1-8 はじまりの街

 「ここがリスタンだ」


森を抜けて、しばらく歩いた先には、街が広がっていた。木製のアーチが街の入り口になっている。深緑に塗装されたアーチには『ようこそリスタンへ』という文字が刻まれていた。蔦花がアーチを飾っていて、華やかだ。


 街へ入ると、大きな道が3本広がっていて、その道を挟むように様々な店が所狭しと並んでいた。


「すげえ、でかい街だな!これが都か?」


「あまり大きな声を出すな。田舎者だと思われるぞ。、いや子じゃないし、それほど大きな街でもない。」


「これでも大きくないのか。へえ。」


「リスタンは王都アスタニカへと続く長い道を抜けた、ちょうど真ん中にある。周辺の国々への分岐点でもあるからな。人や物が絶えず流れている。旅への物資も一通り揃うから、冒険者の『はじまりの街』とも呼ばれている」


「へえー!」


 ラピスにとっては全てが初めて見る景色だった。煉瓦造りの二階建ての宿や、旅路の道具売りの露店。活気付いた魚屋や、野菜の市場が並んでいる。物資を運ぶ馬車に商売人。見渡す限り新鮮で、心が躍るような気持ちだった。


「せめて前を見て歩け。」


レインは鼻でフン、とため息をついた。こんな世間知らずの少年に太刀打ちできなかったなんて。そう言いたげな、細い目をしてラピスを見る。ラピスはそれほど高くもない建物を爛々とした目で見上げていた。あんな顔、街を初めて見た子供時代の私だってしたこともないのに。レインはそう思い、少しだけ幼少期に黄昏れた。


 ラピスが一向に前を見ず、街の通りをよたよたと歩いていると、突然猫の叫び声がした。


「にゃー‼︎」


ラピスは柔らかいものを踏んだ感触がした。足下を見ると、ふさふさとした猫の尻尾を踏んでいた。グレーの毛に、黒の毛並みが混じった猫だった。猫は痛みで飛び上がり、たちまち白いモヤを吹き出した。


 気づけばラピス達の前に、猫耳をした女の子が現れたのだ。瞳は黄色くつり目で、人間には無い鋭い牙を持っている。長いシルバーと黒の髪を伸ばし、毛皮の黒いストールにグレーのドレスを着ている。


「にゃ~にすんのよお!」


全身の毛を逆立て、黄色の眼球は鋭くラピスを睨みつける。尖った爪をこちらに向かって立て、今にも襲いかかってきそうなほどだった。



「お、お前なんなんだ!」


「落ち着け。彼女はただの化け猫だ。」


「化け猫?!」


「世界中にいくらだっているわよ化け猫なんて。そんなことも知らずにフラフラして。あんた、田舎者でしょ‼︎」


「ああ悪かったよ、大事な尻尾踏んじまって。」


「ふん!謝って済むと思うわけにゃ?」


「そこに『にゃ』はいらないと思うぞ。」


「うるさい人間にゃ!ルーシーは人間語の勉強中!多めに見るにゃ。」


「うるさい猫だな。」


「カッチーン。今のは傷ついたにゃ。」


「おい、猫は繊細なんだ。もっと丁重に接しろ。」


「分かったよ。ごめんなルーシー。お詫びに魚買ってきてやるから、それでいいか?」


「にゃ、さかにゃ・・・。」


魚と聞いた途端、ルーシーの目はきらきらとした。そして、また白い煙と共に猫の姿に戻った。機嫌が直ったのか、尻尾を振り、こちらを見上げている。


「約束だにゃ!絶対用意するにゃ!ルーシーはここで待ってるにゃ。」


「おう!約束だ!」


ラピスはルーシーに手を振り、その場を後にした。


「街までの道案内はこれで終わりだ。」


「ああ!サンキューな!」


「お役目はもう果たした。お前さえ良ければ、私を」


「こんにちは!旅のお方ですか!?」


『解放してくれないか』レインはそう言いそびれた。


会話に割って入ってきたのは身長160センチくらいの小柄な女の子だった。背中に大きな翼を付けており、ミルクティ色の明るい髪を、高めのツインテールに縛っている。肩紐が小花型のキャミソールに、オフショルダーのワンピースを着ていて、いかにも可愛らしい雰囲気だ。胸元にはダイヤの形にカットされた、紫色の石が装飾されている。歳は15、6歳だろうか。よく見ると、頭の上には黄色に輝く輪っかが浮かんでいる。


