研究所
第6話
この街特有の風が、潮の香りを優しく運んで鼻腔をくすぐる。ケイスの目には太陽光の反射で煌めきながら揺れる
「さすが港町だな。船が沢山往来している」
「ですが貿易は1年前の100分の1程度に成っています。特に海外との交易はほとんど行なっておりません。モルティングマンは海洋生物にもメタモルフォシスしますから、航海中の大型タンカーなんかは餌場に成ってしまいますので」
「海も奴等の物か……安息の地は無いのか……」
それでも海岸には若いカップルや家族連れが何人か見られ、マリンレジャー等をしながら楽しそうにしている。皆が生きてる喜びを噛み締め合っているかのようだ。確かに海中から、いつ
「今まで街で暮らしてた時は、野生生物なんて恐怖の対象に成らなかったのにな。むしろ野生生物は守らなきゃいけない、愛着有る物だった……いや、やっぱり俺は奴等を野生生物とは認めたくねえ。ただの化け物だよ、奴等は」
「人間は沢山の野生生物を滅ぼして来ました。その報いが来たのかも知れません」
「奴等は人間だけじゃなく、他の生物も食うんだろ?だったら全生物の敵じゃねえか。他の生物の為にも俺は闘うぜ」
「有難う御座います。今の言葉、これから会う研究所の皆に言ったら喜ぶと思います」
車は海岸沿いから少し離れ、大きな建物が並ぶ敷地内に辿り着く。立派な建造物へと続く表門には【西海岸生物科学研究所】と書かれた石銘板が建てられていた。リンナの務める研究所名である。
研究所本館入口前には、数人の男女が既に出迎えに来てくれていた。
「やあ、こんにちは。話は衛兵から聞いている。ケイス君にヒットガイ君だね。わしがこの研究所の所長のアルバートだ」
きっちり整えた白髪に銀縁眼鏡。如何にも聡明そうな老人教授が自己紹介してきた。
ケイスが所長達と握手をしていると、後でヒットガイの怒鳴り声がいきなり響く。
「おい、貴様何してる!我の馬だ!」
「一応の血液検査だ。ほんの少し頂いただけだから死にはしねえよ。もし奴らの細胞が見つかったら、ぶっ殺すがな」
白衣は着ているものの刈り上げオールバックでスカーフェイスの粗暴そうな男が、採りたての血が入った採血管を振りながら答えた。
「室長のブロックだ。お前らも血液採取をさせてもらうぜ」
「悪いが健康だよ、吸血鬼さん」
「我、拒否る」
「そうはいかねーよ。てめーら顔が信用ならねえ。
「じゃあ、お前も採血が必要だな。
「よさないか!ブロック博士!お客様だぞ!」
老教授のアルバートは全員を宥め、一触即発しそうな場を収めた。険悪な雰囲気をかき消すかのように陽気な黒人青年が挨拶に乗り出す。
「ヨッヨッヨッ!いやー、悪いね!みーんなビックリ箱モンスターにイライラしてんだよぉ!ハロウィンでも無いのにイタズラは止めて欲しいよなぁ」
「まったくだ。箱に何が出るか書いといてくれれば一発で倒せるんだがな。不親切な奴等だ」
「ヒャーハハッ、そぉりゃーいい!大蟹が出るのが先に分かってりゃあ、ガーリックオイルは必須だあぁ。楽しい
「あなたが何時も仕事をサボるから注意してるだけです。ケイスさん、ヒットガイさん。これから私と助手のベニーで館内を案内致します。まず見ていただきたい物が有りますのでコチラへ」
「何だ?長旅なのに休み無しか?こりゃ俺もイジメられっ子グループ入りだな」
「あ、あ、あのー、ミネハタ博士……アタシはどうしたら?……」
地味で気弱そうな若い女性が、しどろもどろでリンナに問い掛けた。彼女もリンナの助手の一人らしい。
「ジェミーは局に連絡して彼らの採用報告を。あと、馬の餌を確保しといて下さい」
ケイス、ヒットガイ、リンナ、ベニーの四人は正面の本館を離れ、ヘリポート横に有る古い洋館を改築したような別館の方へと向かった。
緑に囲まれた敷地内には、大きな飼育プールや金網檻などの施設も見られる。
ケイスは子供のような眼差しを四方に向け、そして興味有りげにリンナに訪ねた。
「まるで水族館みたいだな!生簀には何が居るんだ?」
「ここの研究所は海が近い事も有るので、主に海洋生物の研究が行われています。今は閉鎖していますが、実際小さな水族館も敷地内に有りました。モルティングマンに襲われた時の事を考え、鮫やウツボみたいな危険な生物の飼育は現在行われていません。飼育施設には毒を持たない小さな魚類ばかりが居ます。あと、保護をした海鳥ぐらいですね」
「そうか。元々アンタらは海洋生物が専門なんだな」
「私は違いますが、ここで働く人の多くはそうです」
