第4話

 血が広がる……。

 目の前の黒い奇怪な生物は、既に肉塊に成った人間の内蔵を荒々しく噛みちぎっていく。そして、ちぎった肉を垂れた粘液に混ぜ合わせるかのように、何度も何度も咀嚼を繰り返す。

 捕食者は一匹で30人もの武器を持った人間を全てバラバラの肉塊に変えていた。

 その怪物の姿は目を疑う異形。

 角と後ろ足の形は鹿だが、あとは熊である。熊の鋭い爪や牙はそのままに、頑丈な角と強靭な後ろ足を備えているのだ。それは、どれほどの力を秘めてるのか計り知れない。


「こいつ……どうやって一個小隊を倒したんだ?」


「2種の生物特性が一度に出せるツータイプキメラです。おそらくメタモルフォシスは熊と鹿の融合タイプだけでは無いはずです。どんな合体生物が出てくるか予想がつきません。他のモルティングマンに気を取られていて対策が遅れたのでしょう」


「クソッタレ!」


「逃げましょう。逃げきれるか分かりませんが」


「無理だ。もう燃料が心もとない。カーチェイスやってる余裕は無いぜ。ちんたら燃料補給してる暇も無さそうだし、ここで奴を倒そう」


「どうやって?ショットガンの一発でも即死してくれないかも知れませんよ」


「俺が車で奴を引きつける。その間にトラックから使えそうな武器を探しだしてくれ」


「……分かりました。やってみます」


 リンナはショットガンを構えながら車を降り、そして死体を跨ぎながらトラックの方へと走った。

 食事中だった熊鹿がそれに気付いた。

 追いかけようとした所をジープが突進する。

 熊鹿は怯まず頭を下げ、ジープに角を向けて迎え撃ってきた。

『ガツーン!』という衝突音が辺りに鳴り響く。角が当たり、バンパーが車体にめり込む。勢いで熊鹿は少し後方に飛ばされた。

 ケイスは再びアクセルを踏んだ。熊鹿も負けずに突進する。再び『ガツーン!』という音が鳴り響く。

 もう一度体当たりをかまそうと、ケイスは少しバックして三度みたびアクセルを踏んで前進したが、ぶつかる前に熊鹿の背中が割れた。


「ぬおおおぉぉぉおお!!」


 体当たりは空振り、抜け殻だけが手応えなくぶつかる。熊鹿の中身は飛び出し、ジープのボンネットに乗っていた。

 熊鹿の背中から出てきたのは迷彩服姿の人間だった。先程食べられたレンジャー隊の隊員だ。しかし腕は人間では無く、熊のままだった。粘液を纏った熊人間は、その熊の腕でフロントガラスを叩く。フロントガラスは蜘蛛の巣状にヒビが入り、そして2発目の攻撃で砕かれた。ケイスに鋭利な熊の爪が襲う。


お前等モルティングマンはボンネットの上が好きなのか?猫かよ!」


 ケイスはオート拳銃を取り出し、片手で弾丸を放つ。連射された弾丸は額に命中し、熊人間はボンネットから転げ落ちた。だが直ぐに背中が割れ、頭だけピューマの人間が現れる。


「本当に猫に成りやがった。どうせならもっと弱そうなのにしてくれないか。ナマケモノをリクエストするぜ」


 ケイスはそう言いながら車を降りて、拳銃をピューマ人間に向ける。ピューマ人間は唸りながら威嚇した。


「今だ!!リンナ!!」


 そう言ってケイスは素早くジープの後方に隠れた。

 ピューマ人間の足元に何かが転がる。

 手榴弾だ。そしてすぐに『ドオーン』という爆音と共に爆発する。


「やったか?」


 爆風を少し浴びたが、ここまでケイスはかすり傷程度で済んでいる。我ながら運が良いと思いながら砂煙舞う方角を見た。勝利を確信してたのだが、そこには信じられない物が立っていた。


「嘘だろ?」


 立っていたのは鹿で有る。だが、角が通常の鹿と違った。明らかに材質が違うのだ。その角は、まるで大きな鎧兜のように金属の光沢を放っていた。そして胴体も甲冑のような鉄板が、ほぼ全身をガードしている。


「アイツ、全身を鋼鉄化して爆破を防いだのか?」


「おそらく装甲車を食して模したんだと思います。今、あの個体は鹿と装甲車のツータイプキメラです」


 いつの間にかリンナはケイスの横に来ていた。サブマシンガンとカービン銃を抱えている。


「装甲車と合体?そんなの有りかよー!卑怯じゃねえか……」


「その卑怯な物を作ったのは人間です。さて、どうします?トラックにはロケットランチャーも有りましたが」


「もう取りに行かせて貰えないだろうな。今ある武器で何とかしよう」


「ツータイプ以上なら、あんなメタモルフォシスも出来るんですね。確かに知らないと勝てません。あの角の素材は、カルシウムでは無くてチタン合金なのでしょうか?できたら研究所に持ち帰って調べたいのですが……」


「残念ながら難しいな。勝てる確率が低い。腹立つが、流石は一個小隊を倒したほどの超化け物だと認めよう。俺が所属していた隊も、きっとこんな化け物キメラにやられたんだろうな」


「無駄かも分かりませんが、最後まで諦めずに抵抗しましょう。装甲板の境目を狙ってみるのはどうでしょうか?」


「殆ど隙間が無いぜ!元特殊部隊の腕の見せ所って奴か?まぁ、可能性は低いが、俺の運の強さに賭けてみるか!」


 装甲鹿は頭を下げ、突進の体制に入った。

 通常の鹿のスピードは時速50キロメートル。硬化された角にぶち当たったら、致命傷だろう。


「よし、神に祈ろうぜ!奇跡よ起これー!」


 ケイスは半ばヤケクソ状態で武器を構えた。

 その時何かが飛んできて装甲鹿に当った。

 見ると棒のような物が、ガードされてない鹿の尻に刺さっている。

 更に誰かが飛び乗るように鹿に跨った。

 不意を付かれた装甲鹿はロデオのように暴れて背中の来客を振り落とそうとするが、背中の来客はしがみついて離れない。


「何だアイツ?何処から来た?」


「トラックの屋根から降って来ました。隠れていたようです」


 帽子も含め全身デニムの髭面男だった。個性的なデニムジャンパーで、袖には沢山の鳥の羽根が付いている。その男は持っていたトマホークを装甲鹿の首根っ子に叩きつけていた。ちょうど装甲板の境い目の所だ。

 粘液が吹き出し、堪らず装甲鹿の背中が割れて中から最初の姿の熊鹿の首が現れた。次の瞬間、デニム男の両手が交差する。その手にはそれぞれ大小の斧を握っていて、斧の刃は交差した時にしっかり急所を捉えていた。

 熊鹿は産声を上げる間も無く喉笛を失い、更に追い打ちをかける大斧の振り下ろしで頭を完全に胴から切り落とされると、巨体はズシンという音と共に横倒れになり、それ以降動く事は無かった。

 頭を失った熊の胴体から、どろりとした粘液塗れのゼラチン物質が流れ出し、悪臭と共に辺りに広がる。死ぬ間際に変態する予定だったのか、ゼラチン物質の中に未完の頭蓋骨や眼球が混ざっていた。人間の物のようなので、常人が見たなら気味の悪さに目を背けたく成るだろう。


「おいっ!アンタ、すげえな!何者だ!?その化け物を1人で倒すなんて!」


 ケイスは驚きを隠せないまま、デニム男に近づいて問いかけた。


「お前達、切っ掛けを作ってくれた。感謝する」


 デニム男は大きい方の斧を背中に背負い、小さい方は腰に付けた。ジャンパーの中には更に超小型の斧も沢山仕込んでいるのが見える。さっき装甲鹿の尻に飛んできたのはこの超小型の斧らしく、どうやら彼はトマホークを飛び道具としても使っているようだ。


「もしかして、この近くの村に住んでいた方ですか?」


 リンナはデニムの男に心当たりが有るようだった。


「そうだ。村、全滅した。こいつ等の仲間、『荒ぶる野牛レイジングバイソン』という脱皮人間スキンウォーカーのせいだ。復讐している」


「そうですか。それはお気の毒です。良かったら私の街に来ませんか?私はリンナ・ミネハタと申します」


「我、『てき撃つ者』。ヒットガイ」


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