「天使・・・?」


ラピスは返答するのも忘れて、思わずそう呟いた。天使なんて、おとぎ話でしか聞いたことがない。でも、ついさっき化け猫も普通にいると聞いたことだし、天使も案外いるものかもしれない。そう思ったラピスは、反応を伺うことにした。


「はい!私、天使のラミエルです!ちょうど向かいのバーで働いています!昼間はカフェをやってるんですよ!オシャレでしょ?少し休憩でもいかがですか?」


ラピスとレインは、ラミエルの押しの強さにたじろいだ。満面の笑みで、こちらを見つめてくる。断りにくい空気だ。


「いや、今はちょっと・・・。」


レインが控えめに言うと、ラミエルはそのままの笑顔でこう言った。


「行きますよね?」


「え?」


二人が考える間も無く、ラミエルは双方の腕をがっちり掴み、そしてそのままバーへ向かって引きずって行った。


「な、なんて馬鹿力・・・」


「都会って怖え・・・・・」


二人は引きずられるまま、バーの中に入れられた。


「二名様入りました~!」


ラミエルは満面の笑みで、ピースサインをし、ラピスとレインを離した。


「いらっしゃいませ~!って、まあ‼︎」


バーカウンターには女性がいた。引っ張られていた手を突然離され、椅子の前で座り込むラピスとレインを見るなり、驚きの声を上げた。


「また強引に旅のお方を連れ込んで‼︎」


ラミエルに向かって怒鳴り込むと、今度は彼女を取っ捕まえた。


「ラミエル‼︎今月に入って何回目だい⁈」


「ええっと、今月に入って・・・じゅ、一六回目?」


「一九回目だよ、お馬鹿‼︎まったく‼︎」


「えへへ、だってマヤさんの作るもの美味しいんだもん。」


「えへへじゃないよ、もう!身寄りのないあんたを住まわしてやってるのに!」


「ははは。」


「笑ってんじゃないよ!あんたって子はねえ!」


ラピスとレインを差し置いて、二人はゴタゴタと言い合っていた。すると、レインは二人の間をめがけて目にも留まらぬ速さでナイフを投げつけた。ラミエルと店主らしき女性の鼻と鼻の間を、ギリギリのラインで通っていった。そしてそのナイフはバーの壁に深くめり込んだ。


「ヒイッ‼︎」


さすがの二人もこれには驚き、硬直した。


「アイスティー、一杯。」

「はっ、はいい‼︎」


ラピスは鋭い眼差しを向けるレインを見て、女って怖えと改めて思ったのであった。


「ど、どうぞアイスティーです。さ、さきほどは失礼しました」

ラミエルは震える手でアイスティーを持ってきた。


「どうも。」


無表情でそう返すレインに、ラミエルは殺されるんじゃないかと冷や汗をかいた。レインは差し出されたアイスティーに、蜂蜜を沢山入れた。ラピスがその様子を息を飲んで見つめていると、レインはキラキラとした笑顔で答えた。


「実は私は甘党なのだ!」



「いや知らんがな!」


いまいちレインの感情が掴めないラピスはそれ以上何も言わなかった。一方、ラミエルは、今のレインの笑顔を見て、ふふ、と微笑んだ。


「お付きの方も、こちらどうぞ」


「ああ」


ラピスは差し出されたアイスティーを一気飲みした。人里離れたサリの家からリスタンまで、半日かけて辿り着いたため、喉がカラカラだったのだ。


 レインはアイスティーを見つめ、目を輝かせた。


「この茶葉は美味いな」


すると、バーのマスターがやって来た。


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