2-10 ハンプティダンプティ

「なんだか気分が悪いわ」


「ああ!その青色の目!!海の深い色みてえだな!すごい綺麗じゃねえか~!」


「え?私の目?ありがとう!」


「ピンポン!瞳を褒められるのはグッと来ます!!」


「ピピー!!」


よく分からないが、今のは良かったらしい。


「そういえば、さっきまでいた男と同じ目してるな!」


「・・・あんな男と一緒にしないで」


「ブブーッ。触れられたくなかったポイントですね~」


「ピーピピ・・・」


ラピスは頭をかきむしった。


「女心って分かんねーな・・・。こうなりゃ当たって砕けるしかねえ。俺は気の利いた言葉なんてかけれねえんでね。おいアリス!」


「・・・なによ」


「俺はここから出て、やることがある。頼むから出してほしい。俺にできることはなんでもする!お前の悩みがあんなら俺が」


「ねえ、あなたにぴったりな配役を思いついたわ。ハンプティダンプティ。中身空っぽ。壁から落ちて粉々になっちゃえ」


アリスは目を細めて笑った。


「壊れたあなたを誰も元に戻さない」


アリスの卑劣な発言に、この場にいた全員が息を飲んだ。


しかし、ラピスは大声で笑い出した。


「はははは!!ひっでえこと言うのな!」


「なによ!」


「お前、本当は優しい子なんだろ?んなこと言ってねえで、せっかくの茶会楽しんだ方がいいぜ?ほら」


ラピスはそう言って、アリスにクッキーを差し出した。


すると、アリスの機嫌はコロッと変わり、たちまち笑顔になった。


「それもそうね、ありがとう!あなたみたいに、なんでも受け止めてくれる人を待ってたの!乾杯しましょ!」


「う・・・上手くいったー!!!」


サミットは白目で口をがーんと開けた。


ピポはラピスたちの様子を見て、楽しそうに笑った。


「あいつ、やるじゃねえか。アリスの狂気的な悪口にも動じねえなんてよ。器のでかい男だぜあれは」


チェシャ猫が感心していると、サミットは苦笑いを浮かべた。


「ラピスさん・・・瞳が潤んでいるわ・・・。ハンプティダンプティのくだり、しっかり堪えたんだわ」


「ピピ・・・」


 「あら、すっかり明るくなったわね」


「どうなってんだ・・・」


ラピスが空を見上げると、青空が広がっていた。おかしい。明らかに10分も経っていないのに、もう夜が明けている。ワンダーランドではこれが普通なのか?それとも、まさかそれだけの時間が本当に経って・・・。


「ラピス、ずっとここにいていいのよ?」


「そ・・・そうか?た・・・確かにここは楽しいな!ははは・・・」


アリスの機嫌は治った。でもここからどうすればいいのか分からない。とっさにレインに助けを求めた。


「レイン、どうしたらいい!?」


「どうしたらって・・・」


レインは遠くを見つめ、のんびりとティータイムを楽しんでいるようだ。こいつ、なんでこんなに焦りがねえんだ!ラピスはため息をついた。


「女神の言葉、忘れてねえか。俺たちには時間がねえ!」


「ラピス、何を言ってるんだ。いくらでもいればいいじゃないか」


「はあ?お前どうしちまったんだよ」


「ここにいれば安心だ。争いもなく、好きな時にお茶もできる。そうだろ?」


「でもここは現実じゃねえ!!」


「えっ?」


シーン。


お茶会の楽しい雰囲気が、一瞬で静まり返った。


そしてその瞬間、アリスの瞳から涙が零れ落ちた。ラピスは一向に、アリスが何に悩んでいるのか、理解できなかった。


「み、皆の者!!月を出せ!!!」


「風を回すんだ!」


木の根元から回転式のハンドルが浮かび上がった。眠っていたマポとミポは起き上がり、二人掛かりでハンドルを回した。すると、すごい勢いで風が吹き荒れた。


「な、何が起こってんだ・・・!」


マッドハッターは三月ウサギを大砲に詰め込んだ。そして空に向かって、大砲を打ち上げた。


「さあさあやっちゃってー!」


「おかまいなく!」


パアーーーン!!!


大砲は花火のように弾け、ウサギは空の彼方へと飛んでいった。火花は辺り一帯に飛び散り、青い空を黒く染めたのだ。


「あとは任せたぜラピス!!」


そしてオードは、空に向かってニンマリと笑った。その口元は下弦の月のように弧を描き、やがてチェシャ猫は見えなくなっていった。


 会場からすっかり明かりが消え、ラピスが目を開くと、空に薄っぺらい三日月が浮かんでいた。


「嘘・・・だろ」


月光で、ようやく目の前が見えるようになったが、レインとピポ以外誰もいなかった。


「・・・誰か、いる」


アリスが座っていた席を見ると、背の高い金髪の青年が座っていた。


「住人Aじゃないか!!」


「お前・・・!!」


「どうやら・・・お茶会はお開きみたいだね」


ニッコリと笑う姿に、ラピスは鳥肌が立った。


「お前、アリスだな?」


「ラピス!アリスはさっきいたじゃないか」


「俺も訳が分からねえ。でも俺の直感は間違ってねえ。あいつもアリスだ!!!」


ラピスが声を上げて言うと、長テーブルに座る住人Aはゆっくりと立ち上がった。


「ああ。間違いなく、僕はアリスだ」


「ど・・・どういうことだ・・・」


「胸が苦しい。とても悲しい気分だ。彼女に何を言った?」


鋭い目でアリスはラピスを睨みつけた。


「彼女?・・・お前もアリスだろ?」


「僕と彼女は別々の存在だが、感情は繋がっている」


「よく分からねえが・・・すげえ怒ってるみてえだな」


「そうさ。そして、僕の目的は君たちをこの世界に閉じ込めること。・・・悪いけど、君たちを外に出す気はないよ。まあ、お嬢さんは出るつもりはないみたいだけど」


「テメエ・・・!」


レインは虚ろな目で見つめていた。


テーブルの下に隠れていたピポは、心配そうにレインに駆け寄った。


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