2-6 白雪姫のエリィ

 その頃、ワンダーランドではレインたち一行は洞窟に向かって歩いていた。


「ガガガガガ、いたた・・・」


「ミポ、大丈夫?」


「ダイジョーブ。怪我してないよ」


様々な大きさのキノコが群がる、森の中だった。食べたら死んでしまいそうなくらい、毒々しい色のキノコや鮮やかなキノコがたくさん生えている。レインは見ているだけでお腹を壊しそうだと思った。


「ガガガ、コテッ」


「ミポ、ほら」


「マポ、ありがとう」


「さっきからよく転んでいるな。足が悪いのか?」


「ミポはうまく歩けない。ロボットだから」


「え?」


「ミポはもういないの。でもここにはいるの」


「それはどういう・・・」


「マポには足の悪い双子の妹がいたんだよ。今はもう亡くなってしまったけど」


「だから作ったの」


「・・・その足、直した方が」


「いいの!」



「え?」


「歩けないのがミポなの。歩けないミポを助けるのがマポなの」


「・・・・・そうか」


レインはそれ以上聞けなかった。双子は洞窟を見つけると、走って奥に進んでいった。


 「ツインズは少し歪なんだ」


「歪・・・?」


「夢の中に現実のカケラを混ぜている。ここはワンダーランド。想像通りのものを生み出すこともできる。でもマポは完全な妹を作らない」


「・・・私があの子なら、妹と走り回って遊びたかったと思うが・・・」


「それが普通だよ。でもそうしないのは、マポは短いミポとの思い出が宝物だからじゃないかな」


「思い出・・・」


「女神にそれだけを残してもらったんだ。だから、ミポにはマポが生きていた頃の記憶がある」


「・・・マポも外からやってきた人間だったのか?」


「そのはずだよ」


「ここに入ったら、意思と関係なく記憶も消えるはずじゃないのか」


「女神にも慈悲があるんだよ。僕や他の住人は残念ながら、記憶はないけどね」


「神も気まぐれなんだな」


「フッ。この世界すべて、気まぐれさ」


「マポやミポは名前もあるのに・・・お前はなぜ住人Aなんだ?」


「僕は配役なんていらないんだ」


「そうなのか」


「何者にもならなくていい。気が楽だ。さあ、着いたよ」


そこは、三角錐の大きな洞窟だった。入り口からは神聖な空気が漂い、まるで神殿のような雰囲気だ。


 レインはこの先に何があるかはわからないが、落ち着いた面持ちで進んでいった。


入ってすぐに目に飛び込んできたのは、中央の岩に刺さる剣だった。自然光が剣に差しかかり、神々しい輝きを放っている。


 レインが持っている剣は、決して高価なものではない。今まで剣へのこだわりがなかったからだ。


「どうする?抜いてみる?」


「・・・この剣で切り開ける道があるのなら、挑戦するのもいいかもしれないな」


妖精王の剣。にわかに信じがたいが、それでも誰かが使っていた剣なのだろう。主人が存在しないのは、必要がないからか。私にこの剣は、必要なのだろうか。レインはじっと考えた。


そして、意を決して剣の前まで行った。


剣の柄は逆三角形で、複数の金が固められてできているようだった。中央には白く透きとおった、まるで水面のように輝く水晶がついていた。


 レインが剣を握ると、剣が光だした。同時に、レインの胸に誰かの声が響いた。


『汝何を求める』


何を・・・求める?


「私は・・・・・ラピスの仲間として力に」


『自身は、何を求める』


レインは必死で考えた。何を望む?何を・・・求める?


「わからない」


レインは静かに涙を流し、彼女の頭は真っ白になった。自分のために?自分を思ってなにかすることなんて、考えたこともなかった。殺し屋を辞めたら、自然と分かるものだと思っていた。これから自分が何をしたいかなんて、わからない。それは可笑しいことなのだろうか。レインは胸が苦しくなった。


