2-14 新たな主人

 アリスは立ち上がり、二人を睨みつけた。


「・・・いつも詰めが甘いのよね、私。次はないわよ」


「お前もな」


アリスはジュエルウェポンの上に立ち、空へと飛び上がった。そして、ラピスのいる方角に手を伸ばす。


「閃輝暗点!!!」


「!?」


ラピスの脳がなにかで大きく揺れた。


「おいおい、不発かよ。ちょっとクラっときたくらいじゃねえか」


ラピスはなんともない様子だが、アリスは笑っている。


さらにアリスは、両手を口元に寄せ、フーッと魔力を吹き込んだ。膨大な魔力が詰め込まれた閃光弾が出来上がった。


アリスは正面から攻撃してくるタイプではない。騙し撃ちのように、相手を撹乱させて確実にしとめてくる。


「レイン!あいつの攻撃、防げるか!?」


「・・・ああ!今ならできる気がする」


「頼んだぜ。俺はとっておきの技をしかける!!」


「任せろ」


レインは手に入れた剣に力を込めた。その瞬間、彼女の意識に何かが語りかけた。


『新たな主人は君か・・・強い意志を感じる。君ならこの剣で未来を切り開けるだろう。その先の景色を描け』


「その先の・・・景色・・・?


我が展望を遮るものは何もない。私は自由だ。今この苦境の先にいる・・・!」


アリスが攻撃を放つと、レインは風を連想し飛び上がった。


そして、閃光弾に向かって剣を振り下ろした。アリスの吹き込んだ風の力が、レインの剣の逆風によって無効化された。


そして、レインの風は鋭い矢に変わった。


アリスは全身に切り傷を負った。彼女はバランスを崩し、落下した。


 ラピスは手のひらとグーの手を合わせ、攻撃呪文を唱えた。


そして、アリスに向かって放射した。しかし・・・。的は大きく外れ、アリスは地面にただ打ち付けられた。


「くっ・・・。やって・・・くれるわね。でもあなたも、外したみたいね」


「な・・・なんだこれ・・・」


ラピスは周りを見渡した。視界が何か可笑しい。気のせいだと思っていたが、少し前から目に違和感があったのだ。


「ラピス、どうした!!」


ラピスは自分の手を見つめた。


「目がうまく・・・見えねえ」


「なに?!」


「ギラギラしたなんかがある気がするけど・・・イマイチ距離感が分からねえんだ」


「かかったわね」


「ラピスになにをしたんだ!!」


「不思議の国のアリス症候群、と言えばいいのかしら」


「聞いたこともないが・・・術なのか??」


「この物語にちなんでつけられた言葉だけど、あまり知られてないみたいね」


 ラピスはこめかみを押さえ、悶え苦しんだ。アリスは震える足で起き上がり、ラピスの様子をおもしろそうに見つめた。


「くっそ・・・頭がすげえ重くなってきた・・・。いきなりズキズキするわ、視界にへんなギザギザが見えるわで、気持ち悪いんだよ・・・!!」


「心配しなくてもいいわ、ただの偏頭痛よ」


「頭痛かよ!!お前悪趣味だな?!地味に辛いぞこれ!!!つーかこの目はなんなんだよ!!」


「一部の人間は偏頭痛で視覚障害を起こすのよ。


遠近感が掴めなくなり、視界がギラついた歪みで覆われる。


大きくなったり、小さくなったり。


この世界みたいでしょ?


