2-7 砂場の小瓶

その頃リスタンのバーでは・・・。


「今日はお客さん来ないし暇だな~。ラピスさんたちも帰ってこないし」


「そんなにあいつらが心配かよ」


「アンク」


「客なんて毎日数えきれねえくらい来るだろ。ラピスたちは旅人なんだからよ。もう会えねえのが普通だぜ」


「そうかもしれないけど・・・。ラピスさんやレインさんとはまた会いたいのよ。今日だって、ここに戻ってくるって言ってたんだから」


「ふーん」


「プラペスの森なんて誰も行かないのに。なんの用事があるんだろう」


「まさかあいつら、あの森に行ったのか」


「猫のルーシーが、走って行くのを見たって。また魚もらえなかったって怒ってたわ」


「・・・それならもう戻らねえかもな!」


「え?」


「街のガキだって知ってんだろ。あの森に行ったら帰ってこれねえから近づくなって」


「それは狼が出るからでしょ。ラピスさんたちならそんなの」


「森に入ったら最後、泉の中に閉じ込められて出てこれねえ。自分が誰だったかも忘れちまって、気づいたら死体が・・・」


「きゃあああ!」


「なーんてな!冗談だって!」


「もう!不謹慎なんだから!」


「ごめんって!な!」


アンクはラミエルの機嫌をとると、誰にも聞こえない声で呟いた。


「ここでリタイアか。あばよ、へっぽこ勇者」





 「なんとか森を抜けたな!」


ラピスはピポとサミットと一緒に、森を抜けた。その先には、海が広がっていた。


「ん?この先道がねえじゃねえか!」


「ふふ、ラピスさん、地面を歩かなきゃ進めないと思ってるんですか?ここはワンダーランドですよ。想像力!考えれば叶うんです!もっと頭を柔らかくして」


「ふーん。ならこのちっこい瓶にでも入って海を渡るってのはどうだ!」


ラピスは砂場の小瓶を拾い上げ、冗談まじりに言ってみせた。


「ご名答~!それもまた正解です。瓶を開けてみてください」


「ん?これか?ってうおおおお!!」


ラピスがビンのコルクを開けるなり、たちまち中に吸い込まれた。ラピスの隣にはピポがいたが、サミットの姿は見えなかった。


ラピスの視界には見渡す限り砂が映った。


「どうなってんだ!?これじゃどこにも・・・」


たちまち、瓶が空に浮き、サミットの大きな顔が映った。どうやら彼女が外から拾い上げたようだ。


「中に入れたみたいですね!では海の旅を楽しんで!エリィに会ったらよろしくです!じゃあ行きますよ〜!豪速球!!」


「はあ?」


ラピスが首を傾げたときには、海の中に勢いよく放り投げられた後だった。ラピスはその衝撃に叫んだ。


「うおおおお!死ぬかと思ったぜ」


「ぴっぴぴ」


ピポはラピスを『この程度でビビるなんて』という顔で嘲笑った。


「てめえ覚えてろよ」


「ぴっぴっぴ!」


「つーかこれ本当に着くのかよ」


「ぴ!」


ラピスはこの先が分からず、ピポを見た。


「なんかお前の目見てっと、不安が吹っ飛ぶ気がするんだよな。ま!サミットも想像力だなんだって言ってたし?どっかの島に着くのを想像すりゃいいんじゃねえか?」


「ぴーぴぴ」


「つーか・・・エリィって、誰だよ。不思議の国のアリスの話はちっとは知ってるがそんなやつ聞いたことねえよ」


「ぴっぴっぴ」


ピポはラピスを見て笑った。


ドスッ!


