2-13 私の世界
アリスは月を見上げると、その光に包まれた。ラピスは眩しさに目を細めた。そして光が消えた時には、目の前に女のアリスが立っていたのだ。
「まったく・・・月は空気を読んでくれないのかしら?せっかく休みしてたのに」
「まさか・・・二重人格?」
「おバカさん。二重人格っていうのは一人の人間に複数の人格があるのよ。私がさっきの男に見えるわけ?」
「はあ・・・じゃあお前はなんなんだよ」
「そうね、死ぬ前に教えてあげるわ。私達の秘密を。私はアリス。あの男もアリス。私達は二人で一つの心臓を使っているの。そうしないと生きられないから」
「二人で一つの心臓を・・・?」
「そうよ。遥か昔、私達は死にかけていた。このペンダントは一つの心臓で生きるのを条件に、私たちを生かしたのよ」
アリスがそう言って、胸に手を当てた。確かに二人は同じ月のネックレスをかけていた。
「じゃあもしかして、月の光を浴びるとチェンジする仕組みなのか?」
「そうよ。あなた、頭空っぽってわけじゃないみたいね。・・・それで?私と戦うのはあなた?それとも、あの子?」
アリスはレインを指差したが、今のレインに戦意があるとは思えない。
「お前の相手は俺だ。
でもその前に男のアリスから伝言だ。一生かけてお前を守るから、お前も幸せに生きろ、って」
「本当に、あの男がそう言ったの?」
「ああ」
「信じられない・・・私は今すごく幸せなのに」
「お前、本当は外に出られるんだろ」
「外?何を言ってるの?」
「だから!ワンダーランドから元いた世界に戻るんだよ!!」
「意味が分からないわ・・・」
アリスは頭を抱えた。顔色がとても悪い。
「ここが現実以外のなんだって言うの?ここは私の世界。誰にも行かせない」
「お前が出たくないだけじゃねえのか」
ラピスがはっきりそう告げると、アリスはキッと睨んだ。
「俺にはやらなきゃいけねえことがある」
「そんなこと知らないわ。消えてよ」
「ぴぴ・・・」
ピポはラピスを心配そうに見つめた。
「私にだって、やるべきことがある」
「ぴ?」
「忘れようとしても・・・できないことが・・・あったはずなんだ」
レインはそう言って、ピポの頭を撫でた。
アリスは天に手を掲げると、ジュエルウェポンを召喚した。男のアリスが持っていたのと同じ、エメラルドだ。
「口じゃ決着つかねえみてえだな」
「私は物理攻撃は好きじゃないの・・・。でも、魔法の腕は彼より上よ」
「そりゃあおっかねえな。お手柔らかに頼むぜ」
「冗談」
アリスは不気味に微笑むと、手始めに両手に力を込めた。彼女の手には、シャボン玉のようなものが浮かび上がる。
「スパーク」
そしてその中に、雷を閉じ込めた。
「ッチ、また雷かよ。肩もまだ完全には動かねえ。厄介だな」
アリスは雷の球をラピスめがけて送り出した。ジリジリとラピスの元へ近づいていく。ラピスは走って避けたつもりだったが、アリスの発した球は消えない。それどころか、ラピスのあとをつけてきた。
「追跡型か」
ラピスは、男のアリスとの戦いでオーラに反応して、呪印の上に大量の砂埃が舞った。
砂は視界が曇るほど散らばる。ラピスは雷の球に向かって、舞い上がる砂を集めた。そして砂の力で、シャボン玉は破裂し、アリスの攻撃は無効になった。
「なるほど・・・オーラを利用して、砂を操ったのね。でも、足元の術式とセットじゃないと使えないと見たわ。とても消耗が激しそう」
「さて、それはどうかな」
ラピスは余裕ぶって見せたが、内心は非常にピンチだった。男のアリスとの戦いで、かなり体力が削られている。
さらに彼女の言う通り、術式の効果は既に切れかかっていた。魔力はあっても下手に攻撃を受ければ体力が持たない状態だ。
次にアリスは、ラピスを取り囲むように分身を何体も作り出した。
「さあ、どれが本物か分かるかしら」
レインはアリスの様子をじっと見ていた。
「いや・・・重要なのは、どれが本物かじゃない。上だ・・・!!」
ラピスが見上げた時には、アリスは頭上で武器を振り下ろしていた。しかし、ラピスは刃が刺さる寸前で、ジュエルウェポンの肢を掴み、動きを封じた。
「え・・・?ウソ・・・」
「残念」
そしてラピスは背後で構えていたジュエルウェポンを振り上げ、カウンターを狙った。刃はアリスの腕を切り付けた。しかしアリスは全く動じない。
「あら本当に?あなた、どれが本物かってことに気を取られすぎじゃない?」
ラピスを取り囲んだ分身は、ラピスめがけて全員黒い閃光弾を発射した。これにはラピスも避けきれず、攻撃を正面から食らった。
ドッカーン!!
