枯れた大地
第1話
「
男はその、ねっとりとした
頭髪もしっかり付いた成人女性一人分の一枚皮で、中には肉や骨が一切入っていない。まるで空気が抜けた大人用のビニール人形のようだ。切り裂かれたかのように背中がパックリ割れているが、そこから無理やり中身を取り出したようには思えない。それだけ綺麗に中身を失っている。
「ここも駄目か……」
枯れ果てた大地は果てしなく遠く、厳しく、そして悲しく続く。力無き者がこの光景を見れば、すぐに生きるのを諦めるだろう。それほどまでに希望の無い景色が四方に広がる。目に映る物は人や動物の骨と皮。後は朽ち果てた瓦礫ばかりで、廃墟と呼ぶに相応しい状態だ。
「おーい!誰か生きてるかー!!」
男は乗っていたバイクを降り、一応生存者を確認する。無駄な行為だと分かっていても、万が一という場合もある。僅かな希望を込めてもう一度叫んだ。
「誰も居ないのかー!?」
「旅のお方でスか?」
返事が有った。
数十メートル先の瓦礫の陰から白髪の老人が現れたのだ。老人は嬉しそうな笑顔を浮かべて男の方に歩み寄る。
だが男はそれを見て「チッ」と、舌打ちを一つ打つと同時に、懐のガンホルスターからリボルバー式拳銃を取り出し、間髪入れずに2発の銃声を響かせながらマグナム弾を放った。
老人はその2発の弾丸を胸にまともに受け、そのまま前屈みに倒れる。暫くピクピクと痙攣していたが、やがてうつ伏せ状態で動かなく成った。
「馬鹿かお前?なんで爺さんが若いねーちゃんの声で喋るんだよ!」
男は息をしてない老人を罵倒した。拳銃を構えたまま……。
「さあ、出て来い!まだ、くたばっちゃいねえんだろ?」
男がそう言うと、応えるかのように呼吸をしていない老人の背中が、いきなり服ごと『ピシッ』と綺麗に割れた。
蝉の幼虫の羽化のように、中から裸の
女性は若そうだが身長は成人の大きさだ。たとえ老人が妊婦だったのだとしても、明らかにお腹の中に籠もれるサイズじゃない。
「旅のお方でスか?」
裸の女性は、艷やかな髪と粘液を振り乱しながら笑顔で男に語り掛けた。そして最早抜け殻と成った老人の皮を踏み付けながら、男に再び歩み寄ろうとする。
「べっぴんさんだな。最初からその姿で現れたなら、引っかかったかも知れんぞ」
そう言って男はもう一度2発の弾を金髪女性に向けて発砲した。
女性は弾を腹に受け、何かを呟きながら身体を丸めてしゃがみ込む。
男はとどめを撃とうとしたが、女性の背中が逸早く割れた。中から今度は粘液を纏った大鷲が現れ、羽ばたきながら空に向かって飛び立つ。
「クソッ!何で鳥なんだよっ!化け物が!」
悪態をつきながら上空に
鷲は「旅のお方でスか?旅のお方でスか?」と、嘲笑うかのように叫びながら遥か向こうの岩山の方へと消えて行く。
「チッ、逃しちまったか……」
男は拳銃を下ろした。そしてこの地に以前訪れた時の思い出を振り返り、重ねながら辺りを見回す。当時の華やいでいた街の面影は片鱗もなく、全て消されている。それはココだけでなく、男の住んでいた街もだった。
人類はピラミッドの頂点では無くなった。
生態系のトップは別の生物に奪われたのだ。
男はシリンダーを開き、腰のベルトから取り出した新しい弾をリボルバーに詰め込むと、暫く瓦礫の地を歩き回った。
生存者が居ないのを確信すると元のバイクを停めた場所に戻って行く。そして溜め息をつきながらバイクに跨り、キックペダルを勢いよく踏み込んで『ブロロロ』というエンジンを唸らせた。
走り出す前にクラクションが聞こえ、男は視線をそちら側に向ける。
視線の先には汚れで灰色に濁ったジープが近づいて来るのが見え、運転席には眼鏡を掛けた男性も確認出来た。
