2-4 伝説の剣

一方、レインは住人Aの案内で、カラフルな木が茂る森の中を歩いていた。


「この先の洞窟には、伝説の剣が眠っているんだ」


「伝説の剣・・・?」


「大昔、妖精の王が剣を封印したらしい」


「妖精なんて、単なる作り話じゃないのか?」


「さあね。もしかしたらおとぎ話かもしれない。ただ、剣は確かに存在する。そしてその剣は、次の主人を探しているんだ。今まで誰も抜けたことがないんだけどね。君も剣士なら、一度試してみたらどうかな?」


「あいにく、私は伝説に興味はない。それに、私はもう誰も殺さない」


レインがそう言うと、青年はたちまち、敵意を露わにした。すらっと立つ彼の背後に、先の尖った武器のような棒が浮かび上がった。


レインは驚いた。その武器は、ラピスの持っていたジュエルウェポンと似ていたからだ。刃は青年の瞳孔の形で、深い緑色の宝石が埋め込まれていた。


そしてその矛先は、レインへと向けられた。レインも静かに、剣を構えた。


「なんのつもりだ」


「自分もか?君はなんの犠牲もなしに誰かが救えると?」


青年の言葉に、レインは剣を下ろした。


「命じゃなくてもいいはずだ。他にも道はある」


「自分の命と引き換えに、救える命があったとしてもか?」


「私は今まで、残忍な殺生をしてきた。故に、いかなる場合であれ、死ねない・・・!私はもう、誰も殺さない。誰も死なずに済むよう、もっと強くなる・・・!」


その時、地面が大きく揺れた。警戒するレインとは裏腹に、青年は清々しい笑顔で頷いた。


「久しぶりに、おもしろくなってきたみたいだ。剣が君を呼んでる。行こう」


 一方、ラピスとサミットは暗く深い森の中を歩いていた。不気味な顔をした木々がジロジロとラピスたちを見つめている。ラピスは震えていた。


「おっ、おい。この森大丈夫なのか?」


「・・・・・」


「おいっ!」


「だっ!大丈夫ですって!!」


「ウソつけ!」


ワンダーランドに詳しそうな、サミットでさえ真っ青な顔だった。大丈夫なはずがない。


「絶対何か出るよなあ・・・。やべえ奴潜んでるよなあ・・・」


「・・・・・」


「怖いよぉ・・・。暗いよぉ・・・。帰りたいよぉ・・・」


「うっるっさいわね!!こっちも怖いわよ!!頼むから静かにしてくれる!?」


サミットは妖怪のようにおぞましい顔つきでラピスを怒鳴りつけた。すると、いきなり木の上から何かが飛び出してきた。


「てて~ん!」


変な登場音と共に、ラピスたちの前に猫耳の男が現れた。


「よっ!」


ニコッとして手を振る彼に、二人は驚きのあまり言葉を無くした。


 我に返ったサミットは、たちまち、うっとりとした表情になった。


ラピスもそれは納得だった。


前髪は長く、細いタレ目に鼻筋の通った顔。黒髪に猫耳、そして上半身はファーのついた黒いジャケットだけを羽織っている。立派な腹筋が見え隠れする姿は、男のラピスから見てもセクシーだった。そして極め付けはもふもふの長ズボン。クールな見た目に、少し抜け感があって乙女心をくすぐる風貌だ。


「もう・・・。チェシャ君ったら・・・。急に出てきたらびっくりするじゃない」


「今絶対語尾にハートマークつけたよな!外行きの声になったよな!?」


チェシャ猫は目にハートマークを浮かべるサミットを睨みつけた。


「うるせえ馬鹿ウサギ」


「きゃあああ!ドSなチェシャ君も好き~っ!もっと罵って~!」


明らかに不機嫌なチェシャ猫だったが、サミットは御構いなしに黄色い声を上げた。


「俺様はチェシャ猫のオード。俺様になんの用なワケ?」


「鍵を貸してもらいたいの!」


「ん?ああ、あの鍵ねー」


「頼む・・・!俺は元の世界に戻らなきゃいけないんだ」


ラピスは真剣な眼差しでオードを見た。オードはラピスが話すのを、儚そうな顔でじっと見ている。


「仲間のレインを見つけて、女神から俺の武器も返してもらう!」


「ずいぶん沢山、やることがあるようだな」


「それでもやるんだよ」


「フッ、それよりもっと、お前には大事なことがあるんじゃねえか」


「は?」


「お前を待ってる奴がいたぜ。ほら、あそこに」


オードは森の奥を指差した。暗がりの中から、人影が現れた。あれは・・・。


「ラピス!久しぶりだな!」


「レイズ・・・?」


ラピスに向かって手を振る彼は、兄のレイズだった。その目はキラキラと輝いており、髪はラピスと違ってキッチリとセットされている。服装はネクタイにすらっとしたパンツ姿だった。