そして、剣は光を失った。


「剣が光ったの!」


「こんなこと初めてなの!」


「すごいの~」


「の~!」


「さすが僕が見込んだだけあるよ!・・・って、あれ」


住人Aは、レインが泣いているのを見て驚いた。


「何も・・・答えられなかった」


落胆する様子を見て、マポとミポはレインをそっと抱きしめた。住人Aは切なそうに口をキュッと結んだ。


「お姉さん泣いているの?」


「どうしたの?」


「私は・・・なにも・・・なにもないんだ」


「・・・それがいいのかもしれない。この場所では」


住人Aはそう呟き、レインの肩をさすった。


 「剣が光るなんて・・・」


泉の女神シャーレは泉の間の水晶を通して、ラピスとレインの様子を観察していた。


「あの青年といい、彼女といい、普通の人間ではないようね」


シャーレは深くため息をついた。


「とはいえ・・・こんな子どもに、世界を託すなんて、私は認めない」


そして、こんな言葉を思い出した。


『いつの時代も、人間が世界を作ってきた。我々はただその行先を見守るだけだ』


シャーレはしばらく考え込んでいた。つまり、世界を滅ぼすのも人間ということ。じゃあ私がしているのはただのおせっかい?いいえ違う。これは女神としての使命よ。


「しかめっ面してると、せっかくの美人が台無しだな」


「エルス!」


気づけば、女神の間に空の神エルスが現れていた。彼は白いローブを身にまとい、ハニーブラウンの髪が無造作にハネている。今日は一段と癖っ毛だ。


「いつもいきなり来ないでよね」


「悪い悪い、今回は少し急いでいてね」


「なに?」


「悪魔が動き出した」


「思ったより早かったわね」


「ああ」


女神は頬杖をつき、水晶に写るラピスをじっと見た。エルスもラピスの様子を見つめた。


「天界の問題に、17の少年を巻き込みたくない気持ちは分かる。だが、シャーレ。彼はすでに巻き込まれている。そしていつか、少年は自ら渦の中心に立ち世界を動かす。俺はそう確信している」


「それは、神の導きとは関係なく、彼自身の意思で・・・そういう意味ね」


「そうだ」


「じゃあ今はまだ、先導されているだけだわ」


「そう。・・・まあ、ここから出られないようでは英雄にはなれないからね。気長に見守っているよ、僕は」


エルスはそう言い残し、泉の間を後にした。


「神様なんだから念送れば済む話じゃない。アナログなんだから」


シャーレはそう言って、微笑んだ。


 「ぴぴ・・・」


「なんだ?この変な鳥」


黄色のトリはラピスの足元にぴったりくっついた。つぶらな瞳でラピスを見つめている。


「ピポになんて事言うんですか!」


「ピポ?」


「ワンダーランドのマスコットキャラですよ!!!滅多になつかないんですからね!!いつもだいたいつつきまくるんですから!!」


「んな凶暴な鳥マスコットにすんのかよ!」


「まあそう言うな。ピポは幸運の鳥と言われている」


「この鳥が・・・?」


ラピスは疑わしい目つきでピポを見た。


うるうる。ピポは上目遣いでラピスを見つめた。


「な・・・なんてかわいいんだあ~!!」


「ぴっぴぴー!!」


「ってなるかボケ!」


ラピスはピポに向かって思いっきりあっかんべーをした。


ピキッ。


ピポはブサイクな顔で思いっきりラピスを睨みつけた。


「ピッピヨ~?!」


ラピスには『あ”あ~ん?!』と威嚇しているように聞こえた。


「はははお前人間みてえだな」


「ぴっぴ!ぴぴぴぴ!!!」


今度は、真剣な目つきでピポはラピスに語りかけた。


「ぴーぴぴっぴーっぴ!!!」


ラピスはピポを見て、ニカッと笑った。そして、ピポの頭を撫でた。


「よし!お前、俺に着いてこい!」


「ぴぴー!!」


ピポも嬉しそうに飛び上がった。チェシャ猫はその様子を見て、フッと息をついた。


「ピポ、こいつを頼んだ。俺は森の抜け道を作ってやる」


「チェシャ君!」


「いいぜ、俺は。こいつならよ。ラピス!お前の望みをもう一度言え」


「ああ!俺はジュエルウェポンを取り戻す。で、レインと一緒にここを出る!んーで、栄光の空に行ってやる!」


「栄光の・・・空?」


「その言葉忘れるな!お前の求めるものすべて、お前の一部だ。この先の道を誰かに委ねるな。わかったか!」


「ああ、忘れねえ。だから、現実に戻る鍵をくれ!!!」


「っああ~!鍵が必要だったな!」


「そうだ!鍵のためにお前に会いに来たんだ!!!」


ラピスがキラキラした瞳で言うと、チェシャ猫は気まずそうに笑った。


「・・・悪いな、エリィに渡しちまったぜ」


「て!てめえ!あんだけ俺のこと試すだとか言っといて鍵持ってねえのかよ!」


「まあそう言うな。俺は本来この森の番人だ。旅人をこの森に閉じ込めるためのな」


「俺を閉じ込めようとしてたのか!?」


「鈍い人ですね。明らかに時間稼ぎしてたじゃないですか!」


「鍵当番制にしたのも、制限時間を削るためだぜ」


「ガーーーン!!!」


「本題だ。ラピス、ここから出してやる。だからアリスを救ってやってくれ」


「アリスを・・・?」


「ワンダーランドはアリスが作り出した世界だ。鍵があっても、アリスに認められなければ出ることはできない」


「・・・一筋縄じゃいかねえってことだな」


「サミット、ラピスを」


「茶会に招待するんですね。わかりました。いいですよ私も。女神に怒られちゃいますが、アリスのためだもの・・・」


「茶会!?んなことしてる暇はねえって」


「茶会なら確実にアリスが来る」


「!!」


「準備しといてやるから、お前は鍵を探しに行ってこい」


「ありがとよ!」


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