なにかに当ったようだ。瓶が大きく揺れて止まった。そこは海岸だった。


「なんだ!?さっき体が縮んだのに、ここにきたら瓶がすげえでかくなってんぞ!俺たちの体も・・・元に戻ったのか?」


そしてラピスはコルクを精一杯押して、外に出た。思ったより簡単に蓋が開き、勢いをつけすぎて砂浜に思いっきり顔をつっこんだ。


「あら?お客様かしら?」


「ん?」


見上げると、そこには誰かの足があった。そして、タイトなスカートからは思いっきりパンツが見えていた。ピンク色で、リンゴ柄をしている。


「何見てんのよ」


彼女は、白い襟のワンピースを着ていた。赤と黄色で彩られた鮮やかな服だった。そして、リンゴの入ったカゴを持っている。


ラピスは素早く立ち上がり手を挙げた。


「異議あり!!勝手に見せられました!!」


「はあ!?」


「言ってやるよ。なに見せてきてんだよ!!」


「あんた何言って」


「だいたいこういうハプニングの時になんで男が弱い立場になんだよ。お前恥ずかしいなら短いスカートなんて履くなよ」


「あのね、こういうとき紳士ならまず謝るわ。たとえ事故だったとはいえ、乙女の下着を見てしまったんですもの」


「なるほど。一理あるな」


「そうよ。そしてこうも言うの。責任とって結婚します!!!」


「おっも!!!お前彼氏いねえだろ!?」


「な・・・!なんて無礼な人・・・!」


彼女は真っ赤になり、顔を背けた。彼女はミディアムの黒髪に、赤いリボンのカチューシャをしている。世間一般的に見て可愛い部類に入る女の子だとラピスは思った。中でも目立つのは、透き通るように白い肌と、血のように紅い唇だった。


「図星なのかよ・・・。悪かったって。俺はエリィって子を探してんだ」


「私よ」


「え?」


「私!白雪姫のエリィ」


「・・・いやなんでワンダーランドに白雪姫?童話間違えてきちゃったの?」


「・・・仕方ないじゃない。アリスが決めたんだもの。このワンダーランドには白雪姫も住んでんのよ。あんたたちの街だって、色んな物語の人物が共存しているでしょ。白雪姫だって色んな場所に行ってみたいわよ」


「ふーん。グローバルだな」


「王子様との新婚生活も飽きちゃって・・・。やっぱり運命の人だと思って即決するのはいけなかったわね。今はワンダーランドで休暇中なの」


「・・・うんできれば聞きたくなかったな~その裏事情・・・」


「それより、なんの用?私アップルパイ作らなきゃいけないの。忙しいんだから」


「ああ!外に出るための鍵を探してんだ!」


「鍵?・・・ああ、鍵ね」


「頼む!俺はここを出てやることが」


「アリスに渡したわよ?」


「はああ!?」


「そもそもアリスがサボって色んな住人に渡すからいけないんだわ。私暇じゃないもの」


「てめえら・・・旅人に親切にしてくれよ」


「ふん。知ったこっちゃないわね。それより、せっかくきたんだし、このリンゴ、食べていかない?今朝採れたばかりなのよ」


「ぴっ!」


白雪姫がリンゴを差し出すと、ピポは大声で鳴いた。威嚇するように、羽を大きく広げている。何かを恐れているような顔だ。


「まあピポったら。今日のは苦くないわよ?」


エリィはニタっと笑った。


 「落ち着いたようだね」


「ああ。取り乱してすまなかったな」


「・・・どこか行きたいところはある?」


レインは、今ラピスと会うことができたら・・・。そう思った。なぜか、ラピスと一緒にいると、自分の行くべき道が見つかる気がした。しかし・・・。


「そうだな。ラピスと会うまで、もう少しゆっくりしてもいいかもしれない」


レインはそう言って、遠い目をした。


「気分転換に海でも眺めたいところだが・・・」


「外に出てみなよ」


レインが試練の洞窟の外に出ると、そこにはさっきの景色とは真反対の、浜辺が広がっていた。


「これは・・・」


 「わーい!海なの!」


「わーい!!」


「ミポ、そんなにはしゃぐとまた転ぶわよ」


「砂の上だもの。転んでも痛くない!マポも瓶を探すの」


「そうだわ。瓶を探すの!」


「むむ。これはゴシップよ」


「なになに」


「チェシャ猫の森に超ダサい男が現れた。男とサミットは出会って0日交際ですって」


「最近の若いコは早いのね」


「早いのね」


「なんだその情報」


「ワンダーランド名物のゴシップ瓶さ。この世界では葉も風も魚も、あらゆる生き物が見たものを勝手にしゃべるのさ」


「サミット、チェシャ猫にフラれる。これで記念の1万回達成か」


「随分ひどい内容だな・・・」


「ほとんどガセネタだけどね。暇だからみんな好きに話すのさ」


「私も見つけたぞ、なになに・・・。アリス君今日もかっこいい。月なんて出なければずっと見てられるのに。これは恋文か?・・・って、アリス君?」


アリスって女の子じゃなかったか?


「今は性別も関係ない時代だからな・・・」


レインが首を傾げていると、住人Aは笑った。


「好き勝手言ってくれるな。月が出なければ消えてしまうのに」


「どうかしたのか?」


「いいや。少し悲しくなっただけだよ。よくあることさ」


そう言って眉を細めた住人Aからは、哀愁が漂っていた。


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