1-9 約束の地
「さっきは騒いで悪かったね。私はこの店の店主、マヤだよ!ここのメニューはどれも、うちの畑で育ててね。世話してるアンクも喜ぶだろうよ」
「アンク?」
「ラーミエール!」
バーカウンターの裏から、突然誰かが走り込んできた。そして、ラピスたちのテーブル付近にいたラミエルを抱きしめた。
「今度は悪魔?」
出てきたのは悪魔のような見かけをした青年だった。漆黒の髪にシルバーの瞳、頭には黒いツノのような突起が付いている。そしてよく見ると、黒い尻尾が揺れているのだ。先が尖っていてるが、蜂のように刺されたら痛いのだろうか、とラピスは疑問に思った。
「おい、街には普通に天使や悪魔がいるのか?」
ラピスは田舎者扱いされないよう、今度は慎重になって、声を潜めレインに聞いてみた。
「いない。あれは仮装だ。さしずめ、看板娘として客寄せのために目立つ格好をしているといったところだろう」
「にしても完成度高くね?」
「魔法だ。今流行っているんだ。架空の羽を付けたり、頭を光らせたり。少々魔力は必要だが、市場で水晶を買えば簡単にできる」
「街ってなんでもあるんだな・・・」
あんな格好をするためだけの魔法があるなんて、とラピスは感心してラミエル達を見つめていた。
「おい、なに見てんだよ。ラミエルに手出したらぶっ飛ばすぞ!!」
悪魔の格好をした青年は、ラピスを威嚇するかのような睨みをきかせた。
ゴンッ
「お客さんだよ。ラミエルが強引に連れて来てね」
青年はマスターからグーで頭を一喝され、ラミエルから手を離した。彼の顔を改めて見ると、鼻は高く目は垂れ目、口からは牙が出ていて、長い前髪を左に流していた。
「お前イケメンだな!」
ラピスが青年を見て高揚してそう話すと、どうやら気をよくしたようだ。威嚇はやめ、ニマッと笑った。
「フン、いい奴じゃないか。俺様はアンク。ラミエルに群がるハエどもを始末する役だ」
「アンクは畑の管理人でしょ!!」
ラミエルはアンクにそうツッコミを入れると、やれやれと息をついた。
「ははは。二人は仲が良いんだな!俺はラピス!よろしくな!って、そう言えばお前の名前、聞いてなかったな!」
ラピスはレインに尋ねた。すると、レインはラピスの顔を見て言った。
「別に、名乗るほどの者ではない」
レインのそっけない態度に、ラピスは少したじろいだ。サリさんから、女の人の気持ちは複雑で理解しようとしても無理だと聞いたことがある。ラピスは、深掘りしないで、流すことにした。
「そうなのか!はははは」
ラピスが空笑いしていると、アンクは驚きの声を上げた。
「おいおい、なんだぁ?あの物騒な剣はよお」
壁際に刺さっているナイフを見つけたのだ。
「私のものだ。引き抜こう」
レインはすぐにナイフを抜いた。その時、刺さっていた場所に飾られていた、指名手配の紙が目に入った。レインが見つめていると、マスターがため息をついた。
「まったく、1億の賞金首がこの辺をうろついてるなんて。怖くて外に出られたもんじゃないね」
「政府の人間が、実は敵国のスパイだったとか・・・」
ラミエルが心配そうにそう言うと、アンクは腕を組み、バーカウンターに腰掛けた。
「こりゃ国の信用もガタ落ちだな。本国ではデモも起こってるらしいぜ」
「そもそもあの国だけ繁盛してるのも胡散臭いんですよね〜。ま、リスタンがこのまま栄えてくれてれば私はいいんですけど」
「ちょっと待てよ、そんなやべえ奴がこの街にいるのか?」
「とはいえ、ほんの噂です」
「リスタンは各国への中継地だからな。逃げる時に通るんじゃねえか、って言われてるぜ」
「へえ」
その会話を、レインは無表情で聞いていた。手配書には「指名手配犯『ジェームズ・イヤー』国家反逆罪で処罰する。生け捕りにした者には1億レーンの賞金を授ける。」と書かれている。顔もしっかりと印字されており、民衆にも露見されている。捕まるのも時間の問題だろう。