「ラピス!!!」
けたたましい爆音とともに、ラピスは煙に包まれた。ラピスは全身マヒして動けなくなってしまったようだ。
「くっそ・・・」
「次はあなたね」
レインは剣を握り、アリスに立ち向かおうとした。しかし・・・。
「なぜだ・・・動かない」
レインの意志に反して、身体が思うように動かない。
「当たり前でしょ。もうあなたの時間はなくなったの。さっき取り戻しかけてたみたいだけど、もうとっくに12時を過ぎてるわ」
「そんな・・・」
「ゲームオーバー。これであなたもここの住人ね」
「私は住人なんかじゃ」
「じゃあ、なに?」
「!」
「あなたは誰なの?」
レインの頭は真っ白になった。私の時間はもう終わってしまったのか・・・?
アリスはレインの前でしゃがみ込み、冷たい目で見つめた。
「最後に言い残す言葉は?」
レインは必死で思い出した。
『お前、見失うなよ』
『は?』
『お前の道はお前で決めるんだぞ』
『お前は・・・だ!!!』
『私は・・・』
『どっかの適当な誰かになんて、なれねえ!!お前は・・・なんだよ!!』
レインはどうしても、自分が誰なのか思い出せなかった。
それでも・・・自分のことだ。目の前の誰かに決められるものじゃない。レインは拳を強く握った。
「・・・私はこれを最後の言葉にする気はない」
「この状況で勝つつもり?悪あがきも見ものね」
「ずっと迷っていた。どこに行けばいいのか。誰かに身を委ねるのは簡単だ。感情だって、流されるまま動けばいい。それが生きることだと思っていた」
「ちょっと!人の話聞いてるの?!」
「私は生きる。過去を携えて、苦しくとも進んでいく」
「なんでよ!そんな辛いことしなくたっていいじゃない!!」
「この場所では、生きているとは言えない・・・。
私はこの罪も、不完全な自分も、一緒に生きていたい。
これからの私は違うんだと、貫いてみたい」
「これまでの自分で十分幸せよ!!人はみんな好きなことだけして生きていたいでしょ?!」
「好きなことだけをしているのは、なんの変化もない自分を肯定して、これからの自分を否定しているのと同じだ・・・!
私は誰かに求められる人間になりたいんだ」
「どうしてそこまで・・・」
「それが生きるってことだからだ。すべてが私、レインだからだ」
その時、レインの前に剣が現れた。あろうことか、洞窟に眠っていた剣が彼女の目の前にあったのだ。
「確かに、私には求めるものなど無いのだろう。
だが、初めてこの足で地を踏み、ラピスと出会い、思った。
今はまだ分からない。分からなくていい。
私はこれから様々な地を巡り、探したいんだ。
私の求めるものを」
レインは凛とした面持ちで、当たり前のように伝説の剣を引き抜いた。
「故に、私の時間は動き続ける!今が私の決めた始まりだ!誰かが終わらせることなんてできない!」
「馬鹿よ!!この世界にもルールってものが」
「私の時間は私が決める!!」
剣は神々しい緑色の光をまとった。そしてレインは堂々と立ち上がった。
アリスは瞬時にレインの背後に回り、ジュエルウェポンを構えた。しかし・・・。
「私の背後に・・・立つな!!!」
「は?!え、ちょ!!早すぎだって!!」
レインは目にも留まらぬ速さでアリスに向かって思いっきり振りかぶった。アリスはジュエルウェポンで受け止めたが、あまりの威力に突き飛ばされた。
「な、なによ今の技!!」
「気にするな。ただの条件反射・・・職業病だ」
「いやなんの仕事よそれ!?」
「ただの元殺し屋だ。忘れてくれ、今は健全な剣士だ」
「忘れるったって無理だから?!怖!!健全とか言うな人殺し!!」
「レインはもう殺し屋じゃねえ!!立派な剣士だ」
倒れていたはずのラピスが立ち上がり、レインの肩に手をやった。
「ラ・・・ピス?」
「麻痺で確かにやられたが、あの程度じゃやられねえよ。それにうちの剣士はなに言われても弱音は吐かねえ。覚えとけ!」
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