2-8 マポとミポ
「マポマポ。ネジ巻いてほしいの」
「仕方ないわね、ほらこっち向いて」
マポは急いでミポの鼻をつまみ、ぐるぐると回した。
「その丸い鼻ネジだったのか・・・」
「マポとミポのね、この団子の形のまあるい鼻をね、みんな馬鹿にするのよ」
「かわいいのにな」
「でしょでしょ。だからネジにしたの」
「どうしてだ?」
「鼻をまわすと、ミポが動くでしょ。すごく嬉しい。みんなにバカにされるけど、このお鼻が大好きなの」
「ふっ、そうか。・・・それにしても、どうしてロボットなんだ?想像ならいくらでも」
「マポは頑張ったの。だからもう、ロボットでいいの。人になったら、また足が痛くなっちゃうでしょ。だからいいの」
「だからその足を直すことだって」
「マポ、ミポが転ばないとお姉さんになれないの。ミポは、いつもマポがいないとダメなの。マポが手を握って、マポがネジを巻いて。それがいいの」
「・・・そういうものなのか」
マポは二ヒヒ、と笑うと、ミポと手を繋いで歩き出した。陽気に歌っている。
レインは正直、マポの気持ちが分からなかった。兄弟はおろか、家族がいたこともない。
「ミポが亡くなったのは5歳の時だったらしい。一件不幸に見えるミポの病気も、マポを姉にさせた、欠かせない記憶なんだよ」
「病気の彼女のまま、痛みのないロボットか・・・」
そこまで考えると、レインは頭がふわっとした。何かが抜け落ちたような感覚だった。レインは首を傾げた。
「あれ・・・どうしてここにいるんだ」
「君が海を見たいって言っただろ。ちょっとした寄り道さ」
「寄り道・・・」
「時間はまだまだあるよ」
「時間はまだまだある・・・」
「そう。だから焦らずゆっくり行こう」
「そう・・・だな」
レインは何か大事なことを思い出しかけて、忘れた。
それでも、脳裏にある少年が思い浮かぶ。あれは誰だっただろう。その人に、合わなければ・・・。
「あ!エリィがいるの!」
「またリンゴ持ってるの!」
「エリィ?」
双子の視線の先には、リンゴの入ったカゴを持つ、女の子がいた。そして隣にいるのは・・・。
「ラピス?」
「もしかして君の仲間かい?」
「ああ」
ちょうど、エリィはラピスにリンゴを差し出しているところだった。
「あのリンゴはミポしか食べれないの」
「なぜだ?」
「毒だから」
「なっ!!」
レインは素早く動き、剣を出した。
その動きに双子は声を揃えて言った。
「「わお~!!」」
「いいところだったのに」
住人Aは悔しそうに目を細めた。
「危ないっ!!」
スパァン!!
ラピスの目の前のリンゴは吹っ飛び、真っ二つに引き裂かれた。
「そいつは毒リンゴだ」
「チッ!」
「レイン!!」
逸れていたレインはラピスの前に現れた。剣を構える彼女はは戦闘モード全開だ。
「良かったー!!無事会えたな!!つーか毒リンゴって・・・本当なのか!?お前白雪姫だろ!?」
「・・・そうよ。私は白雪姫。かつて継母に毒リンゴで殺されかけたのも本当よ」
「じゃあなんで!」
「仮にも私の母よ?ほら、よく言うじゃない。子は親の背中を見て育つ、ってね!」
「いやなんか違うような・・・」
「ってゆーか、ツインズ!何教えてんの?あんたらこっちの味方でしょ?」
「ひええ」
「ひええ」
ツインズはレインの後ろに隠れた。
「味方・・・?」
レインは不思議そうな顔をした。
「あなたがいるのにどうしてこうなるのよ・・・」
エリィは怪訝な顔で住人Aを見た。彼は釈然とした様子で話し出した。
「できる限りのことはしたさ。でも彼らは無事合流できた。それなら仕方ない。ピポにも気に入られているみたいだしね・・・」
「分かったわ・・・」
エリィはそう呟くと、顔を曇らせた。
「気をつけて。なにか来る」
「ありがとよイケメン君。誰か知らねえけどよ・・・」
「知らない方がいいさ」
「?」
ラピスは突如現れた不思議な青年に、違和感を感じていた。ラピスと同じく、不思議な瞳孔の形だったのだ。
「まさか、ジュエルウェポンをお前も・・・!」
「私の邪魔する奴らはみんな敵。消えちゃえばいいのよ・・・」
エリィがそう呟くと、たちまちカゴの中にあったリンゴが宙に浮いた。そして、ものすごい速さでラピスたちに向かって飛んできた。
「なんだよこの状況!!リンゴが物理的に襲ってくんのか!?当たったら痛えのか!?なあ!!」
ラピスが騒いでいる間に、レインはいち早くリンゴに切りかかった。いくつものリンゴを切り刻んでゆく。
スパン!!