男がその場で待っていると、やがてジープは緩やかなモーター音を響かせながらバイクのすぐ側に横付けして停まった。
「こんにちは!どちらから来られた方ですか?」
パワーウィンドウを下げた眼鏡の運転手は、半身を乗り出しながら笑顔で問う。
だが男はその問いには答えず、バイクに跨ったまま迷わず運転手に拳銃を向け、渋い顔で逆に問う。
「1+1は?」
「2です」
「俺は男前かな?」
「すいません。僕は人を
「撃つ」
「冗談ですよ!ホラッ、冗談が言えるから人間って分かってもらえたでしょ?」
「こっちもジョークだ。だから後部座席のお嬢ちゃんもショットガンを下ろしてくれ」
後部座席の窓にはスモークフィルムが貼られているが、明らかに銃を構えた女性のシルエットが見れる。そのシルエットが叫んだ。
「そのバイクから降りなさい!」
「だから、俺は正真正銘人間だって――」
「いいから、早くッ!!」
「ん?」
急にバイクが動かしてもいないのに勝手にガタガタ揺れだした。次の瞬間、ガソリンタンクが真ん中から一文字に割れる。刹那、男は素早くバイクから飛び降りた。
「そんな馬鹿な!!」
バイクの中から粘液を纏った
「俺の
男は怒りながら更に残りの弾丸を放つ。全部の弾を食らった蛙は伏せるように動かなくなったが、直ぐにその大きな背中が一文字に割れた。今度は蛙の背から、呑み込まれたばかりの運転手が粘液を纏って現れた。まるで蛙の着ぐるみを脱いでるかのように見える。一見、運転手は助かったように思えるが……。
「手遅れか……」
粘液塗れの運転手は「ブロロロ」というエンジン音を大声で唸った。唸った瞬間『ドン』という音と共に頭が半分吹き飛ぶ。車の後部座席にいた女が散弾を放ったのだ。
元運転手は蛙の皮に下半身を入れたまま倒れて動かなくなった。
「クソッ!まさかバイクに化けるなんて……」
「恐らく貴方が目を離した隙にバイクを食したのでしょう」
ジープのリアドアが開き、パンツスーツに白衣を纏った黒髪の美女が降りてきた。女性のキリッとしたインテリチックな物腰は、片手に持ったショットガンさえ様になって見栄える。
「コイツらが取り込むのは、生物の遺伝子情報だけじゃ無いのか?」
「モルティングメンは単純に遺伝子の
「変態野郎が……」
男は皮に成ったバイクと蛙、そして呼吸を止めた元運転手を罵る。
その元運転手の破壊された頭部から何かが這い出て来た。粘液塗れの半透明なゼラチン状の何かだ。グロテスクに透けて見える中身は、生物の内蔵のようにも見れる。中身ごとウネウネしているが、それ以上遠くには行けないようだ。
男はそれを見て上着のポケットからスキットルを取り出し、中のアルコールをゼラチン状の物体にかけ、そしてマッチに火をつけてアルコールごと燃やした。焦臭い匂いが辺りに漂う。
ゼラチン状の物体が動かなく成ったのを確認してから男は改めて黒髪の美女に挨拶をした。
「お連れさんには気の毒した。すまない」
「いいえ。彼も覚悟の上でこの任務に就いていました。お気にせずに。私はリンナ・ミネハタ。この先の州にある生物科学研究所の派遣職員をしております」
「俺はケイス・ドゥンカー。特殊武装隊に所属する警察官だ。公務でモルティングマン退治をしている。いや……俺の街はとっくに無くなったから、公務もクソも無いか。今日から元警察官を名乗ろう」
「ケイスさん。今から私の運転手件、助手に成っていただけませんか?私の街はまだモルティングマンに襲われていません。今からご案内致しますので」
「それは助かる。俺は職もバイクも失ったばかりだからな」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます