第7話
【関係者以外立ち入り禁止】と書かれたスタンド看板を無視し、四人は無人の長い廊下を靴音を鳴らしながら奥へと進む。
この建物に入ってから四人は入口の受付嬢以外とは誰ともすれ違っていない。
やがて四人は横幅4ヤードは有る大きな搬送用エレベーターの前に辿り着く。
エレベーターの中に入ったリンナがB3ボタンを押すと、四人を乗せたエレベーターはゆっくりと下降した。
謎の生物が待つ暗くて冷たい地底へと……。
「ここは地下4階まで有るのか?」
「ヨッヨッヨッ、B4はまだオイラも行った事ないなぁ。地下は研究所のスタッフでも、ほとんど入る事がないんだよぉ。幽霊が出るって噂だよぉ」
「私もB3以外はまだ行った事が有りません。この別館には私の他に、副所長のダン教授や室長のブロック博士のラボが有ります。B4にはラボは無く、使わなく成った器具の倉庫に成っているそうです。そもそも別館は職員でも普段は近寄らないよう警告が出されていますので。勿論モルティングマンが監禁されてるからです」
エレベーターの扉が開き、四人は無人の階に降り立つ。
廊下を歩くと先程よりも遥かに靴音が響いた。
階は不気味なほど静かだ。
ココに生きた生物が居るとは、とても思えない。
「ガードマンも居ないのか?モルティングマンが逃げたらどうするんだ?」
「モニターで24時間監視しています。配置したガードマンに変態されても困るし、モルティングマンが監禁されてる事は機密事項ですから」
「
「その為に昨日、臨時のボディーガードを雇いました」
「うむ」
トマホークを背負った全身デニムの巨漢が頷いた。寡黙で何を考えてるか今一わからない男だが、その実力はケイスも一目置いている。
「ヒットガイさん。研究材料ですので何か有っても出来るだけ殺さないようにお願い致します」
「我、了解した」
厳重に閉まった扉の前に立ったリンナは、無線で監視室に連絡を入れ、中の状況を伺った。そして受付から預かったカードキーを通し、十五桁の暗証番号入力と指紋認証を行なう。
「ケイスさん。ヒットガイさん。中に入ったら、しっかり私とベニーを守って下さいね。私達が殺されたら暗証番号を知らない貴方達は、閉じ込められて逃げ場を失いますので」
「監視カメラの場所を教えといてくれ。閉じ込められたら監視員に投げキッスを送るよ」
「ヨッヨッヨッ、そんな事したら建物ごと爆破されるよ。なんせブロック博士は自分のラボに爆発物を仕込んでるって噂だから」
「さっきのイカれた刈り上げ野郎か?奴なら本当にやりかねないな」
扉が開き、四人は部屋の中に入る。
部屋の中央には白い机と大きなモニターが置かれ、右の壁側には薬剤や実験用具が入った棚、左側には顕微鏡やパソコンなどが配置されていた。無人だが、特に変わった所の無い
「モルティングマンは何処だ?」
「向こうのクリンルーム内です」
入口の向こう正面側は壁の上半分がガラス張りに成っており、右横にエアーシャワー室へと続く扉も見れた。
そして透明ガラスの向こうには、金属の箱が幾つも並んでいるのが見れる。それ以外は何かの装置だけで、動く物は見当たらない。
「何だ?奴等は金庫に化けてるのか?確かに泥棒退治には、うってつけだ」
「あの
「何だ、そういう事かよっ!」
「生きた細胞ですので油断は禁物です。何しろあの細胞は、300度の高温やマイナス100度の低温にも耐え、培養器内の酸素濃度を1%にしても生きていましたから」
そう言いながらリンナはモニターのスイッチを入れ、パソコンのキーボードを打ちだした。
「これがその培養器に居る彼等の姿です」
モニターには何やら不思議な物が映し出されている。
それは人類が今まで研究してきた生物学では、決して有り得ないはずの物だった。
「……顕微鏡で見た
「はい。お分かりの通り、一つの細胞膜の中に核が八つ有ります。そして、それぞれに異なる遺伝子が入っています」
「なるほどね。他の生物に化ける為に設計図ごと盗んだんだな」
「多核体の生物は他にも存在しますが、あくまで自身の細胞核です。多細胞の動物が免疫反応も起こさず、他生物の細胞核を細胞膜内に簡単に取り込むなんて、本当は有り得ない話なのです。しかも、この生物は異種生物の細胞融合だけでなく、遺伝子組み換えを細胞内で一瞬で行なっているのです。そして更に驚くべき事は、この細胞の中にはミトコンドリアが存在していない事です。このような真核生物をアーケゾアと言います。因みに細菌、古細菌などの小さな原核生物にはミトコンドリアは存在しません。ですが、モルティングマンは明らかに複数の細胞からなる大きな多細胞生物です」
「あれ?ミトコンドリアって酸素をエネルギーに変えるとかで、大きい生物には必ず必要なんじゃ無かったか?」
「単細胞生物の中にはミトコンドリアを持たない物も存在しますが、呼吸を必要とする多細胞生物には絶対不可欠な存在です。一部ミクソゾア門の寄生虫などに例外の報告も有りますが、それらもミトコンドリアの退化の痕跡が認められます。細胞内でのミトコンドリアとの共存は、我々人類を含めた真核生物の特徴でも有るのです。モルティングマンの細胞内には植物が持つ色素体も無いので光合成も出来ません。では、どうやって大きなエネルギーを得て動いているのでしょうか?」
「気合か魔法だな」
「ジェミーが喜びそうな答えですね。正解は、この部分を見て下さい」
そう言ってリンナはモニターに映る細胞の一つを指した。
「見た事の無い細胞内小器官です。そしてこの小器官は独自のDNAを有していました」
「見た事無い?やっぱりコイツ等エイリアンじゃないのか?宇宙から細胞だけやって来て、人間に寄生したのでは?」
「宇宙から隕石に乗ってやって来た可能性も否定出来ません。ですが私はゲノム解析を行い、この小器官がある現存するバクテリアに近い事に気付きました。それはガンマプロテオバクテリア網で、特に硫化水素や金属を分解してエネルギーに変える化学合成栄養生物に近いのが分かったのです。この事からこの細胞内小器官は、モルティングマンの細胞内に古くから共存していたと思われ、酸素以外からエネルギーを作る役割をしていたと思われます。つまりこの器官は私達、真核生物のミトコンドリアのような役割をしているのです。それ以外にもモルティングマンの体内からは、鉱物や人工物をも分解できる新種の共生細菌が多数見つかっています。これらがモルティングマンの体内での解体と構築に協力をして、異常なスピードの代謝を生んでいるようです」
「……すまん。途中からチンプンカンプンだ。つまりコイツは宇宙から来たエイリアンでは無いのか?」
「おそらく。あくまでも私の仮説ですが、この細胞の研究からはモルティングマンは
「20億年前?何でそんな昔から居るのに今まで見つから無かったんだよ!?」
「私達の先祖の真核生物は
「んー……でもミトコンドリア無しでは大きな多細胞生物には成れないんだろ?酸素を活用しないとエネルギーが足りないんじゃねえ?だいたい今まで何処に隠れてたんだよ?地球上の何処にでも居る人間様に見つからない所なんて……」
「絶対に人目に触れない場所が存在します。まだ人類が5パーセントしか理解していないと言われる場所です。其処は全生物の故郷でも有り、そして其処には酸素も光も殆ど届きません。だからミトコンドリアや葉緑体と共存しなかったのかも知れませんね」
「ん?あっ!!ま、まさか……」
「そうです。海の底、深海です」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます