第2話
砂浴びした象のような汚れたジープが、タンブルウィードが転がる荒野をひた走る。他に走行する車は見当たらず、車どころか見渡す限り人間文化の痕跡が見当たらない。
繁栄を誇った人間のプライドを切り裂く不毛の地は、果てなく何処までも続く。
「この辺りは本当に酷いな。人間どころか、生きた動植物が見当たらない」
「モルティングマンを退治する為、毒性化学物質兵器を使用したみたいです。結果、この辺りの動植物の8割方が死滅しましたが、肝心のモルティングマンには効果が無かったみたいです」
「……で、奴等の研究は進んでいるのか?」
「少しは。ですが研究が進めば進むほど答えは遠のきます」
「人間様の現代科学でも無理なのか?」
「科学がいくら進んでも世の全ての答えを導く事は出来ません。逆にオカルトは世の全ての答えを導く事が出来ますが」
ケイスは車を運転しながら後部座席に座るリンナに色々と質問攻めをしていた。
彼は人間と会話するのも久しぶりで、とにかく少しでも情報が欲しかったのだ。
「奴らは何処かの国が開発した生物兵器じゃないのか?どう考えても自然界の生物じゃないだろ?」
「現在、各国がその事で犯人を擦りつけ合ってます。世界征服を企む秘密組織の仕業説も有りますが、残念ながら人間の知力では何万年掛けようともモルティングマンを作る事は不可能です。人間に『太陽を作れ』と言ってるに等しいです」
「じゃあ、あいつ等は何なんだ?
「……昆虫は……
「はあ?」
「約4億年前、
「悪いが俺に聞かれてもなあ……そうだ!飛べない虫さんは綺麗な青空を見て感動したんだ。そして神様に祈ったんだよ。『お空を自由に飛びたいので翼をください』ってな。ハッハっハッ、スマン。馬鹿馬鹿しいな」
「いいえ。本当にそれが正解なのかも知れません。それが正解なら、モルティングマンの存在の答えが導けます」
「…………」
マシンガンのような質問攻めが緩んだ隙きに、リンナはバックからメモ帳とペンを取り出す。この新しい部下の詳細を書き留めるためだ。今度はリンナが質問する。
「ケイスさん。立ち入った事をお伺いしますが、ご家族は?」
「妻と娘が居る」
「
「……いや、分からない。連絡が取れないんだ」
「行方不明なんですか?襲われた貴方の街に居たのでは?」
「ああ……だが、必ず何処かで生きている。俺が駆けつけた時に軍のヘリが沢山飛び立っていくのを見た。きっと救助されている。そう俺は信じて妻と娘を探している」
「街に着いたら避難地に連絡して聞いてみます。ご家族のお名前は?」
「妻はアヴァ。娘はケイリーだ。よろしく頼む」
「分かりました。ですが――ストップ!!ケイスさん!!ブレーキをかけて下さい!!」
リンナは何かを言いかけたが、その言葉を発する前に大声で叫んだ。前方に何かを発見したのだ。その何かは集団で動いている。
「ん?鹿か?」
ケイスは急ブレーキをかけてジープを停止させた。前方の遥か向こうに鹿の群れらしきものが見れる。ニ十匹はいるだろう。ゆっくりと不毛の大地を並んで歩いていた。
「いや、違う。草も生えてない地に鹿の群れは不自然だ。奴等か?」
「おそらく。Uターンして遠くで待機し、やり過ごしましょう」
「あの数じゃ勝ち目ねえか。背中から何が出てくるか分かんねえ、当たりの無いルートボックスだからな。マジックショーみたいに鳩が出てくれたら嬉しいんだが」
「鳩も人間サイズなら平和の象徴には成らないと思います」
「
ケイスはジープをバックさせ、ハンドルをいっぱいに回してUターンを行なった。そのままスピードをあげて走り出したが――
「まずいです!追いかけて来ました」
「マジかよ。厄介だな」
ケイスがサイドミラーを覗くと、大きな角を持った鹿の群れが、砂煙をあげながら猛スピードで追って来るのが確認できた。
どの鹿も焦点の合わない目をしており、口からネバネバした涎を大量に流している。腹ペコなのだろう。
ケイスはそれを見てフルアクセルでジープを走らせる。
縮まっていた鹿との距離は再び離れていったが――
「うおおぉぉぉおおお!!」
突然『ガツン』という音と共に車は衝撃を受けた。横を見るとピューマが一匹ジープに並走しながら体当たりしてきている。鹿の群れの一匹が変態したのだ。
「お前!ピューマならジープ襲わずに後ろの鹿を襲えよ!」
ケイスは叫びながらハンドルを切ってピューマに体当たりをやり返す。ピューマが少し飛ばされた瞬間、リンナはパワーウィンドウを開けて散弾を打ち込む。
ピューマは腹からゼリーに包まれたような奇妙な内蔵をばら撒きながら転倒して動かなくなった。
「やったか?」
「まだ一匹追って来てます」
サイドミラーを確認すると今度は巨大なジャックウサギが迫ってきていた。通常の3倍以上の大きさだ。そいつが『ケェーーン』と鹿の鳴き声を発して、飛び跳ねながら追って来る。
「ああ、ウサギか。ウサギなら楽勝だな」
だが横付けされたウサギの蹴りに、ジープは横転しかけた。
「クソッ!可愛くねえウサギだな!!」
「あの大きさです。蹴る力も強く成ってます。油断しないで下さい」
「分かってるよ」
ケイスは急ブレーキをかけ、ウサギにわざと追い抜かされる。そして再びアクセルを踏み、戸惑った前方のウサギを弾き飛ばした。
飛ばされたウサギをリンナが透かさず散弾で頭を撃ち抜く。ウサギの頭から大量の粘液と、不気味なゼラチン状の何かが飛び散った。そしてウサギは力尽きたか、そのまま地面に伏せて動かなく成る。
「他のモルティングマンは追って来ないか?」
「みたいですね。あまりバリエーションが無い個体達だったのでしょう」
「それは助かる。無駄な走行をしてたら、しまいに燃料が尽きるからな」
「持ってる弾にも限りが有ります。もう暫くは格闘をしたくないですね」
「そうだな。街に着く迄、これ以上奴等と
ケイスは十分距離をとった地点でジープを停めた。「やれやれ」と一息ついた時、上空からヒラヒラと何かが落ちてくるのが目に映った。その何かがボンネットの上に被さる。
『何だ?』
薄い絨毯みたいだが違う。それは粘液を纏った大鷲の形をした抜け殻だった。ケイスが「あっ!」と思った瞬間『バアーン』という音と共にジープは上下に揺れた。
上空から降って来た裸の女性が、ボンネットに
鳥皮コートを脱いだ浮遊者が、遅れて
全裸の
「旅のお方でスか?」
「しつこい
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