第5話

「農場が見えて来たぜ!人類の文化の証だ!」


 岩山を超えた辺りで草木は見えだしていた。そして今、一行は広大な緑のトウモロコシ畑に近づいている。街は近い。


「ヒットガイさんよー!どうだ、変態鳥は尾行してないか?」


「いや。見えない」


 ケイスが運転するトラックの荷台には、武器とデニム男と月毛の馬が1頭乗っていた。馬はデニム男が移動手段に使っていた愛馬だ。トラックと武器はレンジャー隊が使っていた物を拝借している。

 彼らは熊鹿との戦闘の後、少し離れた岩山の洞でキャンプを張り、交代で見張りをしながら仮眠をとって一夜を過ごした。その間、大鷲に変貌している例のモルティングマンは結局現れなかった。


「大丈夫か?見逃していたら洒落にならんぜ」


「大丈夫。我の視力は3・0だ」


「そいつは頼もしいな。けど、その馬に化けてるってオチは無いよな?奴の髪色はその馬と同じ金髪ブロンドだぜ」


「それなら我、食われてる」


「ケイスさん。検問所です。身分証が必要なので、私が見せます」


 そう言って助手席のリンナは銃を構えながら首にぶら下げていた身分証を手にした。

 目の前に有刺鉄線の柵に囲まれた詰所が現れる。辺りには銃を持った沢山の兵士が居り、その兵士の1人がリンナに声を掛けた。


「やあ、ダイアナ!変わらず元気そうだな!」


「ええ、スティーブ。貴方もね」


「ダイアナ?」


 ケイスは不思議そうに尋ねた。


「合言葉です。モルティングマンが化けてる可能性も有るので」


「ああ、そうか。奴等はオウム返ししか出来ないからな。言葉覚えても意味までは分っちゃいねえだろうし」


「……」


 リンナは見張りの兵にケイスとヒットガイの事を説明しだした。見張りの兵達はトラックの検査を行いだす。


「馬は念の為に2、3日置いて行ってくれないか?」


「駄目だ。スーは我の仲間だ」


 兵の提案をヒットガイは拒否し、やむなく馬は同行する事に成る。トラックは一行を乗せ、街の中心地へと再び走り出す。


「研究所まではどれ位だ?」


「あと3時間ほど走れば着きます。お疲れなら、この先にレストエリアが有ります。休憩されますか?」


「ああ、そうさせてくれ」


 30分ほど車を走らせると、見晴らしの良い場所に看板が見えて来た。お目当てのレストエリアだ。

 店の駐車場に着くとヒットガイは馬と一緒に荷台から降り、そして近くの柱に馬を繋いで草を喰むらせた。


「お前ら先に店に入っててくれ。俺はションベンしてくる」


 そう言ってケイスは少し離れた公衆トイレに向かう。トイレは水が流れないのかアンモニア臭が漂っていた。水は貴重に成ってきている。いや、水だけでなくて全ての物資が不足しだしていた。モルティングマンが阻害する為に物流が困難に成っているのだ。


「避難所での生活は大変だろうな……アイツら大丈夫だろうか?」


 ケイスは家族の心配をしながら用を足し、意味を持たないぐらいの少量の水で手を洗ってからトイレを出た。出た直後、ケイスの目に意外な人物が映る。


「ケイリー!!」


 娘のケイリーだ。一瞬だったのでハッキリとは確認できなかったが、容姿がケイリーそっくりな少女がレストハウスの横に入って行くのが確かに見えた。

 ケイスは慌てて後を追う。

 レストハウスの角を走りながら曲がると、唐突に置かれたトラッシュボックスにケイスは衝突してしまい、弾みで転けそうに成ったが、その場に居た人物にしがみつき、かろうじて転倒を免れる。


「うおっ!すまねえ!ケイリー……って、違うじゃねえか!」


 しがみついた相手はケイリーでは無かった。

 トラッシュボックスの横に居た人物は、とても不思議な容姿の子供だった。

 年齢は十代前半位だろうか。透き通るような肌をしていて、細身の体型に中性的な美顔。膝まで隠れたポンチョのような服装からも、少年か少女か正直分からない。そして何よりも特徴的なのは瞳と髪色だ。瞳は眩しい程のサファイアブルーとルビーレッドのオッドアイ。髪色もちょうどセンターから色が分かれているツートンカラーで、右は淡いグリーンで左は淡いオレンジ色をしていた。まるでアニメのコスプレイベントに居そうな容姿だ。


「えーと……君は坊主?いや、お嬢ちゃんか?」


「どっちでもいいよ。僕は両性同体ヘルマフロダイトだから」


「ん?まあ、いいや。それより君!今、女の子とすれ違わなかったか?」


「ううん。あれ?おじさん……」


 不思議な容姿の子は、急にケイスを食い入るように見つめだした。


「どうした?俺の顔に何か付いてるか?」


「ううん。そうじゃない。おじさん何処から来たの?旅の人?方言がこの辺りの人と少し違うね」


「ああ、元々東海岸に居た」


「東海岸!?真逆じゃないか。おじさん大陸を横断して来たの?」


「そうだぜ。1年掛けてな。車やバイクを乗り継いで旅して来たんだ。途中立ち寄った街や村の半分以上は、モルティングマンにヤラれていたけどな」


「1年前か……ちょうどモルティングマンが現れだした時だね」


「そうなんだ。俺の街にも1年前に奴等が現れ、ヤラれちまったんだ。そして妻と娘にはぐれた。そうか……そうだよ。俺は妻と娘を探してる間に、いつの間にか大陸を横断してたんだな……」


「さっき言った『ケイリー』が、おじさんの探している女の子?」


「そうだ。生きてたら君と同じ位なのかな?いや、絶対生きてるけどな」


「うん。絶対生きてるよ。僕もそう思う」


 ケイスはさっき見たケイリーが、この子だったんだろうと確信した。会いたい一心で見間違ったんだと思った。「ずっと孤独で、幻覚を見るぐらいにメンタルが柔に成っちまったのかな……」と、ケイスは心の中で嘆いた。


「あっ!ケイスさん!僕もう行くね」


「ああ、ぶつかって悪かったな」


 不思議な容姿の子は、そのまま角を曲がって去って行った。

 ケイスは念の為にトラッシュボックスの陰にケイリーが隠れてないか調べる。


「居るわけないわな。リンナ達を待たせたままだ。急ごう」


 ケイスも元来た角を曲がった。そこにちょうど怪訝な顔のリンナがやって来た。


「おう、リンナ。どうした?」


「遅いので心配になって見に来ました」


「悪い、悪い。今、変な髪色の子供と喋っててな。ココの店の子かな?」


「変な髪色の子供?この店は年老いた夫妻の2人だけで経営されてます。子供は居りません」


「あれ?じゃあ客かな?」


「今、レストハウスには私達しか居ませんが……」


「えっ?」


 ケイスは不思議な容姿の子との会話を思い返し、ある事に気付いて辺りを見回した。周囲にはリンナと繋がれた月毛の馬しか生き物は居ない。駐車場には自分達と経営者の車以外は乗り物も見当たらなかった。

 ケイスは冷や汗を流す。


「どうしました?ケイスさん」


「名前だ……」


「えっ?」


「あのガキ……なぜ俺の名前を知っていた……」



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