「なにかがおかしい・・・。なんだこれ・・・火薬の匂い?」
「伏せろ!」
レインの目の前で、リンゴの中に入っていた火薬が爆発寸前だった。
パアン!!
レインは爆発の衝撃を覚悟して目をつぶり、体は勢いよく突き飛ばされた。
「あれ・・・爆発したはずじゃ・・・」
「っ、あっぶねー」
目を開くと、そこにはラピスがいた。とっさにレインを突き飛ばし、彼女を覆いかぶさって衝撃を防いでいたのだ。
「ラ・・・ピス?」
「大丈夫そうだな。さっきは助けてくれてサンキューな!」
ラピスは満面の笑みでそう言うと、レインの胸はドクンと音を立てた。
自分は一体、何をしていたのか。ラピスに着いていくと、そう決めた。そうだ。私はこいつと一緒に、これからも旅をするんだ。
「それで避けたつもり?甘いわね」
「なんだこの臭い・・・火薬に混じって、何か別の・・・」
レインはハッとして鼻に手を当てた。
「毒ガスだ!!」
「ぴいいい!」
ピポは鼻をバタつかせ、必死で毒ガスを吹き飛ばしていた。ミポもマポの前に立ちふさがり、必死でガスを飛ばした。
しかし、たくさんのリンゴを切って放出されたガスは、すでに辺りを蝕んでいた。
「くっそ・・・武器もねえのにどうするよ・・・」
「万事休す・・・か。どうする・・・!」
「ははははは!人は失敗から学ぶものよ!お母様は詰めが甘かったのよ。確実に殺さないと。でしょ?」
誰もがこの状況に絶望する中、エリィの高笑いに住人Aはため息をついた。
「バカみたいだね」
「はあ!?」
「これじゃお嬢様のお遊びだ」
「あんたまさか・・・あっちに加担するつもり!?」
「好きにさせてもらうさ。僕の世界でもあるからね」
住人Aはそう言って、左手を大きく開くと、武器を召喚した。それは・・・。
「ジュエルウェポン・・・エメラルド?」
ラピスは驚いて目を見開いた。それはモミジの形をした鋼の刃に、エメラルドが埋め込まれたジュエルウェポンがだった。ラピスの武器に少し似ている。
一方レインは、まだラピスが覆いかぶさったままだった。お願いだから早くどいてくれよ・・・。レインは恥ずかしさでどうにかなりそうだった。
そして、住人Aがジュエルウェポンを一振りした。すると・・・。
「私の毒が・・・一瞬で浄化され・・・」
突風がエリィに襲いかかる。
「きゃ~!!アリスなんて大っ嫌―――い!!」
そしてエリィは、風の衝撃で空の彼方へ飛んで行った。
「アリス・・・?」
ラピスは目を見開いた。
その時、さっきまで晴れていた空が急に暗くなり、太陽が沈んでいった。
「僕のジュエルウェポン、エメラルドは治癒と浄化に優れていてね。このくらいの毒ならすぐに無効にできる」
ラピスは立ち上がり、住人Aの目の前まで来た。
「お前がアリスなのか?」
ゴーーーン。
その時、大きな鐘の音がした。
この数分間で、辺りはすっかり夜になっていた。そして、雲の切れ目から月光が差した。
「ラピスと言ったね・・・。もっと色々な質問に答えたいけど、残念。ここはワンダーランド。今日は月の周りが早いみたいだ」
「てめえ此の期に及んで逃げんのかよ」
「ここでは何よりも茶会が重要なんだ。ほら、もうすぐ会場に着く」
住人Aがそう言うと、辺りの景色はぐるぐると回りだし、地面も木々も歪み、たちまち光に吸い込まれた。
「うわああああああ!!!」
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