2-5 風の間の一件

ワンダーランドから遠く離れた地上では

満月が浮かぶ森の中に、3本の塔が立っていた。


誰がなんのために作ったかもわからない、大きな塔だ。

薔薇のツタが柱を囲み、その頂上ではバラが咲きかけていた。


 中央の塔の上に、悪魔が座っていた。足を上下に振る彼女の名前はステューシー。二つ結びの長い黒髪をなびかせ、鼻歌を歌っている。月の白い光に当たるのが好きらしく、彼女はご機嫌のようだ。


「不思議・・・・・。こんな小さな石一つで、世界を救うことも滅ぼすこともできるなんて・・・」


 彼女は卵形の水晶を月にかざした。水晶の中央には、三本の横線が風になびいたような形の、風の神の紋章が記されていた。


すると、ステューシーに突風が襲いかかってきた。


彼女は口角を上げた。


「来たわね」


突風を予期していた彼女は、重力を操る魔法をかけていたため、びくともしなかったのだ。そして大きな風の渦と共に天使が現れた。


「自分がなにをしたか分かっているのか!!!」


けたたましく怒鳴り散らすその声に、ステューシーは眉を歪めた。


「あなた達が何もしないから、私たちが何かする。ただそれだけじゃなくて?」


天使の名はルカ。風の神の守護天使だ。彼はステューシーを睨みつけていた。


「風の神の使い、ルカ。そして・・・フフ。こそこそしないで出てこれば?」


彼女がそう言うと、あたり一帯に小さな光が無数に現れた。丸い光には白い羽がついていた。


「驚いたわ・・・私のファンがこんなにもいたとはね・・・」


「戦いは好まないが、事情が事情でね」


「ざっと5万くらいかしら。よくかき集めたわね」


ルカは冷や汗をかいた。こちらの数が読まれている。それに対し、彼女はどう見ても一人。そして、全く動じていないのだ。いったい彼女は何を企んでいるのか、ルカは気が気でなかった。


「お前は神の理に背いている。」


「天使は理に背いてないとでも?」


「そうだ」


「なぜ」


「天使も悪魔も過ちを起こす生き物だからだ」


「今日の過ちは許してくれないわけ?」


「当然だ。天界のシステムを根底から覆す行為!!今返せば特別に許してやらないことも」


「あらそう。じゃあこれ、返すわ」


ポイッ、っと。


ステューシーは手に持っていた丸い石を、ルカに向かって投げた。


彼女があまりにも軽々しく投げたので、ルカも驚いて、キャッチするのがワンテンポ遅れてしまった。


「えっ。ありゃ?」


驚いたルカの間抜け面を見て、ステューシーは笑った。


「約束通り許してくれる?」


「どういうことだ!!」


その行動が読めず、ルカは苛立った。


「友好の証だと思う?」


「・・・」


「ははは、そんなに睨まないの!意思表示よ。魔族から天族への。


神が正しい秩序を示さないなら、私たちはあらゆる手を使って正義を勝ち取る。たとえ人間界を滅ぼそうとも」


「それではなんの解決にもならないことが分からないのか」


「解決なんて望まない。魔族にあるのは怒りのみ」


「聞く耳もたず、か」


「私たちが何もしないと思った?残念ながら帝王は意志を固めたわ。そのプロフゴットも、必ずまた取りに戻る。楽しみにすることね」


ステューシーは、今度は片時も笑うことなく、一切光を受け付けぬ冷たい眼差しで言い放った。


そして月の光と共に消えていった。


 「宣戦布告か。・・・いま動き始めたのは偶然じゃない。この時を狙って動き始めたんだ」


ルカはそう呟き、取り返した風の水晶を見つめた。


「もはや彼女一人殺めたところで片付く問題ではないな。」


一度ならず二度までも、プロフゴットを盗むと言い張るとは。二度目は守護天使も厳重に警戒していることを知った上での発言だ。魔族の実力とは一体、どれほどのものなのだ・・・?ルカは悪魔の反逆行為に対して、正直なところその実態をあまり掴めずにいた。


神々への反乱など、今までなかったからだ。


かつて引き起こされた魔天戦争も、あくまで天界だけで完結されている。


そのため、魔族の戦闘力が一体、神に対してどこまで通用するのかは未知といえる。


そこまで考えると、ルカは神に念を送った。


「風神よ、魔族の敵意は完全に天族へと向いてしまったようです。一体私たちはどうすれば・・・」


「我々はせいぜい、世界のバランスを保つことしかできん。言うなれば、神々の力を誤れば、そのバランスを崩すことになる」


「それだけは阻止せねばなりません」


「心あり穴ある生き物だからこそ、必ず通る道じゃ。それさえも運命の導き。その流れをきちんと流してやらなければ、栄光の空を見ることはできぬ。神の間は砦じゃ。なんとしても守り抜け」


「この使命、必ず」

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