2-9 引きこもりアリスのお茶会
目を開くと、そこは森のパーティー会場のようなところだった。長机には大中小様々な形のカップが並んでいる。辺りを見渡すと、レインは椅子に座り、双子は木の下で眠っていた。どうやらみんな飛ばされてきたようだ。
「うーーーん!夜の茶会もいいねー!!」
「今日の茶葉君、調子はどうだい?」
長いテーブルの中央に緑の大きなシルクハットを被った男性と茶色のボサボサ頭のウサギがいる。
「マッドハッターか?」
そしてその周辺には、サミットと色々な動物たちが集まっている。
「バラの香りをたっぷり吸ったからね!今日の僕は最高さ!」
マッドハッターが持っていた茶葉には目も口も付いていた。彼は茶葉を勢いよくティーポットに入れた。マッドハッターは50代くらいの紳士だった。茶色の整った髪に、モスグリーンの可愛らしいタータンチェックのジャケットを着ている。
「ああ・・・温度が・・・上がっていく・・・。いい度数だ・・・」
茶葉はおじさんが温泉に浸かった時のような声でうっとりとしている。
「さあ!飲め!」
「飲めるかーい!!」
「君はなんだね。僕はマッドハッターさ。これは挨拶だ。飲め!」
「なんか嫌!!すごく嫌だ!!なにが嫌なのか分からないけど!!!
いやこれ絶対おっさんみたいな茶葉のせいだよ!!」
「これは美味だな・・・」
レインは紅茶を飲んで一息ついていた。ラピスはその様子を見て、妙な焦りを感じた。彼女はまるで、この世界にずっといたかのようだ。
「お前溶け込みすぎだろ!!」
「そうだラピス、さっきのことだが・・・。あの青年は住人Aだ。私を道案内してくれたんだ」
「道案内?」
ラピスはレインの肩を揺さぶった。
「お前、見失うなよ」
「は?」
「お前の道はお前で決めるんだぞ」
「何を言ってるんだ?この世界のことは何も知らないんだ。だから親切に案内して」
「俺も最初はウサギのサミットに案内してもらってた。でもな、ここにはなにも決まりなんてねえんだ。俺たちがしたいように進むんだ。俺は武器を取り戻してお前とここから出るんだよ!」
「住人Aは、そのための手助けをしてくれてたのに?」
「だから!そいつはアリスだって」
「アリスが来たわよ!」
「アリス!」
「相変わらず可愛いなあ」
「は・・・?」
全員が空を見上げた。ラピスもつられて上を向くと、そこには大きな丸い傘を広げ、ゆっくりと降下する女の子がいた。スカートを履いているが、中はパニエで覆われていて隠れている。
どうやら、彼女がアリスのようだ。ラピスの予想は外れたらしい。
アリスは優雅にゆっくりと歩き、長テーブルの一番奥に座った。金髪のウェーブがかった長い髪、頭の後ろには黒い大きなリボンが付いている。服装は水色のワンピースに白いエプロン。スカートのシルエットは丸く広がっている。
「いい香りね~!これはラベンダーかしら?」
「正解正解大正解!!」
さっきのおっさんじみた茶葉は高らかにそう言った。
いやお前、バラっつってたじゃねーか!!
