1-12 天使と悪魔


「ガキは親の元で立派に育つんだよ。俺が死体を貪るカラスなら子どもも立派なカラスになる。一人殺せば一瞬で染まるさ。白い羽も罪が塗りつぶして汚れていくんだ。その黒がこの女には必要なんだよ!!」


「汚くないです」


「ラミエル・・・!」


さっきまで震えていたラミエルは、しっかりとした足取りで立ち上がった。


「生きるためだったんだもの。仕方がない」


「アホみたいな仮装して天使様きどりか?ああ!?」


「私は天使。飛び方も知らない、使命も何も分からない。それでも今、自分の意思でここにいる」


ラミエルがそう言うと、デュークは全く信じていない様子で嘲笑った。


「んーじゃあ天使様よ、あんたは生きるためには何しても許されるってのか」


「許される。少なくとも子どものうちは。でも感情を失った大人は許せない。今ここで後悔があるのなら、その黒い翼のまま、正しいと思う人生を歩むべきよ!」


「それならなぜ神は見放した!」


「あなたが神を見放したのよ」


「ラミエル、それ以上は・・・!」


デュークはラミエルに向かってナイフを投げ飛ばした。


「きゃっ!」


アンクは手をかざし、ナイフを止めた。宙に浮いたナイフは、刃ごと曲がってゆく。そして地面に転がり落ちた。さすがのデュークも、これには目を見開いた。


「おい人間。これ以上やるってんなら俺様がお前を裁いてやる。てめえに仕置きすりゃあ、ちっとはいい奴が恵まれるんだろうな」


アンクから黒いオーラが滲み出た。ただの装飾だと思っていた翼や尻尾が、体の一部のように動いている。その姿は、悪魔そのものだった。


「やめろ!私がやる。・・・・・目が覚めた」


レインのその言葉に、アンクは力を緩めた。レインはゆっくりと、デュークに近づいて行く。そして彼に向かって剣を構えた。彼女は瞳を閉じ、今までの人生を思い起こした。


 数年前のことだった。レインはいつものように、ターゲットを殺した。剣でひとつきだった。彼女は無駄な動きは一切しない殺し屋だ。致命傷ひとつで殺す。それが相手へのせめてもの配慮だった。


「パパ・・・」


すると、幼い子どもが部屋にいるのが見えた。クローゼットにでも隠れていたのだろう。レインが黙ってその場を後にしようとすると、デュークは子どもの首を鞭で締め付けた。


「パパ、くるし・・・・・」


「子どもは関係ないだろ!」


デュークは手を緩めることなく、さらに締め付けた。子どもは数秒間もだえると、やがて息を引き取った。


「死に場所が父親と同じで幸せだろうよ」


レインは胸が締め付けられるような、苦しさに襲われた。


「同じ人生を歩ませるか?」


彼女は何も言い返せず、拳を強く握ることしかできなかった。


 レインは目を開き、まっすぐとラピスを見た。

「改めて、自己紹介といこうか」


デュークは顔をしかめた。


「いいかよく聞け!」


レインは大きな声を張り、涙を流し叫んだ。


「我が名はレイン!殺し屋だ!!だけどもう、罪のない人を殺したくない!誰も傷つけたくないんだ!」


ラピスは傷の痛みも忘れて、思わず笑った。


「俺はラピス。旅人だ!宜しくな!」


「このクソ女・・・誰が救ってやったと思ってんだ!!」


「私がこの先、生きていて良かったと思う日が来たのなら、お前に少しは感謝するかもしれない。でも今は違う・・・。私の心は私のものだ」


レインはグローブの下に巻かれた包帯を外した。すると、レインの手の甲に、桜の紋章が浮かんだ。


「デューク、すまなかったな。今更ながら、己にも感情があることに気づいてしまった。今は情けなくて仕方がない。ただ無心で従っていた自分のことが・・・。だから私は・・・・・」