ラピスは正真正銘、レイズだと思っているが、サミットは笑いを堪えきれず吹き出した。


「いや想像下手すぎ!!これじゃバレちゃうよ!」


「いや、そうでもねえみてえだぞ」


ラピスは明らかに何か企んでいるオードとサミットに気づかず、目を輝かせた。


「兄貴じゃねえか!すげえかっこよくなったな!」


「いやかっこよさの幅!!あれがあんたの求めるかっこよさなの!?」


オードは鼻で笑い、ラピスをじっと見た。


「この森は想像が幻影になって現れる。都合のいい夢に囚われれば、たちまちこの世界に仲間入りだ」


「いや、これは・・・兄貴じゃねえ」


「なんでそんなこと言うんですか?ラピスさんのことずっと待ってたんですよ?」


「こんなにカッコよくねえ!俺の兄貴は!!」


「いやそこ?!そいつはカッコよくないわよ?!」


「こんなところで待っててくれねえよ。あいつは。もっとずっと先にいる」


「お前が来ると思って、ここで修行してたんだ。一緒に旅に出よう」


「レイズはな、言ったことはぜってえ守る奴なんだ。兄貴と一緒に行きたかったのは・・・俺の勝手な願望だ。もしこれが本物のレイズだったら兄弟やめてもいい。てめえの決意はそこまでだったんだ、ってな。見損なったぜ」


「お、お兄さんにそこまで言わなくても!」


「もういい。やめだ」


「チェシャ君!」


「ラピスって言ったか。お前のいう通り、お前の兄貴はここにいねえ」


ラピスは号泣した。


「や・・・やっぱりな・・・。そうだと思ったぜ・・・グスッ」


「ギリギリまで信じてたんかい!!」


「それで、てめえは何を取り戻してえんだ」


「全部に決まってんだろ!」


「仲間、恋人、財産、権力・・・。今までも、全てを取り戻すため時間を持て余し、全てを失った奴らが沢山いた。ここはワンダーランド。常に時は限られている。取り戻せるのはせいぜい一つ。お前は何を取るんだよ」

チェシャ猫はラピスを睨みつけた。


その時、黄色い鳥が木陰から心配そうに、ラピスを見つめていた。


ラピスはフッと笑った。


「んなこと言ったってよ!人生一度きりなんだぜ。何を取るか、何が一番かなんて分かんねえ。分かんなくていい。俺は何も失うつもりはねえ!」


「ぴ~!」


すると、木の陰にいた黄色い鳥がラピスの元へ飛び出した。


「ピポ!?」


「うわっ!なんだこの鳥!」


その鳥はふわふわで、まるでぬいぐるみのように二頭身で丸っこい。大きな平たいクチバシに、両頬には水色のハート模様がついている。そしてその背中に大きな赤いハートを背負っている。


チェシャ猫は黄色い鳥、ピポの登場に喉を鳴らした。女神に試された青年は、どうやらお前のようだ。彼は心の中でそう呟くと、ニンマリと笑顔を浮かべた。


 その頃、レイン一行は・・・・・。


「えっ?初恋はいつか・・・?」

「え?」

「恥ずかしい話だが、私は今までその・・・恋というものは・・・・・。まだ、知らなくて」

レインは乙女全開のうっとりした顔で、住人Aに向かってそう言った。なにも聞いてないのにレインは一人で喋っている。彼は不思議そうに聞いていた。


すると、草むらから声が聞こえた。


「ボソッ、好みのタイプは?」


「ひ、人殺し以外なら・・・」


「グフフ・・・そうなのね」


「そうなのね」


住人Aはその声を聞いて、ため息を漏らした。


「おい。彼女困ってるぞ。そこまでにしてやらないか」


「え?」


「チェッ!」


「チェッチェッ!」


 レインの前に、小さな双子が現れた。二人はお揃いのワンピースを着ている。違うのは、服の色が赤と青というだけだ。


「呼ばれて出ましたこんにちは!マポです!」


「ミポです!」


「ツインズです!!」


二人揃ってそういうと、満足そうな笑顔を浮かべた。


「ええと、赤いのがマポで、青いのがミポ?」


「そうなのです!」


「なのです!」


「はは・・・どうやらツインズが君に話しかけてたみたいだね。大丈夫、気にしてないから」


いやめっちゃ引いてる~!

レインは恥ずかしすぎて半べそをかいた。


「洞窟の剣が光ったの!」


「剣が呼んでるの!」


「レディ、レイン。一緒に行こう」


「行くって、どこに!?」


「試練の洞窟に」


「試練の・・・洞窟?」


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