だけでなく、逃げるのも得意なんです。人間に化けて逃げてる可能性も有るそうです」


「人間の姿をしてたら軍も逃げ遅れた市民だと思うわな。完全に人間の行動が読まれてる。さっきのタコと同じで、人間を天敵だと認識しているし、次にどう動くかも分かってらっしゃる。本当に厄介な奴等だ」


「そうなんです。彼等の破壊活動は、工場排水や合成樹脂などを深海に放つ人間を敵と認識しているからこその行動なのかも知れません。だから都市破壊だけでなく、地下の電線や水道管などのライフラインも常に破壊して廻っています。人間の環境破壊が彼等の生態や進化にどれほど影響したのかは現在研究中ですが、全く無関係では無いでしょう。でないと、人間の都市を集団で襲う理由が解りません。食事だけなら、わざわざ地上に上がらなくても海に居れば十分だと思いますから」


「人間に対する復讐かも知れないのか……奴等を変態モンスターに変えた原因が、人間の起こした環境破壊のせいなら自業自得ってやつかな」


「もし、そうだとしたら?」


「自分で蒔いた種は自分で刈らないとな」


「良い心掛けです。では次に先程ケイスさんは、『なぜ彼等は会話出来ないのか?』と言われてましたね」


「ああ、そんなに頭良いなら何でオウム返ししか出来ないのか不思議だ」


「あれはフェイクだとしたら」


「フェイク?」


「これから話す事は必ず外部に漏れないようにして下さい。民衆に知れ渡ると疑心暗鬼を生じて更なるパニックを引き起こす危険性が有りますので」


「わかった」


「では、これをご覧下さい」


 画面は動画に切り替わる。

 いきなりスピーカーから怒号と銃声が鳴り響いた。

 映像は地面を映したり空を映したりで、焦点が合わないほど目まぐるしく変わるから、まともに見てたら酔いそうに成る。よく見ると画面には時々複数の人間が映り込んでいた。どうやら軍服を着た軍人みたいだ。


「これはフランス軍の隊員が死ぬ間際に撮った映像です。聞こえたか分かりませんが、『レイノルズ大佐がいきなり変態した』と近くの隊員が叫んでいます」


「えっ?どういう事だ?」


 リンナは映像を止めた。

 そして真ん中のある一点にズームアップしていく。

 そこには奇妙な生物が映っていた。

 本当に生物か疑いたく成る生物が……。


「何だこれは?」


「分かりにくいかも知れませんが、この人間は右腕がアスプクサリヘビと言う毒蛇で、左腕が武器のモーニングスターに成っています。。つまり3種嵌合体スリータイプキメラのモルティングマンです」


「なるほど。キメラがその大佐に化けたのか」


「そうです。そしてこのレイノルズ大佐はこうして正体を現すまでは、普通に会話をしながら軍事練習をしていたそうです」


「なんだと?」


「練習中、怪我を負った時に血が流れなかったので、不信に思った隊員が問い詰めた所、正体を現したみたいです。この後、この大佐に扮していたモルティングマンは70人の兵を殺したのち、手足が軍事用マルチコプターのようなプロペラに成って飛んで逃げて行ったそうです」


「おい!そいつは、ひょっとしたら何ヶ月も前から大佐に成り済ましていた可能性が有るのか?!」


「そういう事ですね。彼等は普段会話を出来ないフリをしているのかも知れませんし、キメラに成ると会話が出来るように成るのかも知れません。どういう過程でキメラに成るかは、まだ解ってませんが、もしかしたら月日が経ち、成長したらキメラに成るのかも知れません」


「……だとしたら、今俺達が闘っている多くのモルティングマンは幼虫で、これからドンドン成長した厄介な嵌合体キメラが増えて行くってことか?」


「かも知れません。そしてこの映像のように軍人に化けて軍事兵器をしょくしていくかも知れません。今はまだ、バイクに化けても走る事は出来ませんし、冷蔵庫に化けても冷やす事は出来ません。ですが、そのうちキメラ化が進み、漫画みたいに腕がレーザー銃に成ったモルティングマンが現れ、実際に撃てるように成るかも知れませんね」


「おいおい!それどころか、国の要人に成り済まされたら軍の作成が筒抜けだし、核兵器とか使われたらお終いじゃないか!」


「そうですね。さて、ケイスさん。ヒットガイさん。ここ迄お聞きに成って心変わりは有りませんか?」


「心変わり?」


 リンナは椅子に座り、カバンから書類を出した。そして二人を強い眼差しで見つめる。


「お聞きに成ったとおり、現在人類は未曾有の危機に立たされています。モルティングマンはこうしてる間にも街を破壊しながら、信じられない速度で進化をしています。一刻も早く彼等を絶滅させないと、人類の方が先に絶滅するでしょう。ですが現代人には闘えない人が多いです。これは仕方ない事で、闘えない人を無理に闘わしても相手が相手ですから悪戯に死人を増やすだけです。しかし私は御二方は闘える人だと思ってスカウトしました。正直私の助手に成るって事は、死ぬ確率が高くなるって事です。それを承知して、どうか私に力を貸してください。モルティングマンは、もしかしたら人間の科学が産んだ副産物かも知れません。だとしたら尚更人間の科学で倒さないといけないのです。でも、無理だと思われたら咎めません。お二人の採用は無かった事に致します」


 ケイスとヒットガイは顔を見合わせた。

 そして二人とも首を傾げた。


「何かと思えば。今更何言ってんだ?俺は一年前から奴等と闘いながら旅をしてたんだ。何度死にそうに成ったと思う?んな話を聞いただけで、腰が引けると思ったか?だいたいアンタの助手に成った方がこうして奴等の情報が手に入るから、逆に生き延びる可能性が上がるじゃねえか」


「我もだ。村の者達の復讐にはスキンウォーカーの情報必要だ」


「ヨッヨッヨッ!お二人共、勇敢だねぇ!頼もしい仲間が増えて、オイラも心強いよ!」


 ベニーは立ち上がり、二人の肩を抱いた。ヒットガイが少し嫌そうな顔をしたので、それに気付いたベニーは戯けながら直ぐに手を離し、顔を窄める変顔をした。


「ありがとうございます。では正式に契約しますので、サインをお願い致します」


 二人はリンナに差し出された契約書にサインをした。

 サインをしてからケイスは口笛を吹きながら契約書に目を通す。


「だいたい俺は長旅で貯金を使い果たしてたからな。金が必要だったし……あれ?これ、言ってた金額より少なくないか?」


「我もだ」


「家賃と食事代は給与から天引き致します。この御時世ですから食料品の値が高く成っておりますので、ご了承ください。ヒットガイさんは、馬の食事代も引かせていただきます」


「クソッ!命張ってこの金額か!契約書ちゃんと読んでからサインするんだった」


「我が先祖の教訓だ。白人は騙すので、契約する時は気を付けろ」


「ヒットガイさん。私は日系人ですよ」

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