すると、ラベンダーの香りが辺り一帯に漂った。アリスの言葉が、この場所に反映されている・・・?まるでさっき、海を渡った時みたいだとラピスは思った。
そして・・・。
「なんでお前の目も同じ形なんだよ・・・!」
あろうことか、アリスのブルーの瞳は、さっき海岸で会った青年と同じ瞳孔の形をしていたのだ。それに、彼女も同じ月のネックレスをかけている。まさか、二人は双子?様々な憶測がラピスの脳内をかけめぐった。
こんな時、レインなら冷静に分析して何か案をくれそうだ。しかし彼女は、椅子に腰掛けアリスに全く興味を示していない。一体どうしちまったんだよ・・・!ラピスは目を見開いた。
「キミ、キミ!」
レインがボーッとしていると、ボサボサ頭の茶色のウサギが話しかけてきた。
「ん?お前は・・・三月ウサギか?」
「いかにも!しかしキミ!ぜんぜん飲んでないじゃないか!」
「いや、これで三杯目で・・・」
レインの言葉を聞くそぶりもなく、熱々の紅茶をティーカップに注いだ。
「実にいい夜だ。今日も明日もいい夜だ!はっはっは!!」
三月ウサギは一人で話だし、ゲラゲラと笑っている。
「ここは明日もいい日なのか・・・」
「もちろん!!でも外に行けば怖いハートの女王がいるのさ」
「ハートの女王・・・」
「気に入らない奴は全員死刑!!でもちょっと前に、アリスが外に突き返してやったのさ」
「へえ・・・ハートの女王もいないワンダーランドなんて・・・ここは本当に安全なんだな」
「安全安全!悪いことなんてなーんにもなし!ところでキミは誰だい?」
「私は・・・そうだな・・・住人Bだ」
「それはなんと!素晴らしい!!実に!!!」
三月ウサギは飛び上がると、マッドハッターにこそこそ話をした。
「あの子は住人Bだ!」
「住人B?!住人Aもいないのに、B?・・・なんてヘンテコ!!愉快だ!!」
マッドハッターは三月ウサギと肩を組み、歌い出した。
盛り上がる二人を尻目に、チェシャ猫のオードは困惑するラピスに近寄った。
「ラピス、チャンスだぜ」
「ああ・・・」
「さっきも言ったが、アリスを説得できねえとここからは出れねえ」
「いいぜ。やってやるよ!」
そうだ。アリスに鍵をもらって、ここから出る。こいつがアリスってことは間違いねえ。それならやることは一つだけだ。
「そ、そこのお嬢さん!!」
「え?」
ラピスがアリスに話しかけると、彼女と初めて目が合った。大きな丸い瞳がラピスを見つめる。アリスはパッと見たイメージは可愛い印象の女の子だった。
サミットとオードは、ラピスの震える声にハラハラしていた。
「もしかして、お客さん?」
「・・・ああ!俺はラピス。よろしくな」
「私はアリスよ!ゆっくりしていってね!」
アリスはニッコリと、極上の笑顔を浮かべた。
「はいここ」
「え?」
「照れるところ!」
「は?」
「さあ!もう一回!・・・・・ゆっくりしていってね!ラピス君!」
アリスはそう言って、首を傾けて笑ってみせた。しかしラピスは全く動じない。アリスの顔が瞬時に曇った。どうやら機嫌を損ねてしまったようだ。
とっさにサミットはラピスを連れ出した。
「ダメですって照れないと!」
「いやだって好みじゃねえし」
「ここはアリスの世界なんです!彼女の思った通りに反応して気分良くさせるんですって!」
「んなこと言ったってよ・・・」
「時間!なくなりますよ」
サミットはそう言って、懐中時計を見せた。
「おい、10時じゃねえか!!!」
「これはただの時間じゃないんです!アリスの好感度!減点方式ですから!」
「いやその設定もっと早く知りたかったな?!!」
「私だってラピスさんがこんな残念男子だとは思いませんでしたよ・・・」
「いや人生終わったみたいな顔しないで!!俺頑張るって!」
ラピスは気を取り直して、アリスの元へ駆け寄った。
「アリスちゃーん!本当に君は可愛くて素敵だね~!今日は呼んでくれてありがとう!」
「呼んでねーよ」
「口悪っ!!」
「はい!そこ!抑えて!!!」
「ピピーッ!!」
サミットは椅子に腰掛け、腕を組み、監督っぽく突っ込みした。ピポも笛の音のように鳴いてみせた。わ・・・笑えねえよ・・・。ラピスは冷や汗をかいた。
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