レインは思った。だからこそ、捕まる前に消さなければいけないのだと。
「んで、お客さんは何用でリスタンに?」
「ああ。俺は旅してんだ!兄貴と約束した場所があってな」
「約束した場所ってのは遠いのか?行き方なら教えてやるよ!」
「それが、分からねえんだ!まだ誰も行ったことのねえ場所だ。」
「いいですね~!お兄さんとの未だ見ぬ約束の地!ロマンがいっぱい!」
ラミエルは興味津々なようで、目を輝かせた。
「ああ。兄貴とはもう何年も会ってねえ。この街で冒険の準備をしていくんだ」
レインは心の中で嘲笑った。ラピスの旅の目的なんて全く興味がなかったが、なんのあてもなく未開の地を目指すなんてどうかしている、と。
「お兄さんの名前、なんて言うんだい?」
「レイズだ!」
「レイズ?はて、どこかで聞いたような覚えがあったかね・・・」
「マヤさん、もしかして会っているんですか?!」
「この店も長いからね。旅人も沢山来るし。ただ、それぞれ色んな目的でここに立ち寄るから、記憶に残っているかどうか」
「もう少し、お兄さんについて分かることはないんですか?」
「栄光の空を探してる!」
「栄光の空・・・?」
ラピスの言葉に、この場にいた全員が目を丸くした。数々の国を渡り、依頼をこなしてきたレインでさえ聞いたことのない名前だった。
「ああ!俺も詳しいことは知らねえけどよ、その空が見えた時、世界は平和になるんだとよ!」
「そんな空があったら、私も見てみたいです!とても綺麗なんでしょうね。ね、アンク」
ラミエルがニコニコしながらアンクを見ると、アンクは難しそうな顔をしていた。
「アンク?」
「いや、世界平和か、と思ってな。この街はまだ、王都のお膝元として栄えちゃいるが、少しここを出れば街や村によって貧困の差がすげえんだ。平和っつったって、そんな簡単にできるわけじゃねえのに、そんな幻じみた場所本当にあるのかよ」
「栄光の空、栄光の空・・・。4年前ぐらいに、同じように聞いてきた子がいた気がする」
「4年前は、ちょうどレイズが家を出た年だ!」
「若い子が一人で誰も知らない場所を探してるなんて珍しいからね」
「4年前は私たち、ここにはいなかったね」
「そうだな」
「思い出した!変な目をしてる子だったよ!ちょうど、あんたみたいな。目の奥に模様がある子!」
「それは間違いなくレイズだ!兄貴もここに来たんだな!」
ラピスは満面の笑みを浮かべた。
「その空を目指していれば、必ず兄さんに会えるさ!この街でちゃんと、準備していくんだよ!」
「ああ!サンキューな!!」
「ラピス、お前、何日かこの街にいるのか?」
「その予定だ!」
「それなら、ここの2階が空いてる。よければ宿として使ってくれ。いいよな、マヤさん」
「珍しい、アンクが旅の人を泊めるなんて。かまわないよ」
「いいのか?!ありがてえ!」
「いいってことよ!田舎もんのお前に、今夜は俺が女の手ほどきを教えてやるよ」
そう言ってアンクは、ニヤニヤしながらラピスの肩に腕を回した。
「まったくアンクったら。またそうやって男の子たぶらかすんだから」
「お前俺のこと好きなのか?」
「ゲイじゃねえよ!俺はラミエル一筋だっつーの!」
その様子を、ラミエルは呆れ顔で眺めていた。
「あれ?さっきまでここにいた女剣士知らねえか?」
気づけばレインは、バーから姿を消していた。ここにいる誰もが気づかなかった。
「お前の連れか?ここにはいねえみてえだな」
「仲間なんだ。また後で戻る!ありがとよ!」
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