第3話
痩せ型だが均整の取れた目を奪う裸体だ。胸や股間には不思議な模様のボディーペイントはされているが、逆にそれがセクシーさを増加させている。その艶めかしい上半身がヤモリのようにフロントガラスに張り付いた。柔らかな乳房は平たく押し潰されて妙に
どうやら中に入れて欲しいようだ。
「随分エロティックな個体ですね。ケイスさん。誘惑に負けないで下さい」
「俺の娘位の年格好なのに、興奮するわけないだろ!」
「その割にはじっくり観賞されてますね。以前うちの研究員が『これは実験だ』と言って、女性型のモルティングマンと性行為を行おうとして命を落としました」
「その馬鹿と一緒にするな!正直どうしたもんか悩んでんだよ!このままフロントガラスごと撃ち抜いても、一発で仕留められなきゃ変態して襲ってくる。車の外に出ても距離が近すぎて危ない。どうすりゃいい?」
「そうですね。車を走らせて振り払っても、鳥にメタモルフォシスするなら街まで追って来ますしね。確かに厄介な相手です」
金髪女性はフロントガラスをねっとりと舌で舐め回し始めた。何か淫らな事をおねだりしてるようにも見れるし、ガラスを溶かし食べようとしてるようにも見れる。
「旅のお方でスか?べっピンさんだなー」
「俺のセリフを学習しやがったな。俺みたいな男性はナイスガイと言うんだよ!」
「馬鹿かオ前?なんで爺さんガ喋るんだよ」
金髪女性は急に真顔に成ってケイスに返した。
「腹立つなコイツ。本当は言葉を理解してんじゃないのか?」
ケイスからの返しを無視するかのように、金髪女性は急にフロントガラスから体を離すと顔の向きを変え、ジープの横手側の地面をじっと見つめだした。
「どうした?まさかドアを開けて入ってくる気か?」
金髪女性はいきなりボンネットから飛び降りて小走りしだし、そして眺めていた場所にしゃがみ込む。どうやら地面から何かを拾ったようだ。そして指で摘んだ其れを繁繁と調べていると思ったら、おもむろに口に入れた。
ケイスとリンナは金髪女性の行動を警戒しながら、それぞれの銃を外に向けて構えている。
「何だ?何を食った?」
「さあ?小さくてよく分かりませんでした。ですがチャンスです。今、コチラを意識していません」
「俺がまず撃つ。死なずに変態したら、すかさずショットガンをぶっ放してくれ」
「かしこまりました」
ジープから金髪女性までの距離は約5ヤード。ケイスとリンナは同時にパワーウィンドウを下げた。金髪女性は気づかず、何かを摘んでいた指を舐めながら上空を見て笑っている。
「今だッ!」
ケイスのリボルバーの銃声が響く。
女の腹部から粘液が吹き出し、そのまま前向きに倒れ、そして背中が割れた。
「撃て!!」
リンナのショットガンの銃声が響く。
散弾は割れた金髪女性の背中に向けて放たれたのだが――
「ん?」
背中から出てくるはずの中身が無い。そこには抜け殻と成った女性の皮しか無かった。
穴だらけに成ったのは皮だけだ。
「奴は何処行った?何に変態して、何処に消えた?」
「ケイスさん!上!」
リンナに言われ、ケイスは上空を見た。
何か茶色い物が浮かんでいる。
「何だアレ?」
「巨大なノミです。一瞬でアソコまでジャンプしました」
「ノミに変態したのか?!さっき食べてたのは、ひょっとしてノミか?」
「そうかも知れません」
巨大ノミは落下中に背中が割れ、中から再び大鷲が現れた。大鷲は「随分エロてィックなケイスさん!随分エロてィックなケイスさん!」と鳴きながら再び上空に昇って行く。
ケイスとリンナの目の前に、中身の無い巨大ノミの抜け殻だけが落ちてきた。
「虫にまで化けれるのかよ?」
「こんな事例は初めてです。実は昆虫にメタモルフォシスしたという情報は、何処の国からもまだ報告を受けて無いので不可能だと思っていました。これは驚異が増しましたね」
「そうなのか?」
「モルティングマンが化ける生物の殆どが脊椎動物です。『昆虫は元々が小さ過ぎる上に気門から呼吸する為、酸素濃度が薄い現代では巨大化変身が不可能なのでは』というのが見解でしたが、そもそも呼吸が必要ない彼等には関係ない話だったと言う事ですね。だったら何故、今まで昆虫に変化したという情報が無かったのかが謎ですが」
「いらん言葉まで覚えていったぞ。頭の良い奴かも知れん。どうする?」
「そうですね。表情も豊かでしたし、かなり特殊な個体です」
「そうだな。死んだ魚のような目はしてたが、感情の方は少なくともお前さんより豊かそうだった」
「失礼ですね。これでも十年前、祖父が亡くなった時に泣いた経験が有ります」
「笑った事は?」
「それはまだ有りません。けど、モルティングメンが絶滅したら笑える気がします」
「是非その笑顔を見てみたいな」
貴重なサンプルとしてそのノミの抜け殻は車のトランクに積まれた。その間も上空の大鷲は弾の届かない所でグルグル旋回している。ケイス達を見張っているかのようだ。
「参ったな。いつ又襲って来るか分からんし、このまま街まで追跡してくるかもしれん」
「仲間との連絡が取れました」
いつの間にか通信機を持ったリンナが交信を行なっていた。ジープの屋根には、折畳み式の衛生通信用アンテナが置かれている。
「援護に来てくれるそうです。合流するので街の方角に進みましょう」
「さっきのモルティングメンの群れに仲間が遭遇しないか?」
「対モルティングマン用のレンジャー隊です。30人からの一個小隊なので大丈夫でしょう。群れを退治してくれるはずです」
「そいつは心強い」
一個小隊と聞いてケイスは歓喜の指笛を吹き、上空の方を向いて
「おーい変態女!あばよ!後をつけて来てもいいが、それならそれでデッカイ火器の餌食だからな!」
叫び終えると大鷲に手を振ってから、再びジープを走らせた。
暫く走らせていると、さっき倒したウサギとピューマの死骸が見えてきた。脱皮しての復活は出来なかったみたいだ。
「彼らは命に関わるような傷を受けても、生命活動が停止する前にメタモルフォシスして背中から抜け出せば、受けた傷を修復した形で復活します。足の取れた虫が、脱皮後に足が復活するのと同じような現象です」
「便利だよな。人間もそうならんかな」
「モルティングマンに成りたいのですか?」
「やめてくれ。反吐が出る」
次にケイスの目に飛び込んだのは沢山の鹿の死骸だった。ゼラチン状の内蔵が吹き飛んだ死骸がアチラコチラに転がっている。爆薬を使ったのか地面に
ケイスは「ざまあみろ」と言ったあと、口笛を吹いた。だが、すぐに口笛は舌打ちに変わる。前方に見たくない物を見たのだ。
それは破壊された数台の装甲車と、ニ台のトラックだった。その周りには鹿と同じように頭や内蔵を失った人間の死骸が転がっている。どうやら既に一個小隊は全滅しているようだった。そしてケイスが惨状の先に見た物は、この場に唯一生き残った生物だった。
「何だアレは?」
ケイスが見た物は黒い熊だった。
いや、熊では無い。
体は熊だが、頭からアカジカの雄のような大きく頑丈そうな角が生えている。ケイスが……いや、人類が初めて目にする生き物だ。明らかに現存する生物では無い。そいつは迷彩服を着た人間の死体を解体しながら貪り食っていた。口からはスライムのような粘液を大量に垂れ流しながら……。
「最悪です。
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