なにがどこにあるのか掴めない。ヘンテコなの」


「強制的に誘発させたのか?!」


「そうよ。でも一時的だから安心して?視界は数十分で元に戻るわ。頭痛は長引くかもしれないけど」


アリスは笑うと、突然地面に倒れこんだ。


「いいわ、とどめを刺しなさい」


「なんだと・・・!おちょくってんのか」


「・・・もう疲れちゃったの。私だって心臓が破裂したら死ぬわよ」


「ぴーぴ?」


「現実逃避も疲れるわよ。ずっと逃げてるんだもの。


今この瞬間も、不安から逃れたくて必死で足掻いて


それでもどうにもならないの」


ピポはレインを見つめ、悲しそうな顔で訴えかけた。レインも胸が痛み、動くことができなかった。


 ラピスは頭を押さえ、おぼつかない足取りでアリスの元へ向かった。


「じゃあお構いなく」


ラピスはアリスの心臓に手を当てると、アリスは覚悟して目を閉じた。そしてラピスは、なんの躊躇もなく呪文を唱えた。


「ミスラ」


アリスの身体は光で満たされた。


そして、彼女の傷が塞がっていく。


「なにを・・・したの?この光・・・さっきのとは全く違うわ」


ラピスはその場に倒れ込み、レインが慌てて駆け寄った。


「ラピス!」


「まさか・・・自分の体力を分け与えたというの・・・?無茶で無謀よ・・・!なんでこんなこと・・・」


「一緒に行こうぜ・・・外の世界によ」


「何を言ってるの?!現実に求めるものなんて私にはなにも!」


「お前、空を見たことあんのか?」


「空?」


「ああ!青くて広くてよ!ここよりもずっと綺麗なんだぜ!」


「・・・」


アリスは空を見つめた。


それは彼女の記憶が作り出した景色で、ただ真っ青な空間に太陽が転がっているだけだった。


 ラピスは空に手をかざし、眩しそうに目を細めた。


「俺は空に憧れんだ。だから行く、そんだけだ。


お前だって、入っちまったもんは出れねえなら仕方ねえよな。


だったら外に出る理由なんて、気が向いたらでいいんじゃねえか?」


「気が向いたら、なんて・・・。そんなの待ってたらあなた達は一生ここに・・・」


「お前だって、実際出るのも簡単じゃねえだろ。ずっとここに住んでんだから。好きなだけいればいいじゃねえか」


ラピスがケラケラと笑うと、アリスも少しだけ笑った。


「別に私は・・・ここに、いたいわけじゃないの。


何がこんなにも辛かったのか、長くいすぎて忘れちゃった。


でも・・・苦しいことはたくさんなのよ」


「何が辛いか忘れちまったんだろ?」


「そうよ?」


「ならお前は苦しくねえよ!堂々とすればいいじゃねえか」


「いつか思い出すかもしれない。それが怖い」


「だけどよ、辛いことだけじゃねえって、保証するぜ!」


「辛いことだけじゃ・・・ない?」


「すっげえ楽しいことだって盛りだくさんだ!!」


「そう・・・」


 アリスは目を閉じて、おぼろげな記憶を思い返していた。


顔はハッキリ見えないが、金髪の美しい髪は鮮明に覚えている。


その人と一緒に丘をかける景色が思い浮かんで、アリスは静かに涙を流した。


「・・・・・一つだけ、思い出したわ。私・・・もう一度あの人に会いたいの」


ラピスはアリスの声を聞くと、嬉しそうにはにかんだ。


「じゃあよ、そいつに会う手段を探せばいいじゃねえか!」


「そんなの無理よ」


「ああ、無理だろうな。お前がここにいる限り、見つからねえ。


でもな、アリス。外には想像もできねえくらいのロマンが待ってんだぜ!


誰も知らない、見つけられなかったものにだって、出会えるかもしれねえ!」


「だけど・・・もしできなかったら・・・」


「可能性を捨てるなよ!会いに行こうぜ」


「ぴーぴ!」


ピポはポピーの花を摘んで、アリスの手に乗せた。


「これ、大事なものだろ」


レインはアリスのジュエルウェポンを渡し微笑んだ。アリスは胸を抑えて涙をこぼした。そしてギュッと拳を握ると、ラピスの肩にそっと手を当てた。ラピスの体力はみるみるうちに回復し、ラピスは起き上がった。どうやら視界も晴れたようだ。


「サンキュー!」


アリスはバツの悪そうな顔で笑うと、立ち上がった。


「いいわ。一緒に行ってみる。なんかここも退屈してきちゃったし」


「いいじゃねえか!!」


「そうしたら、あとは外への鍵だな!」


レインは嬉しそうに話すと、アリスは首を傾げた。


「鍵?」


「ああ、出口の鍵!アリスが持ってんだろ?」


「そんなものないわよ?」


「・・・は?」


「もしかして住人に探すように言われたの?」


「ああ・・・女神にもな」


「遊ばれたのね、かわいそう」


「な・・・なんて奴らだ」


「信じてたのに・・・」


「みんな新しい人が来て楽しかったのよ、きっと」


「一部殺されかけたぞ」


「特にリンゴの女にな」


「ぴっぴっぴ・・・」


ラピスとレインは顔を引きつらせた。ピポはバカにしたように笑っている。


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