レインは呼吸を整え、声を上げた。


「お前を倒して、前へ行く」


「切れるのか?俺を。育て親であるこの俺を・・・!俺を殺そうがお前の罪は一生消えない!」


レインは外した包帯を口にくわえ、剣を向けた。


「ならばその罪、一生かけて償おう」


レインは腰に巻いたバンダナをほどき、鼻を覆って後ろで結んだ。


「返り血御免」


そして剣に力を込めると、黄金色の炎が刃に巻きつく。神々しい光とともに獅子が現れ、剣を纏った。レインは俊足でデュークに向かってゆく。


「その死体晒してやる・・!」


デュークは瞬時に鞭を構え、レインの首に巻きつけた。しかし、レインは動じない。それどころか、速度を上げて走り続ける。


「煉獄の獅子、ディアル!」


デュークめがけて勢いよく切りかかった。獅子は唸り声を上げ、デュークの魂を食ってゆく。


「俺だけが・・・カラスだったのか・・・」


「ただの、人間だ。私たちは何も変わらない・・・!」


レインは拳を握りしめた。胸が軋むのを感じる。それこそが生きている実感だった。自分自身が感情ある人間なんだと思える、唯一の瞬間だった。


レインはデュークから剣を抜くと、膝をついた。そしてまっすぐと前を見た。その瞳に迷い無し。



「っく・・・!」


いや、あった。涙がレインの頬を伝う。なぜ泣いているのか、本人にも分からない。


 ただ一つ言えること、それはこの世に完全なものは存在しないということ。だからこそ人は今より前に進もうとする。そこに果てなし。その先に見えるものを、一生かけて探す旅・・・。つまりそう、人生。


「レイン・・・俺の、仲間になれよ」


ラピスは寝転んだまま、柔らかな笑顔で微笑んだ。レインは思った。きっと、ラピスは知らない。今自分がどんなに無邪気で子どもっぽくて、純粋なのかを。そしてその笑顔にどれだけ救われかを、彼は知らない。


 倒れ込んだデュークは息を引き取り、煉獄の獅子と共に天に昇って行った。


 ラミエルは二人を見つめて、アンクにそっと呟いた。


「ねえアンク。私たちも、自由なのかな。このまま迎えが来なければ、ずっと・・・」


「・・・そうだな。迎えなんて、来ねえよ。きっと」


二人は目を合わせると、ラピスの元へと向かった。


 「これで傷はふさがったかしら・・・」


「すげえ・・・!」


ラミエルの治癒魔法で、ラピスの手から傷が跡形もなく消えた。


「治ったように見えますが、完全に治癒できたわけではないです。くれぐれも安静にしててくださいね!」


「なあお前ら、本物の天使と悪魔なのか?」


「んなわけ」


「そうよ」


「ラミエル!」


ラミエルは、凛とした声で言った。


「ラピスさんたちなら大丈夫。私たちは正真正銘、天使と悪魔。三年前近くの森で倒れているところを、マヤさんに見つけられました」


「嘘だろ・・・実在したのか?」


レインも目を丸くして驚いた。


「お互い名前しか覚えていなかったんです。この羽も、少しは動きますが、飛び方が分からなくて・・・」


「倒れてたって・・・まさか空から降ってきたのか!?」


「きっとそう・・・!」


「ラミエルは魔法使ってたしよ、アンクもすげえ黒いオーラ出してたしよ!お前ら魔法が使えんのか?」


「どれもこの街に来て覚えたものですよ」


「・・・なんでこうなったかも、これからどうなるかも分からねえ。今はマヤのBARで働いてるが、もしかしたら迎えが来るかもしれねえな」


「すげえ・・・!帰るときは俺も空に連れて行ってくれよな!」


「ま!俺は悪魔だから地獄行きかもしれねえけどな!」


ラピスとアンクはゲラゲラと笑った。


 「レイン!」


「ん?」


「それでよ!仲間になってくれんだろ!」


「嫌だ」


「はあっ?」


「フン、私は人に言われて決めるのが嫌な性分なんだ。お前のことくらい自分で勧誘するさ」


 レインはラピスにグッと近寄り、上目遣いで言った。


「ラピス!私を仲間にしてくれ!いいだろ?な!」


「え・・・ええっと。頼まれちゃうとなあ~。どうしよっかなあ~?」


「・・・」


ラピスがふざけて言うと、レインは思いっきり睨みつけた。


「じょ、冗談冗談!んーなら宜しくな!」


「ああ」


レインは柔らかな笑顔で笑い、空を見上げた。


「長い旅路になりそうだ」


【Jewel Weapon Ruby】第1章【完】

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