「ヨッヨッヨッ!リンナ博士は半年前にモルティングマン対策で国から送られて来た人だからな」
やがて辿り着いた別館は、外から見ると蔦に覆われたレトロな雰囲気だったが、中に入ると思ったより近代的で、内装も清潔感が保たれている。
入ってすぐのロビーには、目を見張るほどの大きな水槽が幾つも並べて有り、水槽内には魚や海藻などの海洋生物が沢山見られた。どれも普段はめったに見られない珍しい生物ばかりだ。
受付嬢からカードキーを受け取ったリンナが、一つの水槽を指差した。
「あれが何か分かりますか?」
リンナが指した水槽の中には50センチほどの細長い触手をした生物が見られた。全体がシマウマのような縞模様で、クネクネと触手を動かしている事から軟体動物だというのは明らかだ。だが、ケイスは初めて目にする生き物なので皆目見当がつかない。
「何だアレ?縞々模様のヒトデか?いや、イソギンチャクかな?」
「近づいてよく見て下さい」
ケイスが近づくと水槽の中の生物は瞬きする間に姿形と色を変えた。全身を砂模様に変色させると、触手を全て一方歩行に向けながら泳ぎだす。その姿はまるでヒラメかカレイのように見える。
「何だコイツ?一瞬で色と形を変えたぞ!さっきとは別の生物に見える」
「ミミックオクトパス。主にインドネシア沖に生息する蛸で、比較的最近発見されました」
「これ蛸なのか?ひょっとして、これ他の生物に化けてるのか?」
「そうです。ミミックオクトパスも他の蛸と同様に周りの景色に擬態したり、墨を吐いて敵から身を守ったりもしますが、彼らには更なる進化した護身能力があります。それはベイツ型擬態と言われる毒などを持つ有害生物に擬態する事です。しかも複数の生物の姿形や色、動きまで真似する事が出来ます。ウミヘビ、ミノカサゴ、シャコ、エイ……その数は十五種以上とも言われます。自然界で、これ程多くの種のベイツ型擬態ができる生物は極めて異例です」
「そうか!コイツ、蛸だと悟られない為にヒトデやカレイに化けてたんだ!やっぱ蛸って頭いいんだな」
「ヨッヨッヨッ、しかもミミックオクトパスは敵の捕食者に合わせて、その捕食者が嫌いな生物を選んで姿を変えるんだぜ。例えばスズメダイが近づいたらスズメダイが嫌いなウミヘビに擬態するとかよっ」
「敵と敵の天敵も認識しているのか?それは凄いな。俺より頭いいかもな」
「
「ハハハハハ!もう
「残念ながら私は貴方達を捕食する気は有りません。それはさて置き、ここで問題です。ミミックオクトパスはどうやって他生物の生態を学習したのでしょうか?」
「ん?どういう事だ?」
「考えてみて下さい。海中には蛸の学校も生物図鑑も有りません。そして、この蛸の寿命は一年ほどです。一年以内に広い海原で複数の天敵と天敵の嫌いな有毒生物と出会い、擬態出来るように成るまで実戦学習をしたのでしょうか?」
「なるほど……寿命一年なら、そいつは不可能だ。なのに、この蛸は明らかに毒の有る生物を理解し、意識して擬態している。そうでないと使い分けは出来ないはず。なら、この蛸はどうやって他生物の知識を得たのかって話だな。コイツらは生まれ持って他生物の知識を持っていたって事に成るのかな?」
「そうですね。では、こう考えましょう。『この蛸の遺伝子には、先祖が後天的に学んだ天敵や有毒生物の知識が書き込まれている。だから生まれもって他生物に関する知識を有する』実は最近この考え方は、他の生物実験からも立証されています。特に親が強いストレスを受けた時の記憶は、子供にも引き継がれるみたいです。勿論、完全な記憶では無く、本能的行動を起こす為の下地ですが」
「……なるほど」
「其れを踏まえた上で私はある仮説を立てました。『人間の遺伝子の中にも記憶が刻まれているのなら、モルティングマンはそれをも吸収するのではないのか』もし、この仮説が正しいのなら、モルティングマンが岩や水などの自然物には変態できないが、人工物なら変態できる理由が解けます」
「俺のバイクに化けれたのは、先にバイクの知識がある人間を食べてたから化けれたのか?なら、どうして奴らは会話ができないんだ?人間の知識を遺伝子から吸収できるなら、会話するぐらいの知能を身につけれるはずでは無いのか?奴らの言葉は、オウムみたいに断片をコピーするだけだぞ!」
「その辺りの話は地下で続けましょう」
「地下?」
「この下に捕獲したモルティングマンを監禁しています。貴方達に今からお会いしていただきます」
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